子供の頃、台風は大嫌いだった。 いつもは穏やかな鎌倉の海が荒れ狂い、灰色の大魔神でも澄んでいると、いつも思っていた。風の音と烈しい雨が嫌いで、恐ろしいものだと思っていた。 定番過ぎるぐらいに、毛布を被って震えていると、必ず将臣が傍に来てくれた。 「恐がりの望美!」 わざと憎まれ口を叩いて、将臣は舌を出してくる。 こっちが恐がっているのに、それを面白がる将臣が、嫌で嫌でしょうがなかった。 「もう! からかうんだったらあっちへ行って! 将臣君なんか、大嫌いなんだからっ!」 半分べそをかきながら、望美は将臣に当たり散らす。それでも平然としている将臣の態度が、悔しくてしょうがなかった。 「あっちへ行ってよ! ゆ、譲ちゃんに慰めてもらうもんっ!」 望美がムッとして突っ掛かると、将臣もあからさまに不機嫌な顔をする。 「ったくしょうがねぇ女」 「しょうがないのは将臣君でしょっ! バカバカっ!」 望美は、悔しいのと恐いのとで泣きだしながら、鼻を何度も啜り上げた。 「しょうがねぇな」 将臣はいかにも面倒臭そうに言うと、望美の背中にぴったりと自分の背中をくっつけてきた。 望美よりほんの少しだけ広くて、温かい、優しい背中。 背中同士をぴったりとつけているだけで、不思議な安心感を生んだ。 将臣の温もりが間近に感じられる。 それだけで、もう台風なんて恐くないと感じていた。 将臣に護られているような気がする。 望美はすっかり安心しきり、いつの間にかまどろんでいた。 南の島にきてから、初めての台風シーズン。 今のように家もしっかりとした作りではないせいか、風雨に対しても心許ない。 だが、子供の頃に比べれば全く恐さを感じない。 風雨が酷くても、安心していられる。 南の海は外洋で、鎌倉の海以上に烈しくうねっている。 東シナ海------望美の生まれたところ風に言うならば、まさにその海。 海がうねっても、もう、鈍色の大魔神なんていない。 恐ろしさも薄れてしまった。 大人になったから。 成人した女性として、この場所にいるから。 だが、中身は子供のまま。 変わることがない。 きっと一番の原因は。将臣がそばにいるからだろう。 こうして一緒にいるだけで、安心できる。 何が起こっても大丈夫のような気がしてしまう。 それほど、望美にとっては、将臣の存在は大きかった。 昔も、今も。 今も傍にいて、背中合わせに護ってくれる。 烈しい風雨のなか、ふたりは背中をぴっとり合わせて座っている。 小さな頃に比べると、将臣の肩幅はとても広くて、誰かをがっちりと護ることが出来るものだ。 望美は総てを預けながら、将臣の手を握った。 「恐いか?」 「恐くないわよ。だって、将臣君がいるんだもの」 望美はキッパリと言い切ると、目を深く閉じる。 ふと猛烈な風が吹き渡り、家全体が揺れた。 「あっ!」 流石に望美は飛び上がると、将臣の手を強く握り締めた。 「望美」 将臣は、心をとろとろに溶かしてくれる声で名前を呼んでくれると、望美の躰を、精悍な胸で抱きしめてくれた。 優しくも男らしい香りに、くらくらする。 抱きしめられると、背中越しよりも、もっともっと安心する。 もう背中だけでは、魔法は足りなくなっていた。 抱きしめられ、将臣の鼓動を感じるたけで、酷く安心する。 まるで穏やかな海に抱かれているような、安良かで心地の良い気分になる。 すんなりと眠りの世界に、望美は誘われた。 まどろみが、望美の瞼にたっぷりと下りてくる。 いつしか、望美は本当に深い眠りについた。 外の嵐が烈しくても、将臣が不安を消してくれるから、ぐっすりと眠ることが出来る。 「おい、寝ちまったのかよ?」 将臣はフッと優しい笑みを浮かべると、望美に広い胸を貸してやる。 支えるように抱きしめてやる。 あやすように背中を優しくリズムカルに叩いやる。 ふたりがいる小さな空間----- そこだけは、嵐のない穏やかな凪の状態だった。 |
| コメント 台風をテーマにした、短いお話。 |