小さな恋の願い


 髪を想いを込めて伸ばせば、願いが叶うと聞いたのは、望美がまだ小学生の頃。
 大人の響きを感じ、中学生になったら伸ばし始めようと思った。
 六年生の頃にはおかっぱを止めて、髪を長く伸ばし始めた。
 大人になった気分になり、くすぐったくも誇らしくも感じたものだ。
 さらさらと風に靡く髪を目指したが、通う中学は規則が多く、望美は仕方がなく黒いゴムでひとつに纏めていた。
 野暮ったいスクールスタイル。 地味なセーラー服にとけ込みすぎている。
 あまりにステレオタイプな中学生姿で、おしゃれである欠片もない。
 靴下などで小さく高速は破れても、髪型などといった大胆な校則違反は、当時の望美には出来なかった。
 まだまだ臆病な面を持つ、子供だった。
「お前は相変わらず、ヘンなところできまじめなんだな」
 通学路で、将臣は望美の髪型を見て、苦笑する。
 地味すぎるひとつに束ねた髪は、失笑に値するかのように。
「いいの! 風には靡かないけれど、プライベートの時はちゃんと靡くんだもん!」
「そんなに髪にこだわるんだったら、下ろしちまえよ。学校でも」
 悪魔の囁きに聞こえる。望美は断固としてはねのける。そんな自由なものを、望美は持ち合わせてはいないから。
 そんな勇気など、これっぽっちもない。
 まだ、大人への階段を、暗中模索で昇り始めたばかりだから、少しばかり臆病だ。
「私は将臣くんみたいには出来ないもん」
 学ランをきちんと止めたことのない将臣をちらりと見ながら、望美は拗ねるように言った。
「ヘンなとこで譲に影響されているよな。真面目過ぎるっていうかな」
「いいもん」
 望美はぷいっと顔を反らせると、すたすたと先を歩き出した。
「ったく。相変わらずのわがまま女だぜ」
 将臣は望美の横に並んでくる。
 横を歩く将臣を見て、望美はふと気付いた。
 いつの間に、こんなに身長が伸びていたのだろうか。肩幅も少しの間で随分広くなっている。
 望美はと言えば、将臣に比べると肩幅も狭く、緩やかなラインを形成している。胸のふくらみも日に日に目立つようになっている。
 これが男女の違い。
 声変わりが始まった将臣の声は大人びて、望美を置いて先に行ってしまうような、そんな錯覚まで感じる。
 それをまざまざと見せ付けられているような気がした。
「どうして髪を伸ばしているんだよ?」
「秘密。将臣君にはね!」
「つれねぇやつ。ひょっとして、女子で流行っているアレか? 想いを込めて髪を伸ばしたら、両想いになれるとかいうヤツ」
 将臣はやはり勘が鋭い。望美の考えていることなど、総てお見通しのようだ。
 望美は想わず動揺してしまい、頬を真っ赤に染め上げた。
「い、いいじゃない、そんなこと…」
「誰か好きなヤツでもいるんじゃねぇの?」
 将臣がからかうように言うものだから、望美はつい視線を反らせて俯いてしまう。その仕草の裏には、大切な想いが隠されていた。
「図星か?」
 将臣はあくまで面白そうだ。望美の瞳を覗き込むようにして、からかってくる。
「そ、そんなことないもん」
「そうか?」
「そうだよ」
 望美は必死になって否定をし、将臣の意識を別のところに向かわせようとした。
 この言葉裏にある大切な恋心。
 いつの間にか大人びた幼なじみに、自然と抱いた気持ち。
 甘やかすでもない、いつのさりげのなく大きな優しさで、将臣は望美を包み込んでくれた。
 その欠片を見つけてしまった今は、もう、止められない。
 好き------
 だけどまだ、知られなくない。
 将臣が好きなことを。
 ずっと大好きだったことを。
 将臣に知られたら、「幼なじみ」という、特別な関係が壊れてしまうような気がするから。
 今は、ダメだ。
 将臣がじっと見つめてくるものだから、望美は胸を弾ませた。
「お前、好きなヤツが出来たら言えよ。俺が品定めしてやるから」
「い、いいよ、そんなの。将臣君、お父さんみたい…」
 内心、将臣が将臣を品定めするなんて、不可能だと思いながら。
「幼なじみが変な虫がつかねぇようにしてやるって言うのに、ひでぇ話」
 将臣はわざと眉をヘの字に曲げて、傷ついたような表情をする。望美は拗ねた気分になり、顔を背けた。
 望美は将臣の機嫌を損ねたと思い、唇を噛んだ。

