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大好きな人のバースデイ。 それは、ゆきにとっては、自分が幸せな気持ちになる、素敵なイベントだ。 大好きなひとをお祝いする。 それだけで、なんて幸せなのだろうかと、ゆきは思う。 幸せで、幸せで、しょうがない。 その日は、平日でしかも月始めの月曜日のうえに、年末が重なっている。 色々なものが重なった日。 当然、ゆきの大好きなひとが相当忙しい日であることは、分かっている。 それでもお祝いがしたい。 日付が変わる瞬間は、日曜日の続きだから、まだ一緒にいられる。 だから、その時には、言葉とプレゼントを。 そして誕生日の夜には、ふたりでささやかながらもお祝いがしたい。 遅くなっても構わないから、ふたりでお祝いがしたかった。 ゆきにとっては、これ以上にお祝いをしたい日はない。 大好きなひとが生まれた日なのだから、それ以上に大切な日なんて、ないのではないかと思うほどだ。 小松にどうしてもと頼み込んで、前日から泊まり込んで、部屋で待たせて貰うことにした。 いち早く、誰よりも早く、小松には誕生日おめでとうと言いたかった。 恋人の特権だと思って、ゆきは、日付が変わった瞬間に、小松の部屋にいられるようにした。 電話やメールで、いちはやいおめでとうよりも、小松に逢って、直接、おめでとうが言いたかった。 ゆきは時計とにらめっこをする。 小松はソファの上で、ゆったりと本を読んでいる。 ゆきが何をするのか、だいたいは想像がついているのか、何処か面白がっているようにも見えた。 自分だけが緊張している。 ゆきにはその自覚が十分にある。 時計の秒針を眺めては、ゆきは大きな溜め息を吐いていた。 早く。早く時間になると良い。 楽しみでしょうがなくて、ゆきは暴れてしまいそうになった。 ドキドキする。 なのに小松はいつもと同じように、ごく自然に落ち着いていた。 自分だけが楽しみなのだろうかと、ついつい思ってしまう。 お祝いというのは、そもそもは、お祝いをする側の為にあるのではないかと、ゆきは思う。 いつもの有り難うを伝えるチャンスだから。 どれだけ愛しているかを伝えるチャンスだから。 喜んでくれる顔を見たいから。 きっと、お祝いする側にとっての最高のプレゼントなのではないかと、ゆきは思った。 甘いときめきで胸いっぱいになる。 こちらが楽しみでしょうがないのは、きっと相手を笑顔にしたいからだ。 ゆきが時計とにらめっこをしているのを、小松は苦笑いを浮かべている。 「ゆき、眉間のシワを寄せて見ていたら、本当にシワになるよ」 小松は、ゆきがどうして時計をじっと見ているかを知っているくせに、クールに言う。 「そうなんですけれど……」 ゆきがごにょごにょと言っていると、小松はフッと笑った。 ゆきの髪をくしゃりとするように、頭を撫でてくる。 「ゆき、君は可愛いね」 可愛いと言われるのは嬉しいが、何処か拗ねたくなる。 そこは複雑な乙女心なのだ。 もうすぐ。 小松の誕生日だ。 大好きなひとが生まれた特別な日。 ゆきにとっては、一番祝わなければならない日なのだ。 小松をじっと見つめる。 すると、フッと眼差しが甘くなった。 バースデイプレゼントは、小松が好きな、薩摩桐子のワイングラスのセット。 喜んで貰いたい一心で選んだものだ。 まもなく日付が変わる。 大晦日よりも気持ちが高まる瞬間だ。 ゆきはただ時計を眺める。 小松はそれを見守るように見つめてくれていた。 秒針が重なる。 小松の誕生日だ。 ゆきは小松をしっかりと見つめた。 「帯刀さん、お誕生日おめでとうございます」 ゆきは小松に魂の底からのおめでとうを伝える。 小松には、バースデイプレゼントである、薩摩桐子のワイングラスを手渡した。 すると小松はいきなり抱きすくめてきた。 「こちらこそ、有り難うゆき」 小松はふと真っ直ぐゆきを見つめてきた。 「ね、折角の誕生日だから、君からキスして」 いきなりの小松のおねだりに、ゆきは頬まで真っ赤にさせる。 何度となく小松とは唇を重ねてきたが、ゆきからするなんてほとんどなかった。 小松のおねだりに、ゆきは心臓が爆発してしまうのではないかと思うほどにドキドキした。 どうして良いかが分からなくて、つい、つい、狼狽えてしまう。 「ゆき、ほら、キスして」 小松は甘くて意地悪な笑みを浮かべながら、ゆきに迫ってきた。 「あ、あの……」 「私の誕生日をお祝いしてくれるんでしょ?」 小松の一言に、ゆきは従うことしか出来なくて、緊張でどうにかなりそうになりながら、ゆっくりと顔を近づけていった。 息が出来ないぐらいに緊張してしまう。 小松は目を閉じてくれるが、唇は魅力的な笑みが滲んでいる。この状況をかなり楽しんでいるようだった。 ゆきは思いきって、小松の唇に緩やかに唇を近づけてゆく。 小松の唇に自分の唇を触れた瞬間、ゆきは緊張が溶けだし、ときめきに変わるのを感じた。 唇がふれあうだけのキス。 ゆきはそれだけで満足だったが、小松はそうではなかった。 「……まだまだだよ、ゆき」 小松は更なる深みのあるキスを要求してくる。 ゆきは小松の唇を更に深く重ねる。 すると小松は、ゆきを引き寄せてきた。 いつも以上に甘くて緊張するキスは、ときめきも沢山運んでくれる。 キスは、愛を感じるとっておきのツールであると、ゆきは感じずにはいられなかった。 ぎこちないキスから、もっとキスをしたいという気持ちが高まってくる。 どちらからともなく、息が乱れるまで、唇を重ね続けた。 唇が離れた後、小松はゆきの額にキスをして、瞳をじっくりと見つめてくる。 「……ゆき、もっと素敵なバースデイプレゼントを、私にくれるよね?」 小松は意味ありげに言うと、ゆきを軽々と抱き上げる。 「たっぷりと堪能させて貰うよ」 小松は艶やかに呟くと、ゆきを寝室に連れてゆく。 「君からバースデイプレゼントをたっぷりともらうつもりだからね?」 甘くからかうように言われて、ゆきは恥ずかしくなる。 小松の誕生日。 小松は、物よりも、ゆきの想いを何よりも喜んでくれた。 甘くて情熱的な夜が、更けてゆく。 これがとっておきの時間であることを、ゆきも小松も十分に分かっている。 素敵な甘い時間の瞬間だった。 |