*桜色の落し物*


 花散らしの雨が降ってきた。

 結局、小松が多忙すぎて、今年はお花見デートが出来ない。

 今年は、桜をふたりで見ないままで、シーズンが終わってしまうような予感がする。

 桜を小松と見るのを、今年も楽しみにしていたが、それは叶わないようだ。

 しょうがない。

 小松はかなり多忙なのだから、恋人として、大切な仕事を犠牲にしたままのワガママは言えない。

「今年は、ひとりでお花見かな……。雨だけれど、雨に濡れた桜もロマンティックだから、見に行こうかな……」

 ゆきは生憎の暗い空に軽くため息を吐きながら、雨の中のお花見を楽しみことにする。

 レインコートにレインブーツ、そして傘があれば、雨のなかでも、美しい桜を楽しめる。

 雨に濡れる桜も、しっとりとした初々しさがあり、瑞々しい美しさがある。

 晴れの日に見るのも良いかもしれないが、しっとりと濡れた桜を見るのも、メランコリーなロマンスがあって、良いのかもしれないと、ゆきは思った。

 雨の対策をきちんと取って、ゆきは桜を見に行くことにした。

 雨だから、そんなにも遠出は出来ない。

 歩いて行ける距離で花見を楽しもうと思った。

 日本は良い。

 歩いて行ける場所に、桜並木が何処にでもあるのだから。

 ゆきは、この季節に日本にいられることに感謝をしながら、のんびりと散歩に出かけることにした。

「お母さん、ご近所にお花見に行ってきます。もうすぐ終わりそうだから」

「はい、いってらっしゃい、ゆき」

 ゆきはのんびりと家を出て、桜が美しい近くの公園へと向かう。

 小松とデートをした時、ここの桜を一緒に見ようと、他愛ないことを言ったのを思い出す。

「来年への持ち越しかな?しょうがないけれど……」

 ゆきは、楽しみが先に延びただけだと思いながら、今年は、ひとりきりの花見を楽しむことにした。

 公園まで行くと、ひとは誰もいなかった。だが、桜がとても美しくて、思わずうっとりと見つめてしまう。

 ゆきは、公園に入り、桜を近くで眺める。

 雨の日の桜も良いものだ。ロマンティックで、華やいだ印象がある。

 しかも花を濡らしているから、そこはかとなく色気を感じるのだ。

 本当に美しすぎて、ゆきはうっとりと見つめる。

 こんなにも華やいだ雰囲気なのに、清楚と控えめ、そして、艶すらも感じてしまう。

 なんて沢山の顔を持つのだろうかと、ゆきは思った。

 本当に美しくて、ついうっとりとしてしまう。

 なんて、きれいな花なのだろうか。

 よく、桜の花に魅入られると聞くけれども、まさに今のゆきはそうだった。

 桜に夢中になっていると、何かが脚に擦りよって来る気配を感じた。

 小さな温もり。

 ゆきが視線を落とすと、足元には雨に濡れた、ヨロヨロで今すぐ崩れ落ちてしまうのではないかと、思ってしまうほどに弱々しい仔猫がいた。

「にゃー」

 ゆきと眼が会うなり、一所懸命、ご挨拶とばかりに鳴いてくれる。

 だが、何とかしてあげなければ、このまま崩れ落ちてしまうのではないかと、思ってしまうぐらいに、ふらふらだった。

「にゃんこちゃん!」

 余りにもボロボロなので、ゆきは今にも泣きそうになる。

 直ぐに保護をしてあげなければならない。

 桜の花びらを着けて震えている仔猫が、ゆきは不憫でしょうがなくて、思わず抱き上げてしまった。

 雨に濡れた桜がとても似合う白い猫。

 その力のなさに、ゆきは胸が圧迫されてしまうぐらいに切なくなった。

 早く保護をしてあげなければ。

 動物病院に連絡をして、連れていってあげなければならない。

 ゆきはいても立ってもいられずに、公園を出ようとした。

 

 最近、ゆきに全く逢えていない。仕事の一番の原動力である恋人に全く会えないなんて、これ以上苦しいことはないのではないかと、つい小松は思ってしまう。

 今年は楽しみにしていた桜すらも見に行けてはいなかった。

 今日は雨。

 これは花散らしの雨になってしまうだろう。

 それならば、雨でも良いから、ゆきと一緒に桜の花をじっくりと見たいと思った。

 思いがけない時間が出来たからだ。

 花見の場所として思い付いたのは、ゆきと花見の約束をした公園だった。

 今から誘えば来てくれるだろうか。

 その前に、公園に向かって、一度、桜の様子を確認しておかなければならないと、小松は思い、車をゆきの自宅の近くにある、公園へと走らせて行った。

 公園の前のパーキングスペースに車を停めて、小松は公園へと向かった。

 すると、公園に咲く見事な桜の下に、見慣れた愛しい人影を見つけた。

 ゆきだ。

 雨に濡れた桜を見つめるゆきは、とても清らかで透明感があり、美しかった。

 非の打ち所がないと思うほどに。

 切なくも甘い表情がとても綺麗だ。

 小松はじっと見つめずにはいられなかった。

 不意にゆきは足元から小さな動物を拾い上げた。

 よく見ると仔猫で、弱々しかった。

 ゆきは切ない表情で子猫を見つめている。

 小松は手を差しのべるため、ゆきに近づいた。

 

「どうしたの、ゆき?」

「帯刀さん!」

 なんて良いタイミングだろうか。

 まさか小松が現れるなんて。

「この子が弱っているので、今から動物病院に連絡をして連れて行こうと思っていたんです」

「分かった。私は車だから、一緒に行こう」

「有り難うございます」

 ゆきは直ぐに動物病院に携帯電話で連絡をして、診察の約束を取り付ける。

「診て下さるそうです」

「そ、じゃあ行こうか」

 小松は素早くパーキングまで連れていってくれ、車に乗せてくれる。

「ナビして」

「はい」

 ゆきが猫をタオルにくるみながら、ナビをする。

 小松がいてくれたから、猫をスムーズに病院に連れていくことが出来た。

 

 獣医師の診断で、仔猫は風邪のようなものに感染しており、点滴をして貰い、鼻と目の処置をして貰った。

「で。結局、この子をどうする気なの?」

「飼いたいと思っていますけれど……」

「だったら、私が飼うよ。必要なものを買って、うちに、いくよ」

「はい」

 動物病院に併設されているペットショップで買い物をして、ゆきは、小松の自宅に一緒に向かった。

 家に入り、猫が暮らせるように寝床を作ったり、準備をしてやる。 

「今日からあなたの家はここだからね」

 ゆきは優しく語りかけてやる。

 すると、最初は落ち着かなかった仔猫も安心したのか、寝床ですやすやと眠った。

「……安心している見たいです。良かった……」

 ゆきは仔猫の寝顔を見つめながら、ほっとする。

「良かったね」

「帯刀さんが飼って下さるので良かったです」

「私だけが飼うんじゃないよ」

「え?」

 小松はゆきをふんわりと背中から抱き締めてくる。

「いずれは、君とふたりで飼うんだよ……」

 甘く艶のある声で囁かれて、ゆきは恥ずかしさとときめきで、顔を真っ赤にさせながらも、頷いた。

「雨だけれど、君と桜が見たくて、誘いに行こうとしたところで君を見つけたんだよ。良い拾い物をしたけれどね」

「帯刀さん」

「今度は猫と一緒に、花見に行こう。約束だよ」

「はい!」

 素敵で優しい約束に、ゆきは笑顔で頷いた。



モドル