*残暑*


 長州の夏は、ゆきが知っているどのような夏よりも過ごしやすい。

 爽やかな風がわたり、深呼吸をすると清々しい。

 緑と水の香りが、ゆきを癒してくれている。

 とても心地が良い。

 暑さもちょうど良かった。

 やはり、工場や車などがないことが、空気を綺麗にしているのだろう。

 この時空では、温暖化なんて考えなくても良いのだろう。

 この時代も悪くない。

 それどころか、とても良い時代なのかもしれない。

 ゆきはつくづくそれを思った。

 水を道に撒くだけでも涼になる。

 クーラーに頼っている自分が申し訳ない。

 足だけを冷やしたら快適だろう。

 爽やかな暑さとはいえ、夏には違いないのだから。

 熱の部分を冷やすと涼しくなるとよく聞く。ゆきは手足を冷やすことにした。

 それには小川が一番良い。

 ゆきは宿の近くにある、小川へと駆けてゆく。

 ゆきは小川の近くの石に腰を下ろすと、足首を冷やした。

「こうしているだけで、気持ち良いな」

 ゆきは、つい子供のようにパシャパシャと音を立てながら、足を動かした。

 こうしているだけで、涼しい。

 だが、やはり暑い。

 もう少しだけ、涼しくしたい。

 ゆきは髪をあげて、うなじを出してみる。

 そうすると更に涼しくなった。

 ゆきは思わずはしゃいでしまう。

「こんなところで、何をしているの?」

 覚めきった声が聞こえて、ゆきは思わず振り返った。

「小松さん」

「そんなはしたないことをして、どうするの?」

 小松は呆れ返るように言うと、ゆきの隣に立った。

 流石にこのような姿を小松に見られたのは、恥ずかしくて、ゆきは俯く。

「ご、ごめんなさい」

「本当にしょうがない子だね……。こんなことを男に見られたらどうなるか、君は分からないの?」

 小松は叱っているのに、何処か艶やかだ。ゆきは緊張してしまい、身体を固くした。

「ね、どうなるか、教えて欲しい?」

「ほ、欲しくないです」

 教えられたらきっと甘い緊張で壊れてしまう。

「……そう。それは残念……」

 ゆきの考えることや、その反応なんて、お見通しだと思った。

「とにかく、私の前以外では、そんなことはしないの。良いね?」

「はい……」

 ゆきは素直に返事をすると、身体を小さくなった。 「どうしてこんなことをしていたの」

「暑くて。だけど、こちらの夏は、私の知っている夏に比べると、暑くはないんですけれどね」

「ここよりも暑いの?」

「かなり暑いです」

「ここよりも暑いなんて、相当のものだね」

 小松は苦笑いを浮かべながら、空を見上げた。

 高くて、なんてきれいな空なのだろうか。

「温暖化といって、工場などから出る排気や人々の便利な生活と引きかえで、気温が上がったりして、余り良い状態ではないんです……」

 これから近代化を図っていくひとには、相応しくない話題なのかもしれない。

 だが、ほんの少しで良いから、小松には知って欲しかった。

 近代化は決して悪いことではないが、発展の影があるということ。そこからは、決して目をそらさないようにして欲しいと。

「この空気も気候も、何もかもが、素晴らしくて素敵であることを、どうか知って欲しいと思います」

「……ゆきくん……」

 小松は穏やかで優しい笑みを浮かべた。

「本当に素敵な世界だと思います」

「だったら、いつまでもこけにいたら良いよ」

  小松が優しい声で提案してくれている。それはとても嬉しい。

 だが、世界を救った後に、それが決して許されないことであることは、ゆきには分かっている。

 この世界で、自分がいられる場所なんて微塵もないと、ゆきは感じていた。

 その想いが小松に伝わったのだろうか。

 ゆきはつい寂しい想いを感情に出してしまう。

「そんな悲しそうな顔をしないの」

 小松はゆきの頬をそっと柔らかく触れた。

 こうして触れられると、心が蕩けてしまいそうになる。

「少なくとも私は、君がここに留まってくれると嬉しいから」

 小松はさらりと言うと、ゆきを真っ直ぐ見つめてきた。

 艶やかに見つめられると、ゆきは緊張し過ぎてしまう。

「そろそろ、その格好は止めたほうが良いと私は思うけれどね……」

「え……?」

 小松はもう一度念を押すようにゆきに言う。

「その表情とその格好をされてしまうと、私もどうにかなってしまいそうになるけれどね……」

「……え……?」

 ゆきが顔をあげると、小松はいきなり抱き寄せてきた。

「え、あ、あのっ、小松さんっ!?」

 ゆきが困惑をしているのを楽しむかのように、小松は静かに笑うと、背後から抱き締めてきた。

「……君のうなじはとても綺麗だね……。誰にも見せたくはないよ……。だから、下ろしている髪は、君にピッタリなのかもしれないね……」

 小松の吐息が、ゆきの首筋にかかってきた。

 ほんのりと息遣いを感じただけなのに、ゆきの全身は甘い熱さに身を焦がす。

 ゆきが僅かに震えたことを、勿論、小松は見逃さなかった。

 更に強く抱き締められる。

 こうして抱きしめらると、小松を更に強く男として意識をしてしまった。

 小松の体温よりも少し冷たい唇が、ゆきの首筋にかかる。

 そのまま口付けられる。

 背中に電流が流れてしまうのではないかと思うほどに、甘い戦慄が全身を駆け抜けた。

 息が出来ない。

 ゆきは大きく甘い吐息を溢すしか出来なかった。

 そして、小松は首筋に唇を押しあてながら、ゆきのすんなりとした脚を、一瞬、絹のように撫でた。

「おしまい」

 小松はくすりと笑うと、ゆきをもう一度抱き締めた。

「これで分かったでしょ?私以外の男に、無防備な姿は見せないこと。良いね」

「はい……」

 何だか丸め込まれてしまったような気がする。

 ゆきは真っ赤になりながら、小松を見上げた。

「さあ、涼むのはおしまいだよ。みんなのところに戻ろうか」

「はい」

 小松は、ゆきの髪をきれいに下ろして、靴を履かせてくれる。

 そして、手をしっかりと繋いだ。

「行こうか」

「はい」

 まだ頬が熱くてドキドキする。

 小松はそれをかなり面白がって見ているようだ。

 ゆきは拗ねたいのに、拗ねられない、複雑な気持ちだった。

「その顔もダメだよ。私以外には見せてはダメだからね……」

 また顔が熱くなる。

 先程よりもだ。

 耳までが熱くて、ゆきはどうして誤魔化そうかと思う。

 息が出来ないぐらいの異様な熱さだった。

 結局は、涼んでも余り効果がないようだった。



モドル