十六夜の月はどこか切ない気分にさせる。 望月のように、満ちてはいないからだろうか。 それとも、満ちた後に欠ける切ななさがあるからだろうか。 「将臣くん! 大黒屋の月見団子を持ってきたよ!」 「ああ、入れよ」 将臣はフッと柔らかに微笑むと、望美を自室に迎入れる。 昨日の望月は、将臣がアルバイトを入れていたので、お月見デートは出来なかった。 一日遅れで、こうしてお月見デートなのだ。 ひとり暮しをしている将臣の部屋で、まったりと月を見るのにロマンスを感じた。 「酒があるぜ」 「お酒は良いよ。将臣くんは月見酒?」 「ああ。福原にいた頃は、月を見ながら、酒を飲んでいたからな。懐かしいな」 まるで大切にしている宝物を出してくるかのように、将臣は呟く。 「色々、買ったり、作ったりしたから、食い物は豊富だぜ」 将臣は話題を素早く切り替えると、演技をするように立ち上がった。 「私が作る時間があれば良いけれどね」 「お前に料理は期待しちゃいねぇよ」 将臣はくつくつと笑いながら、冷蔵庫から様々なおかずを出して来る。 「これでも少しはマシになったんだからね!」 望美が頭から湯気が出るような勢いでぷりぷり怒りながら、今日の宴の準備をした。 「ほら、食いながら、ゆっくりと月を眺めようぜ」 「そうだね。大黒屋の月見団子もあるからねー」 「お前はそればっかだな」 ベランダに通じる掃き出し窓の前にどっかりと陣取ると、ふたりは肩を並べて月を愛でる。 「…やっぱ空気は淀んでいるんだな…。そんな感じが月からも解るな」 「そうだね。確かにあっちで見た月はとても綺麗だったね」 大気汚染などない時代だからこそ、月を眺めることが何よりもね楽しみだったのかもしれない。 「電気消すか」 「うん」 部屋の電気を消して、辺りを暗くして月を見る。 鎌倉ならば、しんみりと月を眺めることが出来るが、ここは町中だ。遠くには人工の明かりが見え、月の光を凌駕してしまっている。 望美はお茶を飲みながらおにぎりをかじり、将臣は酒を愛でている。 「綺麗だね」 「…そうだな。福原で見た月を思い出す。だけどあの頃は、月を見るたびにお前のことばかりを思い出していたからな…。いつも暗い気分だった」 「将臣くん…」 望美は涙を滲ませながら、月を見つめる。滲んで輪郭がよく見えない。 「月見というよりは、あれはお前を思い出す儀式みてぇなものだったからな」 声をかけられない。 ただ逞しい肩に寄り添って、その温もりを感じた。 将臣が肩を抱いてくれたので泣かずに済んだが、喉には熱い塊が遺る。 「お前は月の名前だからな。月を見ながら、お前と重ねていたな。だからか、誰もが俺を見守るようにそっとしておいてくれた」 将臣に優しく微笑まれて、望美ははなをすすってしまう。すると思いきり鼻を摘まれてしまった。 「もうっ! 将臣くんのバカっ!」 「お前の鼻がうるせぇからな」 「もうっ! バカー! 折角、しんみりとしたロマンティックがあったのに、これじゃあ台なしだよー!」 望美が怒ると、将臣は更に可笑しそうにくつくつと笑う。 望美を宥めるように、軽くて甘いキスを唇にくれた。 「…キスなんかで、ごまかされやしないんだから…」 余りに甘くてロマンスたっぷりだったから、望美は怒るに怒れない。 将臣は肩を強く抱き寄せると、更に力を込めてきた。 「…月はひとりで見ていたの?」 「ひとりの時もあったし、ひとりじゃなかったこともあった」 将臣の声には温かさが滲んでいて、過去の出来事に対する愛しさが感じられた。 「ひとりじゃない時は?」 「知盛や経正が一緒だったな。互いに話はしねぇが、ただ月を眺めて酒を飲んでいたが、殆どの場合は、ひとりだったな…」 望美は今は傍にいてくれる将臣の肩に頭を乗せて甘えると、その手にそっと触れた。 「寂しかった?」 将臣は一瞬、ひと呼吸を開けると、静かに首を横に振った。 「…いいや。月を無心に見ていたら、お前のことを感じられたからな」 「ホントに?」 「ああ…。だから、んな顔をするなよ」 将臣は照れたように笑うと、望美の鼻をイタズラをするように掴む。 「もうっ! 止めてよー」 「お前が辛気臭い顔をするからだろ?」 「もう…」 今の将臣には、愁いなんて感じられない。明るいからりとした秋空のような笑顔だ。 月日を経て、平家での想い出が、様々なものをひっくるめて優しいものになった証拠なのだろう。 「ずっと、これからも一緒に月を見ようね。将臣くんがお酒を飲む時も、月を見るときも、ずっとずっと一緒だから」 望美が頬を紅潮させて真剣に言うと、将臣はしっかりと両腕で抱きしめてくれた。 「有り難な」 「私が一緒にいたいから、一緒にいるんだよ。だから心配しなくて良いんだよ」 「マジ、サンキュな」 望美もまた、しっかりと将臣を抱きしめる。 最近、また男らしくなった。 精神的には老成してしまった将臣は、望美にとって頼りになる男であるが、同時に迷子のような切なさを持った男の子でもある。 そんな時は、こうして抱きしめてあげたかった。 なのに結局はいつも、切なさに負けて泣いてしまうのは自分なのだ。 「…一緒にいるよ、ずっとずっと一緒にいるからね」 「ああ。ずっと一緒にいような」 将臣の胸に抱かれて、望美はまた子供のようにおびょおびょと泣いてしまう。 「…折角の月なんだから、見ようぜ、団子でも食いながら」 「うん」 望美は顔を上げると、まるで小さな子供のように腕で目を擦った。 「…うさぎみてぇな目だぜ、おら」 つんと指先で額を弾かれて、望美は笑うしか出来ない。 「おら、折角の大黒屋の団子を食おうぜ? つきたてなんだろ?」 「そうだね、食べよう!」 もったりとした大黒屋の団子を手に取り、ふたりは月を眺めながら揃って食べる。 「小さい頃さ、スミレおばあちゃんが作ったお団子を盗み食べして怒られちゃったよねー」 「そうだな。俺とお前でどれだけ食べられるか競争したせいで、余分に作っていたお団子までくっちまったから、母さんカンカンでさ」 「そうそう、譲くんもオロオロしていたねえ」 切ない月見の想い出と、優しい月見の想い出。 それぞれが、今日の月見を素敵なものにしてくれている。 ふたりで月を眺めながら、飽きることなく話を続ける。 時を忘れて。 「おい、寝ちまったのかよ?」 将臣にもたれ掛かりながら眠る望美を包み込むように、将臣は抱き寄せる。 これからもこうして月を見るだろう。 これからの月見は、きっと素晴らしいものになるに違いない。 これからも一瞬に見たいという想いも込めながら、将臣は囁いた。 「…結婚するか?」 眠ってしまった望美には聞こえないプロポーズの予行演習。 明日の朝、目覚めたときにでも、本番を迎えよう。 |