凍える月


 掌を広げれば、未だに将臣の強さと殺意を感じる。望美は精神が粉々に砕け散ってしまうぐらいに、追い詰められた気分になっていた。
 そんな中、黙って出掛けた冷たい海岸。春は遠く、このまま訪れないのではないかと思うぐらいに冷たい空気が漂っていた。麗しき海にも、幸福がキラキラと輝く春がやってくるのだろうか。海岸がまるで荒れ野に変わり果てているように見える。
 望美は見渡すばかりの荒れ果てた海を見つめながら、どこも護れない自分に苛立ちを覚えていた。
 白龍の神子などと奉られて、きっといい気になっていたのだ。望美は身に染みて感じていた。
 子供みたいに膝を抱えて、望美は顔をそこに埋める。涙なんて出て欲しくはないのに、馬鹿みたいに頬を濡らした。
「…将臣君…」
 忍び音が唇から漏れる。ただ一度、愛した将臣の名前を、自然と呼んでいた。
 ずっと一緒だった。気付いたら傍にいて、空気のような存在だった。小さい時はよく手を繋いだりしたものだ。いつ頃からか手は繋がなくなった。中学に入る頃、いつものように手を繋ごうとして、将臣が拒絶をしたのだ。「もうガキじゃねぇんだし」と-----
 あれから望美は将臣と手を繋いでいない。幼なじみで有りながらも、男と女なのだということを、まじまじと想い知らされた瞬間でもあった。
 次のこの手で将臣を感じたのは、剣を介してだった。お互いが敵対する立場にいるなんて、想像だに出来ないことだったのに…。
 誰かが枯れ葉を踏む。
 ハッとして、剣を握って振り返ると、そこには疲れ果てた将臣が立ち尽くしていた。
「…望美…」
「将臣君…」
 ふたりはただ見つめ合う。眼差しは情熱的なものでも、或いは敵対するものでもなかった。そこにあるのは哀しみだけだ。
「幼なじみだからって、俺達は考えることすら同じなのかよ…」
 将臣は苦笑すると、少しだけ距離を置いて、望美の横に腰を下ろす。
 以前ならもっと近くに寄り合って話したというのに、今はお互いの立場を示す距離が取られている。
「こうやって、海岸まで出て、ふたりでよく話をしたよね」
「そうだな…。他愛のねぇことから受験のことまで、色々な…」
「あの頃は、こんなことが起きてしまうなんて、想像出来なかったよ…」
 望美は唇を震わせながら、声を殺すように言う。将臣だって同じ感情を持っているだろう。ただ黙って、凍てつく夜空を見上げているのだから。
 ふと望美は遠くに不穏な眼差しが見えたような気がした。真っ直ぐと将臣を狙っているようだ。怨霊かそれとも獣かもしれない。
 望美が想像している以上に、猛スピードでこちらにやってくる。
 剣を持つ時間よりも、望美は無意識に将臣を護る事を選択していた。
「…あっ! 将臣君…っ!  危ないっ!」
 望美は精一杯の声を出し、将臣を護るように突き飛ばした。
「望美…っ!!!」
 将臣が壮絶な声を上げる。
「きゃあっ!」
 悲鳴を上げると同時にー獣の牙が肩に食い込むのを感じた。
 総てを引き裂かれてしまうような痛みが、望美の躰を貫く。
「…望美っ…!!」
 将臣は素早く剣を取ると、ひと太刀で獣を引き裂いた。
 獣が断末魔の叫び声を上げるのを遠くに感じながら、望美は意識が遠くなるのを感じた。
「望美…、おいっ! しっかりしろ!」
 本当はとても痛む傷の筈なのに、将臣に抱かれていると思うだけで、痛みとは別の震えがやってくる。
「…大丈夫…」
「大丈夫じゃねぇだろ!? この馬鹿!」
 ズキズキ痛んでも、ギュッと抱きしめられると、痛みが遠退いてしまうような気がする。望美は将臣の肩に縋った。
 触れてみて改めて胸の奥が切ないぐらいに焦れる。識っている将臣よりも、ずっとずっと逞しくなっていた。知らない男性のようだ。将臣はもう、望美が認識していた男の子じゃない。少年の影はどこにもなかった。
 遠い場所にいる他人みたいだ。
「直ぐに手当をしてやる」
「有り難う…」
 将臣は戸惑うことなく、望美の肩部分の装束を引き裂き、傷口を表わにする。
「良かったな…。傷は意外に浅いぞ」
「…うん…」
 将臣は望美の傷口に唇を寄せると、その部分を強く吸い上げる。
「…いっ…!」
 将臣がしてくれていることは、毒素を抜くことだということぐらいは解ってはいる。だが、行為そのものが官能的でとても親密なせいか、望美は痛みとは違った声を上げた。
「…あ…」
 将臣は一生懸命血を吸い上げては捨てている。
