*桜色あなた色*


 桜色に染まる刹那的な季節が盛りを迎えている。

 この時空で、愛するひとと生涯を全うすると決めてからの初めての桜。

 ゆきは、小松とふたりで、花見に行きたいと、強く願っている。

 愛するひとと桜を眺めたい。

 穏やかに、幸せに。

 おにぎりとお漬け物を持って、大好きなひとと花見に出掛けたい。

 きっと二人きりで桜を愛でるのは、これからはなかなか訪れないと、分かっているから。

 それは賑かで幸せな予感ではあるのだが。

 着物の生活にも随分と慣れてきた。

 着物を着て、のんびりと小松と桜を楽しむなんて、最高の贅沢なのではないかと思う。

 だが、小松は相変わらずかなり忙しそうだ。

 ゆきも端から見て、過労で倒れてしまうのではないかと、はらはらしてしまうぐらいだ。

 ゆきの愛する小松帯刀と、ゆきが生まれた世界の小松帯刀。

 違う人物であることは、解りきっているというのに、たまにゆきの世界の小松帯刀が、早逝してしまったことをつい思い出してしまう。

 ゆきの愛するひとがそうならないようにと、今は祈らずにはいられないのだ。

 

 小松は今、新しい時代を作るために尽力している。かつて八葉であった仲間たちと共に。

 その忙しさときたら、薩摩に帰ることが出来ないぐらいにだ。

 ゆきもずっと江戸に留まっている。

 小松は、自分がいる場所には、総て、ゆきを同行させると決めてくれているのだ。

 小松はようやく会合を終えて、部屋に戻って行くのが見えた。

「帯刀さん」

「ゆき、少しだけ休憩をするよ。一緒にお茶でも飲まない?」

「はい。では準備しますね」

「頼んだよ」

 小松はほんのりと疲れているように見えたが、だが、それ以上にいきいきとしているように、ゆきには見てとれた。

 恐らくは、遣り甲斐が疲れを上回っているからだろう。

 だが、疲労は蓄積されているようだった。

 ならば、せめてふたりきりの時だけは、しっかりと疲れを取って貰いたかった。

 ゆきは台所に行き、小松が大好きな漬け物と、梅干しが入ったシンプルなおにぎりを作る。

 梅干しは、疲労が軽くなると聞いたことがあったからだ。

 準備が出来た後、ゆきは小松の部屋へと向かった。

「帯刀さん、ゆきです」

「入って」

 ゆきが静かに中に入ると、小松は執務をしている。

 休憩などせずに、小松は仕事に勤しんでいる。

 本当に、心配になって止めさせたくなってしまうぐらいに、小松は精力的に仕事をしている。

「おちゃとお漬け物とおにぎりです」

 ゆきは、小松に邪魔にならない程度の場所で、軽食を乗せたお盆を置いた。

「有り難う。私も少しだけ休憩するよ」

 小松は執務を置くと、ゆきと向き合った。

 ゆきは、本当に小松の身体が心配過ぎて、切ない気持ちで見つめてしまう。

「どうしたの?泣きそうな顔をして」

 小松はゆきを気遣うような眼差しを向け、髪を柔らかく撫でてくれる。

「小松さん、働き過ぎです。たまにはきちんと休んで下さいね」

「有り難う。私は充分休んでいるつもりでいるよ。いつも夜は君のそばにいるでしょ?まあ、私がそうせずにはいられないんだけれどね」

 意味深に言われて、ゆきは真っ赤になってしまう。

 夫婦になってからは、小松と毎晩一緒に眠り、愛を確かめあっている。

「あの時間は、私には最高の贅沢で、疲れを取る時間になっているからね。だから、心配しなくても大丈夫だよ。それよりも、君と余り一緒にいてあげられないのが、心許ないね……。寂しくない?」

「……帯刀さん」

 常にゆきのことに、気を配ってくれている。

「……そばにいたいですが、こうして、帯刀さんがなるべく二人だけの時間を作って下さいますから、大丈夫です」

 ゆきは笑顔を小松だけにまっすぐ向ける。

「君は良い子過ぎるよ……。まったく……」

 小松は少し苛立つように言った後、いきなり抱き締めてきた。

 小松はほんのりと良い匂いがして、ゆきは鼓動を高めてしまう。

「まったく、君は……。こんなことぐらいでドキドキして、真っ赤になるなんて、本当にいつまでたっても、初々しいままだよね……。それ以上のことも、毎晩なんだから、そんなに恥ずかしがるのは、今更でしょ?」

 小松はからかうように言うと、ゆきに顔を近づけて、柔らかく触れるだけのキスをした。

「……ね、ゆき。たまには、わがままを言いなさい……。ね、君は、今、どんなわがままを言いたいと思っているの?」

 小松の優しくて低い声が、ゆきに柔らかく語りかけてくれる。

「……帯刀さんと、お花見に行きたいです。おにぎりでも持ってふたりで。二人きりで桜を愛でることは、来年からは当分難しくなりそうな気がしますから」

 ゆきはにっこりと小松に笑いかける。

「確かにそうだね。来年からは賑やかなのが増えて、ふたりきりで、というのは、難しいかもしれないからね」

 小松も意味ありげに微笑んで、同意する。

「時間は、明後日ぐらいには取れると思うけれど、今もやろうと思えば、出来るよ」

 小松は静かに呟くと、そっと縁側の戸を開けた。

 するとたった一本ではあるが、見事に花咲く桜がある。

 春の柔らかな陽射しを受けて輝く様は素晴らしい。

「綺麗です」

「それは良かった。ここには、おにぎりもあるから。小さなお花見なら出来そうでしょ?」

「はい!」

 ゆきは早速、開け放たれた戸の前にゆき、おにぎりを片手に桜を愛でる。

「本当に綺麗ですね。素敵です」

「まったく、君は夫よりも桜が大切なの?」

 小松はわざと拗ねるように呟くと、ゆきの隣に腰を据えた。

 そのまま抱き締められ、ゆきはドキリとする。

「……帯刀さんが一番大切です……」

 ゆきは茹ですぎのタコよりも真っ赤になりながら、声を甘く振るわせて呟いた。

「そう。だったら、少し、私の相手をして」

 小松はさらりと言うと、いきなりゆきの膝に頭を乗せてきた。

「……あっ……!」

「少し眠らせて。君の膝が一番よく眠れるからね……」

「帯刀さん……」

 ゆきは恥ずかしく思いながらも、幸せな気持ちでいっぱいになる。

 満たされている。

 強くそう感じる。

「ゆっくりと休んで下さいね……」

 ゆきは目を閉じた小松の麗しい髪を何度も撫で付ける。

 桜色に染まる陽射しを浴びた小松はとてもきれいだ。

 平田殿がいつのまにか、寄り添い眠っている。

 幸せな午後だと、ゆきは感じずにはいられなかった。



モドル