 あの時、知られたくなくて、好きでないふりをしていた罰があたったのかもしれない。
 あれから将臣は、望美以外の女の子と、一緒にいることが多くなった。
 先輩・後輩・同級生。数々の可愛い女の子と戯れた。
 そのとっても親密な場所に、望美は入れない。
 いつも「幼なじみ」から抜け出せないでいると思っていた。


 望美が髪を伸ばし始めると聞いた時、胸がざわざわと騒ぐのを感じた。
 必要以上に苛々してしまい、自分をコントロールできない。
 あんな気持ちにさせられたのは、将臣にとって生まれて初めてだった。
 今、女子の間で流行っているまじないを、将臣が知らないはずはなかった。
 -----「想いを込めて髪を伸ばせば、大好きなひとと両想いになれる」それが解っていた。
 望美に想い人でも出来たのだろうか。
 そう考えるだけでいらついた。
 だからこそ、ついからかってしまうのだ。
 その可愛い困った顔を見て、そうさせるのは自分なのだと歪んだ満足感を持つことが出来たから。
 望美はきっと、ただの幼なじみとしてしか見てくれてはいないだろう。
 だからこそ虐めてしまう。
 だからこそ、当て付けのように、空しくも違う少女と付き合ってしまう。
 それが悪循環なのは解っているのに。
 いたずらに、「青春」と言う名の無駄盛りが過ぎる。
 時が駆け抜けるのを誰にも止められはしない。
 時間は望美は美しく変化させる。
 望美の髪は、性格と同じように真っ直ぐと伸び、輝くばかりの美しさになった。
 それを隠すように、まだ黒いゴムで括っている間は良かった。
 やがて高校生になり、ゴムが外された時に、望美は脱皮したように美しくなる。
 さらさらの髪は腰まで伸びて、優雅に揺れる。
 まさに美しき季節が到来したのを感じさせる、躍動感に溢れる美しさだった。
 高校の入学式の日。
 望美の髪からゴムがなくなる。
「将臣くん! 早くしないと遅れちゃうよ!」
「ああ」
 将臣は、望美の眩しいほどの美しさを感じながら、春霞の中を飛び込む。
 あれは春が見せてくれた幻想。
 眩しいほどのオーラを望美に感じながら、高校生活をスタートさせた。


 あの頃のように、望美は今でも髪を伸ばしているのだろうか。
 誰かを想い、伸ばしているのだろうか----
 この時空でたったひとりになった将臣は、望美に習い髪をのばし始めた。
 最初は髪などにかまっている暇はなかった。
 だが途中から、自分の意志で髪を伸ばし始めた。
 望美への想いを込めて。
 伝わらないかも知れない、幼なじみの少女への想いを込めて。
 願はかけられる。
 そして-----
 春霞煙る京で、恋の神社にて、ふたりは再会を果たす。
 お互いの髪の長さが、想いの深さ。
 それは自分にしか解らない秘め事。
 恋を口にするには、まだ運命をよく解らなかった頃-----
 髪だけに秘めた、純粋な恋。
「久しぶり」
「久しぶりだな」
 髪がお互いに反応する。
 好きだと、桜吹雪に揺れて叫んでいる。
 お互いの想いを遂げるのは、まだいくつもの困難を超えなければならなかった-----
コメント

幼なじみです。



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