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今年の桜はとても早い。 冬があんなにも寒かったから、今年は早いと思っていたのだが、春に近づくにつれて一気に温かくなり、春が瞬く間に訪れてしまった。 昨日まではモノトーンの重々しいコートを着込んでいたのに、今日はパステルカラーの華やかで軽い装いになっている。 本当に、季節の移ろいはあっと言う間なのだ。 お花見の季節になったのだ。 町中が桜色の天盖に覆われて、優しい色彩に彩られている。 見るだけでとても幸せな気分になれる。 ゆきは、今年も小松を誘って、花見に向かう。 やはり千鳥ヶ淵は外せない。 この場所は、異世界でも小松と訪れた場所なのだから。 あの場所とは違うかもしれない。 だが、似た場所ではあるから、パステルカラーのノスタルジーに浸るのは、ちょうど良かった。 小松とふたりで、お弁当を持って、千鳥ヶ淵へと向かう。 ふと、家族連れが見えた。 小松といつか、子供を連れて花見をすることになるだろう。 ゆきの中では既に確定してしまっている未来に、くすぐったい幸せを感じていた。 ほわほわと暖かい。 そんな未来図を、目の前の親子連れに重ねている。 「何をニヤニヤとしているの?」 突然、妄想を破るように響いた小松の声に、ゆきは驚いて、身体をピシャリとさせた。 「ニ、ニヤニヤなんてしていないですよ」 「思いきり、表情は崩れて、壊れていたけれどね」 小松はからかうように言うと、ゆきの顔を覗きこんできた。 本当に意地悪な恋人だ。 だが、そこにはこのうえない優しさが含まれていることを、ゆきは十分に分かっている。 だから、からかうような笑みや表情を思い浮かべられたら、ついドキドキしてしまう。 「未来について考えていただけですよ」 「へえ、未来、ね」 小松は、何もかもお見通しだとばかりに、ニヤリと笑みを浮かべている。 それが気にくわないのと同時に、恋人が総てを理解してくれる喜びがこみ上げてきた。 「それだけです。あ、桜、綺麗ですよ!」 ゆきは誤魔化すように早口で言うと、わざと桜を指差した。 小松はくすりとただ微笑むだけだ。 ふたりでしっかりと手を繋いで、一番良い花見の場所を探しにゆく。 華やいだ桜は、こころから美しいと思えた。 「今年も帯刀さんと、桜を一緒に見られたことが、嬉しいです」 「私もだよ。かつて武士(もののふ)立ったからね、桜の生きざまに憧れていた。あのように生きられたらと、子供の頃から、思っていたよ」 小松は感慨深げに桜を見上げている。 桜を見上げる小松は、言葉に出来ないぐらいに美しいと、ゆきは心から思った。 「さあ、良い花見の場所を見つけようか。それでゆっくりするのは、良いからね」 「有り難うございます」 ゆきは、小松に寄り添うと、甘く微笑んでその顔を見上げた。 桜が美しく眺められる場所を見つけて、ふたりはそこで花見を楽しむことにした。 見るだけで幸せな気持ちになる。 桜を眺めるだけで、清々しい気分になる。 「綺麗なものを見ると、気分がよくなりますね」 「そうだね」 ふたりで肩を並べながら、桜を眺める。 とても美しい。 「お弁当を作ってきました。おにぎりとか卵焼きとか、簡単なものばかりですけれど。やっぱり、お花見はお弁当を持参するのに限りますから」 「そうだね。そのあたりは、こちらも私が生まれた所も、変わっていないということだね……」 小松は懐かしそうにフッと目を細めた。 桜を見上げる小松は、何処か遠くを見つめているようだ。 とても魅力的な眼差しに、ゆきは思わず見惚れてしまう。 桜よりも小松のほうが美しいと思う。 ゆきの魂を揺さぶるのは、やはり小松しかいないのだ。 「帯刀さんは、桜がよく似合いますね」 「武士だからね」 小松は嬉しそうに穏やかな笑みを浮かべた。 とても美しい。 男のひとを綺麗だと思うのは、小松だけだ。 「ゆき、何じっと見ているの?」 「帯刀さんがとても綺麗だと思って……」 「変な子だね君は。君と桜のほうが、余程、似合うよ」 小松は苦笑すると、ゆきを見つめた。 余りに艶やかな笑みだから、ゆきはつい慌ててしまう。 「お、お弁当を食べましょう」 「じゃあ、そうしようか」 小松はくすりと笑うと、お弁当を食べ始めた。 「だし巻きが私好みだね。なかなか美味しい」 小松に褒められると嬉しい。ご褒美を貰ったような気持ちになった。 「桜の下で君とお弁当を食べる。悪くないね」 小松はリラックスして、花見を本当に楽しんでいるかのようだ。 「桜のように潔く生きたいと、ずっと思っていたが、今はどうなんだろうね……。今は、君と一緒に、いつまでも花を咲かせていたいような気持ちになっている。潔い心はそのままに、花を永らえさせたら、なんて、都合の良いことを考えてしまうよ」 小松は微苦笑しながら、ゆきと桜を見た。 「花を永らえ、散るときは潔く……。理想的ですね……。私もそのように生きられたらと思います」 ゆきは心を熱くさせる。それは理想だ。だが、小松とふたりならば、その理想を現実に変えることが出来るのではないかと、思う。 ゆきは笑みを浮かべると、小松を真っ直ぐ見つめた。 「ふたりなら出来るような気がします」 「そうだね……。私も君となら出来るような気がする」 お互いに眼差しを重ねて、微笑みあった。 情熱的なのに、とても穏やかで確かな面を持ち合わせたふたりの愛。 これがあれば、花を永らえさせながら、潔く生きることが出来るかもしれない。 ゆきは青空を見上げながら、それを確信していた。 お弁当を食べ終わったあと、ふたりで手を繋いで千鳥ヶ淵を散歩する。 陽射しが穏やかで温かくて、とても素敵な気持ちになる。 「本当は、ここで乗馬をしたいところだけれどね。今は、このようなところで馬に乗ることは出来ないからね」 「そうですね」 「馬が乗れるのであれば、君を馬に乗せて、桜の中を走っていくけれどね」 「そうしたかったですね」 今は、手を繋いで歩く千鳥ヶ淵を、馬で駆け抜けられたら。とてもロマンティックだろう。 だが、今も十分にロマンティックだ。 大好きなひとと一緒に、手を繋いで歩くことが出来るのだから。 「来年も、その次も、ずっとふたりで桜を見に来られたら良いね。あ、ずっと二人というのは、語弊があるかもしれないけれど……」 小松が意味深に微笑んだが、ゆきにはその意味か分からない。 「ずっと二人ではないんですか?」 「それはそうでしょ?だって、ずっと、二人ではないよ。子供はどうするの?」 小松に指摘をされて、ゆきはなるほどだと思いながらも真っ赤になった。 「そうですね」 「賑やかなお花見を楽しみにしよう」 「はい」 ゆきは、改めて桜を見上げる。 潔く生きるために、桜がふたりをずっと見守ってくれる。 そう思えた。 |