薄暮の海


 薄暮の時間に横顔を見るのは、そのひとの存在感を強くしたいから。
 地平線にくっきりと浮かび上がる太陽に照らされたあなたは、もう、無邪気な幼なじみではない。
 ずっとずっと私はあなたが好きだった。
 それに気付いたのはつい最近。
 あなたの気を配る優しさと男らしさの意味を識ってしまったから。
 無意識に好きになっていたことに気付いた。優しさと本当の強さを刻んだ横顔に、私は改めて自分の恋心を確認する。
 まるで、友情から恋へとシフトが出来ない、不器用な私を助けてくれるかのように。
 今、太陽が、眠り前の最後の力を降り注ぎ、あなたの輪郭を陰影でくっきりと見せている。
 この横顔が時を刻み、成長していく様子をずっと見守ってきたし、これからもずっと見ていくものだと思っていた。
 なのに、私のなかで三年と半年もの間、あなたの成長が欠落してしまっている。
 少年から青年へと変化する一番大切な時期を、私は見逃してしまった。
 だからこそ、余計にあなたへの恋心が強くなる。
 だけど一方通行の想いで、あなたを苦しめ炊たくないと思うから言えない。
 今はまだ、こうして横顔を眺めているだけ。
 あなたが私の視線に気付き、海を見たまま口を開く。
 「どうしたんだよ、望美」
「海を見ていると眩しいから、将臣くんを見てた」
「俺はお前の日よけかよ」
 あなたは苦笑しながら、仕事を終えようとしている太陽を視線で見送っている。
「湘南の夕日は雄大だな…。何だか総てを包みこんでくれるみてぇで」
「そうだね。明日までの元気を与えてくれそうだよ」
「だが、瀬戸内の夕日はなんか物寂しいんだ…。切なくて胸の奥が締め付けられるみてぇで…」
 あなたは、眉根を寄せながら目をスッと細め、瀬戸内で見た夕日と今の夕日を重ねているようだった。
「…平家の…落日を象徴しているみてぇな夕日で、たまらなかった…」
 あなたは黙り込むと、ひたすら日が傾くのを見届けるかのように、視線を遥か彼方に送っている。
 今、こうして一緒にいるというのに、あなたがまたどこかへ行ってしまうような気がする。
 あちらに未練がないと言いながらも、一番未練を持っているのはあなたではないかとすら思った。
 私は思わずあなたの大きな手を握っていた。まるで子供が友達に”帰るな”と言って泣き出すように切迫して。
 今までも、幼なじみとしてよく手をつないではいたが、こんなにも感情に左右をされて手を結んだのは初めてだった。
 私が強く握り締めるものだから、あなたは驚いて、そして小さな子供を甘やかせるような笑みを浮かべて来た。
「…望美、どうしたんだよ」
「将臣くんがどこかに行ってしまうかと思って…」
 小さな子供のようにうなだれながら、私は将臣くんを上手く見ることが出来ないでいた。
 顔を上げると、泣き虫で情けない私を見つけられてしまうから。いつまでも子供のままの私を見つけられてしまうから。
「…行かねぇよ…。もうどこにもな。だから心配すんな」
 大きな手で髪をくしゃくしゃにしながら、あなたは私の手を更に強く握り締めてくれる。
 温かな温もりと優しさ、そして強さを一緒に貰った。
「お前こそふらふらとどこかに行くなよ」
「行かないよ。ふらふらどこかに行くときは、将臣くんにどこかに連れていかれるときだけだよ」
「俺をぜげんみてぇに言うなよ」
 あなたは苦笑いをしながら、まるで私の不安を払拭するかのように、絡んだ指をより強く結び合わせてくれた。
 大人の男が持つ余裕が、少しだけ悔しくて切ない。
「…私…将臣くんの一番大事な時期を見逃したな…」
 ぽつりと淋しげに言うと、あなたは眉を上げる。
「大事な時期?」
「少年から青年へと向かう時間だよ」
「また見られるだろ? 龍脈が元に戻れば」
「それは、そうだけれど…」
 だが、過酷な時間の流れで培った、今の”あなた”を作り出した過程は見られない。
 私は言葉を不完全な形で飲み下した。
「…何か、不満みてぇだな」
「…だって私は欲張りなんだもん。どんな将臣くんの変化だって見逃したくないよ。ずっと将臣くんを見ていたいんだから」
 嫉妬する余りに拗ねるように言うと、あなたは困ったような顔をした。
「そういうもんか?」
「そういうものだよ」
 私が顔を見ないでいると、あなたは背後から抱きしめてくる。
「だったら俺も同じだな。お前の傍にずっといられた譲に、嫉妬している。だからおあいこだろ?」
「おあいこじゃないよ。将臣くんの過ごした時間のほうが長いんだよ。だからおあいこじゃないの」
 あなたの腕の中ですっぽりと納まりながら、私はわざと拗ねてみた。
 あなたの成長を見守った女性に嫉妬する。
「しょうがねぇな」
 あなたは私に呆れるように言うと、腕のなかでくるりと回転させる。
 顔を見せ付けられて、ドキドキが止まらなかった。
「しょうがねぇからこれからのかけがえのねぇ俺の時間を、お前にやるよ。それだけじゃ足りねぇか?」
 あなたは私が何を欲しいのかを充分に解っているから、直ぐにとっておきの贈り物を差し出してくる。
本当にズルいね。私にこんな思いをさせるなんて、ズルいけれど大好き。
「…だったらもう、私から離れないってことだよ?」
「ああ。離れねぇよ。お前が離れたいって言っても、絶対に離れねぇからな。覚悟しろよ」
「う、うん」
 覚悟しろだなんてストレートに言われてしまうと、余計に離れたくはなくなるじゃない。
「将臣くんこそ、覚悟してよ」
「ああ」
 覚悟を決めるように、あなたは唇を近づけてくる。
 きっとこれから先何があっても、私たちは離れないし、離れることはないだろう。
 冷え切った唇が熱くなったときに、そう感じた。
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迷宮の七里ヶ浜です



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