恋の花火


 突然好きになったわけじゃない。ずっと昔から”好き”を育んで来た。
 小さな頃からずっと一緒で、お互いのことをとことんまで解っているつもりだった。まるでひとつの魂が、神様のイタズラで分かれたみたいに、表裏一体の関係だった。
 生まれる前から”好き”だったと、今なら言ってしまえるかもしれない。
 何時からか、相手のことが解らなくなってきた。
 成長するにつれて、自分たちの世界以外のものを知るようになってきたから。
 異性として深く意識をするようになったのは、”好き”がいっぱいになり、溢れ出してしまいそうになったから。
 そう気付いたときには、既に将臣の傍らには、綺麗な女の子が立っていた。シーズンごとによっては、相手が 違ってしまったこともあったが、常に望美ではない綺麗な女の子たちがいた。
 今日は地元で、夏休み最後の大々的な花火大会がある。誰もが綺麗にめかし込んで、デートをする。
 望美はクラスの仲の良い友人たちと待ち合わせをしてから行く。
 今年最初の浴衣に袖を通す。今年も、何度かそのチャンスはあったが、結局、袖を通すことがなかった。
 今夜は夏の終わりだからか、夏の終わりの疲れ果てたノスタルジアな気分のせいなのか、今夜は浴衣を着ることにした。
 シャワーを浴び、ベビーパウダーを肌につけた後、望美は先ず、ペンダントを身につけた。
 夜店で売っていた、決して高価ではない天然石のペンダント。ピンク色をしたローズクォーツは、恋愛を成就する効果があるのだという。
 夏祭りに偶然にも、将臣がくれたものだ。
「やるよ、お前に! お前はこういうの好きだろ?」
 投げられて、慌てて受け取ったそれは、可憐な花のように思えた。
 大切なものだからそっと肌に身につける。
 浴衣の着付けは、母親に手伝った貰った。髪を上げて、光るパヒュームパウダーでデコルテにほんのりとつけると、これで完成だ。
 指には赤いペティキュアをして、少しばかり大人になった気分になった。
 この花火大会には、将臣も来る。友人たちの肩の凝らない集まりなので、彼女と一緒でも構わない。
 将臣は彼女と一緒に来るのだろうか。来ると切ないなどと思いながら、望美は玄関先を出た。
「あっ、将臣君!」
「お前も今からか。一緒に行こうぜ?」
「うん!」
 こうして偶然でも、将臣と連れ立って行けるのが嬉しい。こうやって並んで歩けば、恋人になれたような錯覚を感じた。
 将臣は気をてらっている訳ではなく、シャツにジーンズというとてもラフなスタイルをしていた。
 ピッタリとしたジーンズ がなまめかしいラインを描いて、とてもセクシュアルだ。程よく日焼けをした胸元が開けて、とても素敵だった。
「将臣君、この花火大会があると夏休みも終わりだって気がしない?」
「そうだな。夏休みと夏が終わるような気がするな…。同時にお前が宿題終わらなくて、ひいひい言っているのを思い出すぜ」
 将臣はわざとイジワルに言うと、望美にウィンクをした。
「ちょっとー! それじゃあ私がいつも宿題をギリギリまでやっていないみたいじゃないっ!」
「実際そうだろ?」
「もうっ!」
 望美が拗ねて笑うと、将臣から顔を背けた。
「冷たい幼馴染みだよな」
「だって将臣君がいじめるから悪いの!」
「俺はいじめてなんかないぜ?」
 本当に可笑しそうに笑うと、将臣は望美ゆ見つめてくる。その瞳が優しくて、素敵だった。
 ふたりで他愛がない話を道中で続けながら、花火大会に向かう。
 デートなのか、お互いに浴衣姿のカップルか、浴衣の女の子と将臣のように男の子がジーンズ姿のカップルが、圧倒的に多い。
「カップルが多いねぇ。やっぱり花火ってロマンティックだからかな?」
「そうじゃねぇの。ロマンティックにかこつけて、コクるヤツもいるみてぇだけれどな」
「ふうん」
 気のない返事をしながらも、望美は気にしてしまう。喉まで出かかった言葉。”将臣君は彼女と一緒じゃないの?”
 言いたくても言えないのは、複雑な乙女心がなすところだ。
 ふたりは微妙な距離を保ちながら、ゆっくりと歩いた。端から見れば、充分にカップルに見えるのに、気付いて気付かないふりをして。
「有川! 春日!」
 既に全員が集まっていて、賑やかにふたりを囲んでくる。カレシやカノジョを連れているクラスメイトも沢山いる。
「おい、有川。お前はカノジョを連れて来なかったのかよ?」
 からかうクラスメイトを思いきり睨みつけると、将臣はぶっきらぼうに言う。
「別れた」
 将臣は素っ気なく、だがきっぱりと言い切った。
「すまねぇことをきいたな」
 幼なじみの不幸な出来事なのに、嬉しく思える。不謹慎かもしれないが、また将臣を縛る女の子がいなくなり、正直嬉しかった。
「何か屋台で買った後に、花火を見に行こう!」
 クラスメイトの提案に、望美は大きく頷いた。
「春日さん!」
 クラスメイトであるきまじめな山本が、望美に声をかけてきた。
「凄く綺麗だよ! 浴衣がバツグンに似合っている」
 こちらが真っ赤になるぐらいに甘く、強く言われたものだから、まんざらでもない。
 頬を赤らめていると、将臣に思いきり睨まれてしまった。
 山本は、瞳で将臣を牽制しながら、望美を見る。
「花火大会の買い出し、一緒に…」
 そこまで山本が言ったところで、将臣が痛いぐらいに腕を引っ張って来た。
「ま、将臣君!?」
「行こうぜ、望美。腹へってるんだろ? フランクフルトやタコ焼きを食おうぜ」
「あ、将臣君…っ!
 山本があっけにとられる中、望は将臣に腕を取られ、さらわれるようにして屋台群に向かう。
 まるで海賊が姫君をさらうみたいに。
 それは望美にだけは解らない、甘い嫉妬だった。
「おじさんフランクフルトと二本ね!」
「あいよ!」
 大きなフランクフルトを買った後、今度はたこ焼きの屋台に向かう。たっぷりのネギと、ソースとマヨネーズが乗った、いかにも美味しそうなものだ。
「二人前を一皿でくれ。おやじ」
「あいよ!」
 今度は将臣が出してくれ、熱々ほくほくのたこ焼きを手に入れた。
 後は冷たいラムネを買って、準備完了だ。
「いっぱい食べようね!」
「お前は花火干渉より、食い気かよ」
 将臣が呆れるように苦笑するが、望美は懲りずに揚げ饅頭まで手を出す始末だった。

