|
朝早くから天体ショーが始まるということもあり、ゆきもご多分に漏れずに、早起きをする。 金環日蝕の日は、月曜日だから、ゆきは小松の家で見ることにした。 恋人とふたりで見る日蝕は、特別なものになるという予感があった。 日蝕グラスは、小松が準備をしてくれた。 ふたりで肩を並べて見るのが、本当に楽しみだ。 日蝕を見た後は、それぞれ仕事と大学に行かなければならないから、慌ただしい朝になるのは確かなのだが。 全国で、遅刻するひとが続出なのではないかと、ゆきはついいらぬことを考えてしまっていた。 前日も恋人たち特有の甘い夜を過ごした。 睡眠不足になるのは確定ではあるが、それはある意味、しょうがないとも思っていた。 ゆきは、5時には起きて、手早く支度をする。 朝食は、和食で、魚と味噌汁をメインに、サイドのメニューの野菜料理は前日に準備をしておいた。 眠いが、今日一日のことだから、それも構わないと、ゆきは思った。 「帯刀さん、そろそろ日蝕が始まる時間ですよ!庭に出ましょう」 「そうだね。だけど、どうしてこんなものが、見たいの?日蝕なんて、あまり縁起の良いものではないでしょ?」 小松はあくまでクールだ。 「帯刀さん、金環日蝕、本当に楽しみですね!」 「君は、こういうことが好きだね」 小松は呆れるようにため息を吐く。 「はい。ロマンティックですし、何よりも、ヴァイオリンを演奏するのに良い刺激になりますから」 「本当に君らしいよ。その台詞」 小松は苦笑いすら浮かべていた。 小松とふたりで日蝕を見る。 一大イベントではあるが、ゆきにとっては、日蝕を見るよりも、小松とふたりで同じものを見ることのほうが、強い意味合いを持っていた。 小松が一緒でなければ、ゆきにとってはここまで特別なことには、ならなかった。 「きちんと帽子を被りなさい。ちゃんと水分は用意したかね?ちゃんと日蝕グラスで太陽を見なさい」 小松はまるで父親のようにいう。それが可笑しい。 「帯刀さん、お父さんみたいです」 「お父さんはこのようなことはしないでしょ?」 小松はムッとしながらも、背後からゆきを抱き締めてきた。 「……そ、そうですけど……」 「だったら私のことはそのように言わないようにね」 「はい」 ゆきは更に強く抱き締められて、金環日蝕どころではないと感じていた。 「日蝕見ましょう」 「私は日蝕よりも、君の方が良いけれどね」 小松は耳許で甘く囁いてくる。それゆえに、ゆきは背中を震わせた。 これだと、日蝕観察どころか、大学にも行けなくなってしまう。 「帯刀さん、お仕事にも行かなければならないですから、日蝕を見ましょう」 「私は日蝕と仕事に負けたの……」 小松は拗ねるように言い、ゆきを更に強く抱きしめてくる。 「あ、あの。た、帯刀さんは何とも比べられないというか……!」 ゆきが焦って言うと、小松はくすくすと笑う。 やはり意地悪で質が悪いと、ゆきは思う。 それを含めて、小松帯刀が大好きなのだが。 「じゃあ見ようか。私は日蝕は余り好きにはなれないね。私たちの世界では不吉なものだから……。だけど、それも、非合理な考え方なんだけれど、やっぱりそれが染み着いて離れないね……」 「帯刀さん……」 「だけど、かなり珍しいものだし、うちのグループでも色々とビジネスに活用しているからね。楽しむことにするよ。ただし……」 小松は艶やかな含み笑いを滲ませる。 「ただし?」 「こうして、君とぴったりと離れずに見たいからね。それは許して」 小松はしっかりとゆきを抱きしめて、そのまま離さない。 ゆきは、昨夜のことを思い出してしまい、耳朶から炎が出てくるのではないかと思いながら、顔を真っ赤にさせる。 本当に、身体中の熱が総て集まってしまったのではないかと思うぐらいに熱が集中してた。 「ほら、日蝕グラスをかけて。余り集中して見ないほうが良いようだね。少し見ては、休憩を録りなさい」 「はい、帯刀さん」 ゆきは素直に従うと、空をしっかりと見上げる。 太陽が欠けて行く。 なんてロマンティックな光景なのだろうか。宇宙の神秘を感じずにはいられない。 ゆきはこの素晴らしき天体ショーを、愛するひとと観察することが出来ることが、何よりも嬉しいことだった。 本当にこんなにも素敵なことなんて、他にはないのではないかと、思わずにはいられない。 ロマンティックで、とろとろになりそうだ。 日蝕を見ている間、小松は見守るようにずっと抱きしめてくれていた。 やがて、見事な金環日蝕が始まる。 太陽と月が、愛し合うようにしっかりと重なりあう。 その瞬間、何よりも素晴らしいリングが現れる。 これには、小松もゆきも暫く、言葉を失った。 小松は、ゆきの手を強く握りしめてくれる。 こうしていると、ふたりで同じものを感じていると、強く思える。 ゆきはリングを見つめながら、自然が見せる奇跡はなんて素晴らしいのだと思った。 やがて、月と太陽は、離れていく。 ゆきは切ない喪失を感じずにはいられなかった。 「……終わってしまいましたね」 「そうだね……」 ゆきは溜め息を吐くと、小松を見つめた。 不意にゆきは左手薬指に違和感を覚え、思わず手を翳した。 「……あっ……!」 そこには、先程、太陽と月が見せてくれたものと同じぐらいに感動的なリングがあった。 輝くダイヤモンドリングに、ゆきは鳴きそうになるぐらいに嬉しくてたまらなくなる。 「……帯刀さん……」 「ロマンティックというのが好きな君にはぴったりでしょ?」 小松はくすりと笑うと、改めてゆきの左手を取り、真剣な愛が溢れた眼差しを向けてきた。 「ゆき、私の家には妻になりなさい」 とてもシンプルなプロポーズ。 小松らしい。 だが、ゆきにとっては何よりも嬉しいプロポーズ。 ゆきは感動の余りに涙ぐみながらも、笑顔で小松を見つめる。 答えなんて決まっている。 「はい、私を帯刀さんの妻にして下さい」 ゆきの言葉に、小松は微笑んで頷いてくれる。 しっかりと抱き合って交わすキスは、崇高に輝く。 何度もキスをしあいながら、お互いの想いを確かめあう。 これほどまでに甘くて幸せな行為はない。 日蝕のプロポーズ。 ゆきは一生の想い出になると、強く思った。 |