 毒素を抜いてくれた後、止血をする為に、白い布で縛ってくれた。とても手慣れている。
「…将臣君…、手慣れているね…」
「戦場にいたからな。慣れねぇほうがおかしい」
「…そうだね…」
 将臣が望美よりも余分にこの世界で過ごした月日を考えると、胸にナイフが突き刺さったように痛んだ。血が胸から流れ出てしまいそうになる。
 将臣が過ごした想像に絶する過酷な日々を思うだけで、泣きたくなった。
 手当をしてもらった場所の痛みが、不思議と引いていく。
「楽になってきたよ…。将臣君のお陰よ。有り難う」
「龍神の加護かもな」
「将臣君が、八葉だからだよ」
 望美は柔らかな笑みを浮かべ、優しい瞳で自分の傷を見つめた。
「そんなもんなのかな」
「そんなものよ。きっと…」
 望美は今は将臣が八葉であったことを感謝しながら、深い闇を抱く空を見上げる。
 痛みはかなり楽になったが、手当の際に血液を失ったのだろう。
 何だか貧血のような症状になってくる。くらくらして、額が熱くなってくるのを感じた。
「望美…!?」
「大丈夫…だ…よ」
 まるで口癖のように、望美は熱に冒されながら呟く。
「全然大丈夫じゃねぇだろ!?」
 将臣が叱責する声が遠いところで聞こえてくる。朦朧としていると、将臣の心配そうな顔が、視界に映りこんできた。
「…ったく…。ここじゃちゃんとした手当が出来ねぇ。直ぐに弁慶に治療してもらえ。九郎たちのところに送ってやる」
「…嫌だ…!」
 望美は強情極まりない顔をすると、将臣に縋り付く。
「…折角、会えたのに…。将臣君…っ! もう少しだけ…もう少しだけ一緒にいたらダメなの? …私、今だけは…」
 そこまで言ったところで、望美の意識は遠くなる。浅い呼吸をすると、将臣の肩に縋った。
「…望美…っ!」
 将臣がしっかりと抱きしめてくれる。望美はその厚い胸に甘えた。
「…将臣君…。時間が許す限り、あなたの傍にいたいよ…」
「望美…」
 髪を撫でられると、安心する。
 ずっとこうしていられればいいのにと、望美は切なく願わずにはいられなかった。
「…望美…」
 唇が重ねられた。
 冬の冷気で冷たくなった将臣の唇は、熱っぽい望美の唇にちょうど良い気持ち良さだった。しっとりと包み込まれて、甘い旋律が駆け抜ける。
 明らかに怪我から来るのではない熱が、望美を支配した。
 くちづけとは、どうしてこんなにも切ないものなのだろうか。
 自然の流れで舌を強く吸い上げられ、支えてもらいたくて肩に指を食い込ませる。
 切なくて熱い情熱のキスが、望美を甘い世界に誘っていった。
 長い長いキス。
 それはお互いの呼吸すらも奪ってしまうもの。それでもまだまだ足りなくて、望美と将臣はお互いを求めあった。
「望美…」
 浅いキスを繰り返す。
 甘いキスを続けていくうちに、深くお互いが求めあっていることに、気付かずにはいられなかった。
 何もない砂浜。
 明かりと言えば満月の光だけ。
 将臣は砂浜に自分の上着を敷くと、そこに望美を横たえた。
 この刹那の恋に、いまこの瞬間の総てを注ぎ込む。
 お互いに指を絡ませ合った後、しっかりと抱き合った。
 そこにいるのは還内府と源氏の神子なんかではない。ただの”男と女”。
 幼なじみだった、有川将臣と春日望美なだけだ。
 将臣は望美の傷に配慮をしながら、肌を冷たい空気に曝していく。
 自分のものもそうだ。
 誰にも止められやしないし、ましてやその権利もない。
 この傷を見る度に望美は、将臣を思い出さずにはいられないだろう、
 今だけ、今だけだと思いながら、望美は将臣にその身を任せた。
 お互いに「好き」だとは言えない。だが、その想いを指先に託して、包み込みあう。
 首筋から鎖骨へと、将臣の唇は緩やかに下がってくる。
 このひとときだけは将臣だけの女だという証が、肌に刻まれる。
 冬の冷気が肌を冷やすのに、自分と将臣の肌が余りに熱かったから、寒いとは感じなかった。
 乳房に将臣の指先が柔らかく食い込む。
「あっ…」
 声を抑えられずに、望美は震えた。
 将臣は柔らかさを楽しみながら、尖りきった乳首を唇に含んだ。
「んっ…!」
 総ての甘い行為が、愛の為の儀式。
 たった一度かもしれない睦み合いを、望美は肌の深い所まで刻みこんだ。
「望美…」
 男たちに囲まれて闘いながらも、誰にも赦したことのない場所に、将臣は指先を入り込ませる。
