もう一度はじめから


「下賀茂神社でな」

 将臣な落ち着いた低い声が、頭の中でこだまする。
 行かなければならない。
 このチャンスをふいにしてしまえば、きっと熊野まで将臣には会えない。
 また同じ運命をくりかえさなければならなくなってしまう。
 今回は、ようやく違った選択が出て来たのだから。
 望美は朝食の時にもそわそわしてしまい、落ち着きがなかった。
「先輩、どうしましたか?」
 心配そうに表情を覗きこんでくれ譲に、望美は曖昧な笑顔を浮かべる。
「何でもないよ。大丈夫、大丈夫!」
 から笑いをしてしまったせいで、余計に怪しまれる。
「朝ご飯、お口にあいませんでしたか?」
「そんなことないよ! とっても美味しい! お茄子のおつけものも、おみそ汁も、卵焼きだって!」
 いつもは楽しみにしている朝食も、今日ばかりは上の空になる。
 味なんて感じないが、きっといつもと同じように美味しいのだろう。
「良かったです。先輩、心がここに在らずみたいな感じだったから」
 ホッとする譲を尻目に、望美はまたごまかすような笑みを浮かべた。
「ねぇ、朔、今日は下賀茂神社に寄っていいかな。鞍馬に行く前に…」
 横に座る対の存在に、望美は頼るように言った。
 今や望美にとって、朔はなくてはならない友人になっている。友人のサポートがあったからこそ、春を迎えられたと言っても過言ではない。
 朔は含み笑いを浮かべると、望美はドキリとした。何もかもお見通しのような表情に、冷や汗が出る。
「望美、あとでね?」
「う、うん」
 内心、何を言われるのか心配でドキドキしてしまい、更に昼食の味が解らなくなってしまった。

 食事の片付けをしながら、女同士ふたりきりになると、朔は切り出してきた。
「下賀茂さんに行くって、望美は誰か好きなひとでもいるの?」
 少し外れてはいたが、当たらずも遠からずといったところだった。
 本当は、大好きなひとが待っているからなのだが。それも確信ではないが。
「…え、どうして?」
 望美が戸惑うようにきくと、朔はニッコリと笑った。
「下賀茂さんはね、恋の神様をおまつりしているのよ。祈れば、必ず叶うと言われているわ…」
「恋の神様…」
 そんなお誂え向きの場所で、将臣と約束を交わした。
 ロマンティックな偶然に、望美の恋心は、いやがおうでも高まってしまう。
「凄く素敵ね」
「そう。だから望美にも好きなひとがいるのかなあって、思ったのよ」
 朔は屈託なく笑ったが、望美は真っ赤になって俯く。しかも、夢での約束を頼りに、大好きなひとに逢いに行くのだから、笑われても仕方がない。
「殿方が多かったから、ここでお話したのよ。それに、朝食の席に、望美が大好きなひとがいても大変だし、譲殿はしっかりと聞いていたしね」
 朔のきめ細かい心遣いに感謝をしながら、望美ははにかむ笑みを浮かべた。
「朝食の席にはいなかったんだ」
「じゃあ、望美の世界にいるひとかしら」
「私と同じところで生まれたひとでだけれど、今はこっちにいるんだ…」
 朔は心あたりがないとばかりに、小首を傾げた。
「一応、譲殿は条件に当て嵌まるけれど、朝食の時にいたし。仲間? それとも別に八葉がまだいるから…、そのひととか…」
 朔の勘の良さに、望美は戦きながら、ただ笑うしか出来ない。
「…まあ、近いかもしれない…」
 望美は茶碗を片付けながら、朔をちらりと見た。
 朔ならば、この世界の夢について、何か知っているかもしれない。
「ねぇ、朔。夢でした約束が、そのまま現実になるなんてことは、あるのかしら?」
「あると思うわ」
 朔はキッパリと言い切り、年頃の女性らしい柔らかな表情を作り出した。
「こちらではね、お互いに想いあっている男女が、夢で逢うことを”夢逢瀬”って言うのよ。あなたの夢に出て来たひとが、想い人ならば、きっと相手もあなたのことを深く思っていた証拠だわ…。お互いに強く想わなければ、夢で逢うことなんて、出来やしないから…。しかも昨日は満月。あなたの名前と同じ月だから、何か関係があるのかもしれないわね」
 朔はお姉さんらしい落ち着いた雰囲気で話しながら、望美の肩をそっと抱いてくれた。
 背中をしっかり押して貰ったみたいだ。
 将臣に必ず会えるとの確信を秘めながら、望美は春霞がかかる空を見上げた。

 もうすぐ将臣に会えると思うだけで、心がいつになく高まる。
「下賀茂神社に寄りたいだなんて、先輩、みたらしだんごの話でも聞かれたんですか?」
「みたらしだんご?」
「ええ。下賀茂神社はみたらしだんごの発祥の地なんですよ。境内にある”御手洗池”をモチーフに生まれたのだとか」
 下賀茂神社には、そんな伝説があるのかと、妙に感心する。
「へえ。譲くん博識ね」
「それほどでも」
「今度、みたらしだんごを作ってね!」
 望美がにこにこ笑ってねだると、譲は照れながら頷いてくれた。
「解りました。下鴨神社に習って、関西式の5つの団子を作りましょう」

 下賀茂神社に近付くにつれて、望美は緊張してしまう。
 本当に将臣に会えるのだろうか。
 何度もマイナスなことを言っては、胸の奥を切なく乱す。
 糺の森の一画にある下賀茂神社は、悠久の時の流れを感じずにはいられない。
 境内に入ると、見事な桜吹雪だった。
 望美は、幻想のような風景のなかで、将臣のシルエットを探した。
 きっといる。
 見つけられる。
 望美の瞳は、ただ将臣を捜していた。
 ここに将臣の気配がする。恋する望美には敏感に察知することが出来る。
 心が、逸る。早く将臣に逢いたくて、駆け出すのを抑えられない。
「ちょっと、先に行くね!」
「望美!」
「先輩!」
 驚く仲間たちを尻目に、望美は駆け出した。大好きな将臣を捜すために。
 将臣を求めて、望美はさまよう。
 桜吹雪が止む。
 その瞬間、見慣れたシルエットが、太陽に照らされる。
 時間の流れが、スローモーションになった。
「…望美…?」
 桜吹雪の中に現れたのは、紛れもなく将臣だった。逞しい鎧姿で、じっと望美を見ている。
 驚いたように。そして切なそうに。
 想いが溢れ出し、世界が自分たちだけのものになる。そこには望美と将臣しかいない。
「…まさか、マジで会えるなんてな…」
「約束だもの。ちゃんと会えたよ」
「ああ」
 三年半という時間が将臣の中で流れている。
 意思の強さを現すような髪が、桜吹雪に揺れている。
 やり直した過去とは違う展開に、望美は泣きそうになった。
 これでもう一度スタートすることが出来る。
 恋の神様である、下賀茂神社から。
「将臣君…!!」
 望美は万感の想いを胸に秘めて、将臣に抱き着いた。それを将臣は受け止めてくれる。
「逢いたかったよ…!」
「俺も逢いたかった」
 しっかりと抱擁された後、ふたりは軽く唇を重ねた。
 鈍色の季節が、華やいだ色に変わる。
 また恋を始められる----
 
コメント

下鴨神社のお話。
なんだか、みたらし団子が食べたくなりました。
好きなのは四天王寺の団子やさんの団子。
だけれど、今食べたいのは、大阪千鳥屋総本店のみたらし小餅。




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