折り鶴


 深呼吸をすると冬の足音が聞こえるような気がする。
 指だけを絡めた季節から、しっかりと指を絡ませあう季節へといつの間にか進んでいた。
 澄んだ空気が肺に入ると、細胞の隅々まで清らかになっていく。
 澄んだ気分で、大好きなひとのそばにいられるのは、なんて幸せなのだろうかと、望美は思った。
 ご機嫌な青空を見上げながら、望美は笑みを零す。
「何かご機嫌なことでもあったのか?」
 素直に輝く九郎の笑顔に、望美の笑顔も更に明るくなった。
「こうして気持ち良い季節に、九郎さんとご一緒出来るのが嬉しいんです」
 素直に自分の気持ちを伝えると、途端に九郎の顔は真っ赤になる。
 こういったところは、本当に可愛いと思えてしまう。年上だから当然頼りになる部分もあるが、こうした清らかに純情なところも、望美は大好きだ。
「照れました?」
 からかうように九郎の顔を覗き込むと、真っ赤になった顔から湯気が出ていた。
「からかうんじゃない」
 照れ隠しにわざとしかめ面をする九郎が益々可愛く思えて、望美はにんまりと笑った。
「可愛いです、九郎さん」
「ったく、男をからかうんじゃない」
 九郎は望美を叱りながらも、絡んだ指にしっかりと力を入れてくれた。
 誰にも見咎められることなどなく、ふたりは堂々と手を繋いで、鶴岡八幡宮に向かう。
 今やふたりにとっては絶好のデートスポットになっている。
 この時期は、銀杏も華やいで、散歩するのにはうってつけだ。
 気持ち良い季節で、隣りに九郎がいる。それだけでかけがえがないほどに幸せだ。
 生まれ故郷の時空を捨て、望美の世界に来てくれた恋するひと。
 もう、これ以上のラッキーはこの先には落ちていないような気がした。
 黄金色に染まる陽射しを浴びる九郎を見つめると、なんて美しいのかと思う。
 九郎にはひかりが良く似合う。
 ふとふたりの横を、美しい白無垢の花嫁が通り過ぎる。
 いつか、そう遠くはない未来に、九郎と一緒にいられたらと、強く祈らずにはいられなくなった。
 愛するひとのために綺麗になれる花嫁は、なんて素敵なのだろうかと、望美は思う。
 望美は無意識で立ち止まると、花嫁を視線で追った。
「綺麗なもんだな、花嫁は」
「そうだね」
 望美は、白無垢の花嫁と、紋付き袴の花婿を視線で追いながら、自分達の姿を重ねた。
 ふたりでここで式を挙げられたらと、ぼんやりと考えてしまう。
 幸せな笑みを浮かべている望美に、九郎は艶が滲んだ甘い笑顔をくれた。
「…いつか…」
 柔らかな九郎の声に、望美はきっといつか叶うという確信を持たずにはいられない。
「…いつか、本当に叶えてくれる?」
 甘えるような声で望美が囁くと、頭からぷすぷすと湯気が出ていると錯覚するほど、九郎は真っ赤になっていた。
「ほら、行くぞ、望美!」
 照れ隠しなことぐらい直ぐに解る強引さに、望美は満面の笑みを浮かべた。
 強く手を引かれても、もう少し強くても構わないと、望美は思ってしまう。
「…いつかな…」
 聞こえないほどに小さな声は、男らしく、胸がきゅんと音を立てるほどの甘さが滲んでいる。
 望美は九郎の手を強く握り締めると、はにかみながら頷く。
 九郎の手の強さは、幸せの象徴のようだった。
 暫く歩くと、社務所があり、様々なお守りが販売されている。
 定番のものから、愛らしい鶴や鳩の根付けまで。
 望美はきらきらとした可愛らしさに、思わず見入っていた。
「九郎さん、この鶴のお守り可愛くないですか? 金銀白がありますよ。可愛い。願い事も叶っちゃうかもしれないですね」
「願い事か…。望美、お前は何か願い事があるのか?」
 九郎は銀色の鶴の根付けをひとつ手に取り、じっと見つめながら呟く。
「…願い事は、ありますよ」
 望美は仄かに頬を紅に染め上げると、僅かに俯いた。
 願い事ならある。
 いつまでも九郎と共に歩いていければ良いと思っている。
 こうして幾つもの季節を共に過ごせたらと思わずにはいられない。
 この世界に止まってくれた九郎。だが、いつ、生まれ育った時空に帰りたいと言い出すか、気がきでない。
 ようやく何の憂いもなく恋にひたれるようになったというのに、また離れ離れになるなんて考えられない。
「九郎さんこそ、願い事はあるの?」
「ああ、勿論」
「それは何?」
「言えない。望美が教えてくれるんだったら、言っても構わないけれどな」
 はぐらかして訊いたのに、逆にはぐらかされてしまった。
 望美もまた九郎と同じように、手のひらに金色の鶴のお守りを同じように乗せると、願いを注ぎ込む。
 ずっと九郎と一緒にいられるように。
 願わくば、先ほどの花嫁のようになれたら。相手は勿論、九郎。それ以外には考えられない。
「気に入ったのか? それ」
「何だか、願い事が叶いそうな気がしない?」
「…そうだな。お前がそう思うんならそうなのかもしれないな」
 九郎もまた愁いを帯びた幸せを光に宿しながら、柔らかく微笑んだ。
「お互いに持っていよう。これを」
 九郎は望美の手のひらから鶴のお守りを取ると、自分が持っていたものと合わせて、巫女に差し出した。
「これをくれ」
「はいありがとうございます。千円です」
 九郎は買い求めてくれた金色をした鶴のお守りを望美の手の平に乗せてくれた。
「お前の願い、叶うと良いな」
「そうですね。素敵なお守りももらってので、叶いそうな気がします」
 九郎がこころを込めてくれたお守りを、望美はぎゅっと握り締めた。
「願いが叶うのは…九郎さん、次第だけれどね?」
 望美は上目遣いで九郎を見つめると、ほんのりと顔を紅くする。
「俺の願い事も、お前次第だけれどな」
 九郎が爽やかに照れながら言うと、望美の手をぎこちなく握ってきた。
 九郎は恥ずかしいのか、綺麗に澄んだ青空に視線を上げている。
「…お前の願い事は、俺が叶えてやれるものか?」
「九郎さんにしか叶えて貰えないものだよ」
「そうか」
 九郎は明るく澄み渡った笑顔を浮かべると、望美を真直ぐに見つめて来た。
「だったらお前の願い事、俺が叶えてやる」
 男らしい九郎のキッパリとした言葉が、望美は嬉しくてたまらなくて、素直で煌めく笑顔を浮かべた。
「有り難う! 九郎さんの願い事は私が必ず叶えるよ!」
「期待してる」
 望美は九郎の腕に甘えるように絡み付くと、八幡宮の本殿へと連れて行く。
「願い事は叶えるためにあるものだからな。叶えよう」
「うん!」
 神様どうかお願い。
 いつまでも大好きな九郎と一緒にいられますように。
 きっと叶うと信じながら、ふたりは神様にお願いをする。
 願い事は必ず叶う。
 生と死の狭間の季節に、望美は祈らずにはいられなかった。




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