再び逢い見えることが出来るならば、これほど幸せなことはない。 時間軸のイタズラで、自分だけ三年も前に飛ばされてしまった。 あの頃は、まだ平家にも力があり、望美を捜すことを協力してくれた。 なのに見つからなかったのは、結局は自分だけがひとり違う場所に飛ばされたからだという落ちがついていた。 逢いたくて、会いたくて、遇いたくて、遭いたくて。 あれほど誰かを欲したのは、未だかつてなかった。 それが予想すらしなかった京で再会をし、そのうえ望美は「神子」と呼ばれ、多くの仲間を引き連れていた。 全く夢でも見ているようだった。 久し振りに逢った望美は、愁いを秘め、どこか覚悟を決めた強さを持っていた。 明らかに、かったるく高校生活を過ごしていた頃とは違う。 強さが躰の端々から感じられていた。 そして、桜の花に塗れた望美は、誰よりも清らかに美しく、触れてはならないと思うほどに、輝かしい存在だった。 血に塗れた自分と、浄化する力を持っている望美。 余りに違い過ぎて、将臣は手を伸ばすことが出来なかった。 あの清らかさを最初で最後に汚すのは、自分でいたい。 とことんまで汚して、同じように墜落していきたい。 なのにそうするにはリスクが大きくて、そう出来ないほどに望美を崇めている自分がいて。 何よりも、望美を腕のなかに抱く余裕などなかった。 護り通さなければならないものを、最低限護るだけで今は手一杯で、自分の欲望や我が儘、幸福の象徴でもある望美を手にする余裕なんてなかった。 京で別れてから、その思慕は募るばかりだ。 望美と離れていた三年と半年の期間よりも、京から今までの時間のほうが、より思慕は募った。 もう一度会えるだろうか。 今度逢うことが出来れば、想いを押さえ込む自信なんてありはしない。 爆発してしまえば、望美を奪ってしまうのは確実だった。 だから逢わないほうが良い。 そんなことを自分に言い聞かせながらも、逢いたい気持ちは積もるばかりだ。 単身熊野に出向かなければならなくなり、福原から出るときは、京に立ち寄ろうと一瞬間、考えた。 だがそんなのんべんだらりとしている暇など、もはや平家には残されてはいなかった。 福原から南に下り、将臣は休憩に小さな集落に立ち寄った。 何もない本当にささやかな幸福すらも危うい場所。 早足で熊野を目指さなければならないが、適度な休息も必要のため、将臣は集落で一日だけ世話になることにした。 「何もありませんが、ごゆるりとなさって下さい。還内府殿が参られたのですから、心尽くしをさせて頂きます」 平家にゆかりのある者が、心からの持て成しをしてくれるのが嬉しかった。そんな優しさや好意に応えるためにも、何とかして熊野を説得しなければならないと思った。 「…そんなに、気にしなくて良いんだぜ。有り難うな」 「いいえ。ごゆるりとされて下さい」 「有り難う」 ここでは本当に休息はつかの間だ。 源氏が手の者を熊野に送っている以上、こちらも急がなければならない。 集落を歩いていると、若者たちが村の一画で苗木を植えているのが見えた。 何を植樹しているのかが気になり、将臣はゆっくりと近付いていく。 「何をしているんだ?」 「楠を植えているんです。あなたさまの旅が安全でありますようにと。楠は、願を叶える木だと言われているんですよ」 「そうか」 願い。 それは平家が平穏に豊かに暮らすことが出来ること。 だが、本音が求めるものはそんなものではないということを、将臣は解っている。 一度背負うと誓ったものを、簡単には下ろすことなど敵わなかった。 楠には自分の気持ちを正直にして良いのではないだろうかと、ぼんやり考える。 楠にだけは真実を。 「余っているか? 楠の苗」 「はい、ございますよ。どうぞ! 高貴な旅人さま」 「そんなんじゃねぇよ」 将臣は苦笑いを浮かべながら、楠の苗木を受け取る。 若くてみずみずしい苗木は、時空を隔てた場所にすらも、願いを届けてくれそうだった。 「…有り難うな」 「きっとこの楠はこの地を見守る神様となるでしょう。あなたさまの願いも叶いますよ、きっと…」 「そうだな…」 将臣は地面に視線を投げると、そこに屈んで穴を掘る。 望美の笑顔を思い浮かべながら、丁寧に穴を掘った。 根を張り、将臣の願い叶えるようにどっしりとこの土地に息づいて欲しい。 どうか、どうか。 望美に再会が出来ますように。 いつか笑って望美を護ることが出来ますように。 将臣は、たったひとつの欲望を、楠に託す。 願いは叶えられるためにあるのだから。 静かに苗木を穴に納め、土をかけてやる。 この楠が枯れなければ、きっと願いは叶うはずだ。 将臣は楠を植え終えると、もう一度、深く目を閉じ、祈りを込めた。 目を開けたあと、フッと微笑みが零れ落ちる。 いつの間にか女になった幼なじみへの想いを、楠に移した。 将臣が楠から離れると、集落の衆が走ってきた。 「きっと叶いますよ!」 「ああ。有り難うな」 純粋な感情を真っ直ぐに向けてくれるのを有り難く思いながら、将臣は微笑みかえす。 「何もないですが、夕餉の準備が出来ました。どうぞこちらへいらっしゃって下さい」 「ああ」 小さな子供が、将臣が植えた楠に、小さなしめ繩をぐるりと巻き付ける。 それを見つめながら、願いは叶うと心のどこかで期待をしていた。 集落から更に南へと下る。 高野山を越えて、龍神温泉へと向かう。 山の中はとても静かで、高野槇だけが将臣を見守る。 時折、あの楠を思い出しては、枯れてはいないかと考えていた。 願いは本当に叶うためにある。 それを知らしめてくれたのは、奇跡の再会だった。 まさか、こんな場所で会えるとは、将臣は思ってさえいなかった。 「将臣くん…っ!」 愛おしくて溜まらない幼なじみが、柔らかな躰をすり合わせるように、いきなり抱き着いてくる。 「…逢いたかったよ、将臣くん…!」 手にしたのは心地よい温もり。 そして何よりも清らかで、将臣を癒してくれるもの。 「言っただろう? また会えるって」 柔らかな躰を抱きしめると、将臣は鼻を望美の耳たぶに寄せた。 願いは必ず叶う。 きっと願ったことは現実にあるはずだ。 やがて将臣が植えた楠は、ご神木として、この地を護ることとなる。 いくつもの戦災をくぐり抜けてきた楠は、八百年以上経った今でも、この地を護っている。 そこに建立された不動尊は、重盛ゆかりの寺として、ひっそりと佇んでいる------ |
| コメント うちの家の近くにある、お寺さんをモデルに書きました。 重盛公が建立したとされるお寺さんで、境内の楠は、大阪では住吉さんの次に古い、樹齢は800年以上と言われています。 少し捏造はしておりますが(笑)ずっと書きたかったお話です。 |