*夏休みの終わり*


 夏休みももうすぐ終わる。

 小松と過ごした蜜月のような時間は、終わりを告げるということなのだ。

 ゆきにとっては、切なくて苦しい瞬間だ。

 ゆきの夏休みはまだ残ってはいるが、小松の夏休みはこれで終わりなのだ。

 それはゆきにとっては、夏休みは終わったも同然のことを意味していた。

 

 明日の朝、ゆきは家に帰る。

 遠出をしたわけではないけれども、ふたりだけで甘過ぎる時間を重ねることが出来た。

 これはかなり大きい。

 ゆきにとっては、素敵すぎる時間だった。

 まるで結婚したかのような、新婚のような時間は、本当に素晴らしく幸せであったのは過言ではない。

 これ以上ないぐらいに満たされた時間だった。

 ゆきにとっては、素晴らしすぎる時間の過ごし方であったと言っても良かった。

 それももうおしまい。

 夕食を作りながら、ゆきは寂しさで胸が苦しくなった。

 溜め息すら出てしまう始末だ。

 ずっと小松のそばにいられたら、こんなに嬉しいことはない。

 近い未来には、きっとそのようなことは起こるだろうが、今は遠い未来のようにも、ゆきには思えた。

 世界を隔たれるわけじゃない。

 明るい未来を感じられる。

 だが、それでも寂しく思うのが、乙女心なのだ。

 自分でも複雑怪奇な感情だと思う。

 贅沢な感情だと思う。

 だが、そう思わずにはいられない自分がいる。

 ゆきは、溜め息を吐いた。

 夕食は、和風にした。

 今夜は胃を休めなければと思ったのだ。

 鯛の塩焼き、塩麹で漬けた即席の漬物、鶏肉と胡瓜のごま和えに、野菜たっぷりの薩摩汁。果物を出しておしまい。

 ゆきが準備を終えると、小松を呼びにいった。

 小松は静かに本を読んでいる。

 こんな日ぐらいしか、本を読む時間がないからだろう。

「帯刀さん、夕食が出来ましたよ」

「有り難う」

 小松の穏やかな笑みをゆきに向けてくれると、静かに立ち上がってくれた。

「ごちそう続きでしたから、今日は胃を休めなければならないですよ」

「そうだね」

 小松はフッと微笑むと、食事の準備を終えた、部屋へと向かった。

 ふたりで、こうして食事をするのは、本当に幸せだ。

 また、明日からは、小松と当分会えない。

 仕事が忙しいから、逢うのもままならない。

 そんなことは、誰よりも分かっている。

 約束もない。

 だが、小松には、やらなければならないことが沢山あるのだ。

 ゆきは小松には頑張って貰いたいと心から思う。

 だからこそ、寂しいが、次の約束とは、言えない。

 離れることなどないから、そんな不安はないが、単純に、会いたくなるのは事実としてある。

「ゆき、有り難う。私の健康を気遣ってくれているんでしょ?感謝しているよ」

 小松の言葉に、ゆきは嬉しくなってつい笑顔になった。

「たまにしか出来ないから、出来る時に、出来る限りのことをしたくて……」

「うん、有り難う……」

 小松の言葉に、ゆきは本当に嬉しくなる。

 ちゃんとゆきの気持ちを汲んでくれているのが、本当に嬉しかった。

「美味しいね。君が作るものを食べるとホッとする」

「嬉しいです。箸休めにちょうど、良かったみたいで、嬉しいですよ」

「有り難いと思っているよ」

 小松はふとゆきを見つめた。

「君といると、穏やかで特別な気分になれるね……」

「私もですよ」

 ゆきはにっこりと笑う。

 いつもは、華やかで艶やかな優しいイジワルを言う小松なのに、今日に限っては、穏やかで温かい言葉をくれる。

 ゆきにはそれが嬉しかった。

 

 夕食の後、後片付けをして、のんびりとする。

 もう明日から、小松は仕事なのだ。

 ハードに仕事をこなして行くことになるのだ。

 そう考えると、ゆきはこの時間がとても貴重なのだと知る。

 充電をしたいからと、小松は、ゆきを膝枕する。

 髪を緩やかに指ですかれてとても気持ちが良い。

「帯刀さん、これだと反対じゃないですか?」

 恥ずかしくてドキドキするのと同時に、ゆきは穏やかな気持ちになる。

 愛しくてドキドキする、とても素敵な時間だ。

 ゆきは柔らかな気持ちを深く感じた。

「……私は君にこれからたっぷりと癒して、充電させて貰うからね……。大丈夫だよ」

「……帯刀さん……」

 小松の言葉の深い意味を汲み取って、ゆきは思わず笑みを浮かべた。

「今夜は早目にベッドに入らなければならないね?」

 意味ありげに小松に見つめられてしまい、ゆきは恥ずかしくて堪らなかった。

 

 夜はベッドに入って、激しく愛し合う。

 これでは、穏やかな充電なんて出来ないのではないかと思うぐらいに、小松は激しくゆきを求めてきた。

 息苦しくなるぐらいに、甘くて激しい嵐のような情熱的なひとときだった。

 一週間ほど小松と一緒に過ごしたが、今夜が一番激しかったかもしれない。

 だが、心も身体もしっかりと満たされた気持ちになる。

 小松にしっかりと抱き締められて、ゆきはうっとりとしたひとときを過ごす。

「ゆき……」

 小松はゆきの髪を柔らかく撫で付けてくれた。

 なんて幸せなのだろうかと、思う。

「ゆき、このまま君をずっとここに閉じ込めたいと言ったら、君はどうする?」

 小松の柔らかな問いかけに、ゆきは驚いて思わず見つめる。

 それは嫌な驚きではなくて、むしろ嬉しい驚きだった。

 甘くてどこかドキドキする感情が、ゆきの心の中を支配する。

「……嫌なの?」

「嫌じゃありません……。むしろ、嬉しいです……」

 ドキドキが止まらない。

 だが、それは、とても素敵なドキドキなのだ。甘くて、胸が幸せでいっぱいになって、苦しいぐらいに嬉しい感覚だ。

「じゃあ、本当に君をここに閉じ込めるよ?構わない?」

 小松が言うと、本当に閉じ込められるだろう。ただし、甘い束縛であるだろうが。

「帯刀さんのそばにいたいです」

「……だったら、そばにいたら良いよ。私は君を放さないよ」

「はい」

「じゃあ、一生の約束にしてしまったら良い……」

 小松は艶やかな声で呟くと、ゆきを真っ直ぐ見た。

「ゆき、私の妻になりなさい」

 小松はキッパリとはっきり言う。

 突然のプロポーズに、ゆきは一瞬、息を呑む。だが、次の瞬間、ゆきは笑顔になりながら、はにかんだ表情で頷いた。

「良い子だ……」

 小松は蕩けるように甘い笑みを浮かべると、ゆきに口付けてくれる。

 真夏の夜のプロポーズ。

 幸せで甘いキスの味が、祝福してくれているように思えた。



モドル