これからどうすればいいのか。ぐるぐる考えていても仕方がない。 忘れようとしても、どす黒い暗雲が望美を開放してはくれない。 海辺でひとり、膝を抱えて座っていると、優しい気配がした。 振り返ると、そこには将臣がいる。ただ無言で立っていた。 「将臣君…」 「隣、いいか?」 「うん…」 将臣は望美の横にどっかりと腰を下ろすと、真っ直ぐに海を見つめた。 「あれだけお前を巻き込まねぇつもりだったのに、巻きこんじまったな」 「そんなことないよ。私たちはただ、鎌倉に利用されただけ。遅かれ早かれ、こういう運命だったんだよ」 望美は穏やかに微笑むと、将臣を真っ直ぐに見つめた。強く勝ち気な眼差しで。 「でも、絶対に負けない。私たちは全員生きて幸せになるんだもの」 「そうだな…」 将臣は淋しそうな瞳を、今度は青空に向ける。 「随分、遠くに来ちまったな」 「そうだね」 将臣と同じように、望美もまた視線を空の彼方に置く。 「平泉に行くんだよな。だが、きっと何とかしてみせる。俺も譲も、何が起こったかは解っているからな。全滅なんかさせるかよ…! 弁慶を仁王立ちにさせて立ち往生させたり、九郎を自決に追い込まない…! 絶対に…!」 たったひとりで平家を率いたカリスマでもある将臣の言葉は、誰よりも力強い。 「それに俺は、負け戦に強いからな。OK?」 将臣はふざけたようにわざと左目をつむり、小意気な笑顔を向ける。その影に、まだ少年の面影を見た。 「そうだね。私も頑張るよ! 頑張って、運命を捩伏せてみせるから…!」 将臣と話していると、元気いっぱいになるのは何故だろう。望美はようやく普通に笑えるような気がした。 「逞しい神子姫様だ」 「そうだよ! 誰よりも強いんだもん!」 ガッツポーズをしたところで、将臣に手首を握り締められた。 「あっ…」 「こんな華奢な手首をしているのに、誰よりも強いわけねぇだろ…!」 将臣は強く言うと、望美を強引なまでに腕の中へと閉じ込めてしまった。 「あ…将臣く…ん…」 「俺と太刀を合わせた時、確かにお前は強くなっていた。だけどお前は女なんだよ…! 今こうして抱きしめていても柔らかくて、華奢で…。そんなお前が一生懸命背伸びして、強がっているのが、俺には辛い…」 将臣は望美を更に強く抱きしめてくる。骨が軋んで折れてしまいそうになるぐらいに、強く抱かれる。 「将臣くん…っ!」 「もっと俺を頼れ! そして、俺にお前を護らせてくれ…! ようやくお前を護れるようになったんだから…!」 力強い腕は、かつて望美が知っていた子供の腕ではない。立派な男の腕だ。望美を護りきってくれる腕だ。 こんなに優しくて強い腕に抱かれたら、嬉しい切なさで泣けてしまう。弱い自分をさらけ出してしまう。それはひどく切ない。 「俺の前では強がるな」 まるで望美の心などはお見通しだとばかりに、将臣の甘く響く低い声が、肋骨を通じて聞こえた。 大好きなひとにこんなに優しくされてしまったら、無防備になってしまう。無条件で甘えてしまうではないか。 望美は暫く感情を堪えていた。 「…将臣く…ん…」 望美は小さな声で名前を呼ぶ。掠れた声で、子供のように心許なく。 小さい頃から、いつも将臣に護ってもらっていた。いつも甘えていた。 あの頃の小さな望美が頭を擡げてくる。 将臣の大きな手が、くしゃくしゃと髪を撫でてくれ、望美はいつしか泣いてしゃくりあげていた。 「俺の前では、泣いたって、喚いたっていいんだぜ。甘えろよ、望美」 「うん…」 もう限界だと胸が軋んだ時に、将臣は唇で涙を拭った。 「どんなことが起こっても、お前だけは俺が護ってやる。必ず…!」 「うん、うん…」 刀を交えたこともあった。だが憎むことなんて、とうてい出来やしなかった。 ずっと闘いにあけくれ、安らぎの場所などありはしなかった。 将臣の胸に抱かれて、望美はようやく終の住み処を得られた。 ここが捜していた場所だ。 ずっとずっと欲しかった場所。 生と死の間で、ようやく得ることが出来た。 唇が重なる。 泣きながらしたキスは、しょっぱい幸せな味がした。 「…将臣くん…。私もあなたを護ってあげる。どんなことがあっても」 「頼んだ」 将臣は強く抱きしめてくれる。 腕の温かさを感じながら、どんなことでも乗り越えていけるような気がする。 たとえそれが、頼朝であったとしても。 ふたりがいれば負けないと感じた。 いざ、平泉へ! |
| コメント 「十六夜記」フライング小説。 |