 花火がよく見える場所に陣取って、ごくごく自然に将臣が望美の横に腰掛ける。
 ふたりはじゃれ合うように、ひとつの舟に盛られたたこ焼きをつまみ食いをし、まるで恋人同士のように、甘い時間を堪能している。
 望美はその瞬間が宝物のように感じて、幸せだった。
「おら。望美、ネギが口のはしに付いてる」
「嘘!?」
 望美は恥ずかしそうにネギを探すと、将臣が素早く指先で取ってくれる。それをまたぱくりと食べたものだから、望美は恥ずかしくてしょうがなかった。
「あ、有り難う…」
「どういたしまして」
 こんな蜂蜜のように濃いやりとりを見ていて、友人たちが黙っているはずがない。誰もが、こそこそと話しては、望美と将臣は付き合っていると、口々に言っている。
「あ、花火だぜ、望美」
「ホントだあ!」
 空が明るく光り、豪華な花火が夜空に打ち上げられる。
 望美はそれをまるでこっども見たいに見ては、喜んだ。
「綺麗ね、とっても」
「ああ」
 将臣は深く呟くと、夜空を見上げる。花火の光に彩られた将臣の横顔は精微で、素敵だった。

 夢中になって見た空のマジックも、1時間ほどで済み、みんなでのんびり帰宅する。
 望美の横にはやっぱり将臣がいて、それがとても心地よい。
 月明かりに照らされた将臣は、何て素敵なのだろうかと、望美は思う。
「あ!!」
 暗い夜道で、将臣の顔ばかりを見ていたからだろうか。望美は石畳の隙間に下駄を引っかからせ、躓いてしまう。
「望美…っ!」
 将臣がしっかりと力強い腕で抱き留めてくれなければ、確実に顔からこけていただろう。
 密着する逞しさに、鼓動のスピードを上げながら、望美は頬を真っ赤にさせて、将臣を見た。
「有り難う…」
「ったく、お前はそそっかしいヤツだぜ」
 望美は口を尖らせて怒ったふりをしてから、一歩歩き出そうとした。
「きゃあっ!」
 下駄が滑ってしまい、よく見てみると、鼻緒がぷっつりと切れている。
「何だか縁起が悪くて嫌だなあ」
 望美が顔を顰めると、将臣は僅かに笑う。
「ったく、お前が鈍くさいからだぜ。これじゃあ歩けねぇだろ? 負ぶってやるから、つかまれ」
 将臣が躰を前屈みにすると、望美は首を横にぶんぶん振った。
 こんな事恥ずかしい過ぎる。
 胸元のローズクオーツが揺れて、時折浴衣の合わせ目から見え隠れする。
「いいから、負ぶされ! 命令だ!」
 将臣にきつく睨まれてしまい、望美は仕方がなく負ぶさった。
「よっしゃ。お前重いな」
「じゃあ、負ぶってなんかいらない」
「冗談だ」
 将臣は愉快そうに笑うと、何でもないかのように望美を負ぶって、すたすたと歩き出す。
 誰もが、将臣が彼女と別れたのは、望美を諦めきれなかったからだと、誰もが噂する。
 そんなことはお構いなしに、幼なじみのふたりはじゃれ合った。
「じゃあな。みんあ。新学期に」
「じゃあね、またね」
 ふたりが家に向かう道に入るとき、誰もが恥ずかしそうに見送る。
 新学期。ふたりがつきあっていると噂が流れるのは、確実だった。

 ふたりきりになり、望美は甘えるように将臣の背中に捕まる。
「将臣君、いつも有り難う。私って、どんくさいから」
「だから俺がいるんだ。小間¥絵通れ、丁度良いバランスが保たれていると思わないか?」
 一瞬、望美はドキリとする。まるで将臣に告白をされたみたいで、胸が切ない。
「そうだね、ぴったりかも」
 望美が小さく呟くと、将臣が背中で応えてくれているような気がした。
「あ、満月だな…。俺は花火なんかより、満月が好きだぜ?」
「へえ、奇遇だね。私もだよ?」
「そうか…」
 将臣がそれを聴いて苦笑したので、望美は首を傾げた。
 満月が好き----それが将臣流の告白だと望美が気づくまでは、まだ少しの時間が必要だった。
 
コメント

幼なじみものです。
最近、ふたりの何気ない日常を書くのが好きです。




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