「やっ…っ!」
 乳首の愛撫のせいで、すっかり潤っている望美のそこは熱くなっている。
 将臣が触れるだけで、湿った音を立てる。淫猥な水音に望美は躰をよじった。
 こんなに危機的な状況だと言うのに、感じてしまう自分が憎らしい。
 泣きそうになっていると、将臣が瞼にキスをくれた。続いて耳たぶを甘く噛まれて、望美は心がとろとろに溶けてゆく。
 知っているはずの将臣の指で、敏感な突起を弄られる。まるで識らない指先のようだ。
 望美は媚態を将臣に曝しながら、その熱に溺れた。
「もっと鳴けよ望美…」
「将臣く…んっ…!」
 意地悪に将臣は笑うと、突然、脚を大きく開いて来た。
「ちょっ…将臣君…っ!」
「お前の嫌らしいところ…、丸見えだぜ?」
「やだ…っ!」
 躰を捩って嫌がっても、勿論将臣が望美を許す筈がない。
 憎らしい笑みを浮かべると、将臣はそこに顔を埋めた。
「お前の名前に相応しい夜だな。満月で…。月も恥ずかしがるぐらいに綺麗だぜ?」
 舌を深く内部に沈み込まれる。蜜を浸透させるように舐められて、望美は細い脚を突っ張らせた。
「将臣く…んっ!」
 自分がいかに感じているかは、その甘い声を聞けば解ると、望美は思った。
 頭が壊れてしまうかと思うぐらいに、望美は感じてしまう。
 将臣は、望美の突起を弄ぶかのように音を立てて吸い上げる。乱暴に指を胎内に突き入れられた時には、腰が浮かび上がった。
「…痛いよ…。優しくして…」
「お前が可愛い過ぎて、優しくなんて出来ねぇよ…」
 本音だったのだろう。将臣は指で乱暴に望美の胎内を引っ掻いていく。
「やだ…!」
 自分のそこが将臣の指を喜んで受け入れている。離したくないとばかりに、絡み付いている。
「…あっ…!」
 乱暴になぶられているのに、気持ちが良いのは何故だろうか。望美はいつしか、外の冷気に負けない程の熱を発散していた。
 ビクビクと意志に関係なく、躰が震えていく。望美は弛緩させながら、将臣に縋り付いた。
「…望美」
 将臣の指が抜かれた。
 望美が受け入れる準備が出来たことのシグナル。
 将臣は望美の髪を柔らかく撫でると、脚の間に躰を入り込ませた。
「望美…」
 名前を呼びながら、将臣は熱を持った硬い楔を望美に宛う。男らしいそれに腰が引けると、引き寄せてくる。
「高校に入った時から、俺はずっとこうしたかった…」
「…将…っ!」
 情熱に任せて、将臣がいささか乱暴に入り込んでくる。硬くて大きなものに内部をえぐられて、痛みの余りに失神しそうになった。
 躰の奥が痛い。
 なのに幸福を感じる。
 痛みに震えながらも、望美は決して将臣を拒まなかった。
「…やっ…!」
 将臣が完全に入り込んだ。
 息を乱しながら、望美を愛おしげに抱きしめてくれる。
 この瞬間だけは幸福だった。
 再奥を焦らすように先端で撫でられる。望美は頭の中が空になってしまうぐらいに感じてしまう。
「…好きだ…!」
 激しくピストン運動を始めた将臣が、甘くてとろとろになりそうな言葉を囁いてくれた。
 きっと、これで生きていける。
 将臣は望美の躰に深い噛み痕を刻みつけた。心に、人生に、”有川将臣”の名前は深く刻み込まれるだろう。
 望美は肌を震わせながら、深い場所で、将臣を思った。


 そこから先の事は余り覚えてはいない。ただ将臣が夜道を抱き上げて運んでくれた事だけだ。
 源氏の陣。そこが望美の帰るべき場所であったから。
 出迎えてくれたのは、九郎だった。
「こいつを頼む」
 ただそれだけを言い、将臣は九郎に望美を託す。九郎も将臣も何も訊かず、何も言わなかった。
 愛しい温もりが腕から消え、望美は喪失感に絶望すら感じる。
「この瞬間から、俺達は敵だ。望美を頼む…!」
 将臣は必要なこと意外は一切言わず、暗闇の中陣から立ち去った。


 目覚めた望美は、先ず傷を見た。
 弁慶が手当てしてくれたのだろうか。
 綺麗に白い布が傷のところに巻かれている。
 将臣を護るために付いた痕。望美にとっては愛の傷とも言えた。
 傷を見ると将臣を思い出す。将臣への想いを自覚する。
 そして、喪失感に涙を一筋だけ流すと、覚悟を決める。
 将臣の気持ちを無駄にしない為に------
コメント

冬の抱擁のお話です。



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