恋しくて

前編


 将臣くんはよくモテる。
 けれどもその横の席はいつも不安定。
 永続的に座れるのは誰?

 将臣が前方を歩いているというのに、望美は声をかけることが出来なかった。
 微妙な位置で女の子が一緒にいたから。
 いつもなら素直に声をかけられるというのに、今日に限って出来なかった。
 何故だか親密な雰囲気を感じてしまったから。
 自分たちには決してない雰囲気に、明らかに胸の奥がキリキリと痛んだ。
 足が重い。
 声をかけようとしても、上手く出来ない。
 何故だか心臓が焦るように響いて、望美は呼吸をコントロールすることが出来ないでいた。
 駅までたどり着くと、将臣には目立たないようにホームの端に佇んだ。
 今日は小町通で買い物をして、とても楽しいはずなのに、今はそんな気分にはなれなかった。
 どうしてこんなに暗い気分になってしまうのだろうか。
 別に恋だとかそんなことは感じたことはなかった。
 だがこの持て余してしまう感情の名前は、なんと言うのだろうか。
 望美がぼんやりと考えていると、肩をぽんと叩かれビクリとした。
「何やってんだよ」
 聞き慣れた声に顔をあげると、将臣が目の前にいる。考えていたひとが目の前にいるせいか、望美は驚いて目を開いた。
「…将臣くん…」
「何だ、デートか?」
「そんなんじゃないよ。みんなでお買い物とごはんを食べていただけ」
 将臣はまるで妹を慈しむような眼差しを望美に向けてくれる。決して嫌な視線ではないけれども、最近はそれが物足りないような気がした。
「将臣くんは?」
「俺はちょっと野暮用」
 将臣はさらりと流し、そこで話題を切ってしまう。望美はごまかされたと感じずにはいられない。
「一緒に帰るか」
「そうだね。目的地は同じだし」
 ごまかされたという事実が、望美の心を掻き乱していく。
 幼なじみという関係は、最も近くて、最も遠い存在なのかもしれないと思わずにはいられない。
 近くすぎて、特別になんてなれやしない。
 他愛がない会話をかわしながら、穏やかな家路をたどる。
 端から見ればきっと自分たちは奇妙に映るに違いない。楽しそうに話しているというのに、微妙な距離が空けられているのだから。
 家までくる間、一緒にいるのは誰なのかと、何度もききそうになった。だが、望美はきくことが出来なかった。
 こんな遠慮などしたことはなかったのに。
 それが自分たちのなかにある分厚い壁のような気がしてならなかった。
「じゃあ明日、また起こしてくれよ」
「うん、解った」
 将臣の真夏の空のような笑みを見つめながら、望美は暗い気分になった。あとどれぐらい、将臣を起こすことが出来るのだろうかと。
「将臣くん、私が起こすのもあとどれぐらいかな…」
 わざと明るく言ったつもりであったのに、やはり暗い影を滲ませてしまう。途端に、将臣の表情が険しくなった。
「どういうことなんだよ、それ」
 まるで凶器のような将臣の声に、望美は思わず後づさった。
「ど、どういうことって言われても…、ただ何となくだよ。だって私たち、いつまでもこうしていたら変じゃないかって…」
 望美がしどろもどろになりながら言い訳をすると、余計に将臣の視線はきつくなった。スッと細められた瞳には殺気すら感じる。
「…変じゃねぇよ心配すんな」
「…うん」
 そんなことを言われれば言われるほど、心の影は深くなる。
「…うん、そうだね」
 肯定するのも何だか空々しくなる。
 どうしてこんなに暗い気分なのだろうか。
「じゃあ明日も起こしてくれよ」
 ぽんと大きな手を頭に乗せられる。いつもなら心地が良いと思えるのに、今日は思えなかった。
 子供扱いはしないで欲しい。同じ年なのに、同じようにころころと成長してきたはずなのに。だから…。
 将臣が家に入ってしまった後、望美はとぼとぼと家に帰った。
 脳裏に将臣が一緒にいた女の子が焼き付いて離れない。思い出す度に胸がじりじりとしていくのを感じた。

 朝、何時ものように将臣を起こしに行った。そのへんで売っている目覚まし時計よりは、精度の自信はあるつもりだ。そのお陰か、将臣は一度も遅刻をしていないのだから。
 だが今朝は違っていた。
 望美が将臣の部屋に入ろうとすると、携帯がけたたましく鳴り響いたのだ。
 偶然だろうか。
 だが、将臣の話す声を聞き、それが偶然でないことを知った。
「あ、ありがとな、モーニングコール。起きたから」
 もう目覚ましの必要はないのかもしれない。
「将臣くん、起きているみたいだね。ちゃんと起きられたなら、いいね。先に学校に行くからね」
「ああ」
 どこか強張った声に、胸の奥がチクチクと痛んだ。
 今までは、”幼なじみ”と思っていたから、些細なことでは動じなかったし、気にもしなかった。
 だが、今は…。
 どうしてこんなにも心が動揺するのか、望美には知る術もなかった。

 いつものようにいつも通りで授業を終え、望美は将臣に声をかけられた。
「ちょっと、いいかよ」
「うん」
「時間あったら、鎌倉まで出ないか」
「いいよ」
 こうして将臣が誘ってくるのはかなり珍しい。望美は快諾し、鎌倉まで行くことにした。
「用事でもあるの?」
「まあ、な」
 曖昧に将臣が答えるものだから、望美は余計に不安になった。
 だが突っ込んでまで聞く勇気はなくて、結局はもやもやとした気持ちを引きずってしまっていた。
 鎌倉駅まで来ると、小町通とは反対側へと向かう。
「レーズンウィッチでも買うの?」
「いいや、買わない」
「有川くん!」
 不意に声をかけられて振り返ると、そこには昨日将臣と一緒にいた女の子が立っていた。
「ああ、こんにちは」
 明るい素直そうな笑顔を持つ子に、将臣は優しい眼差しを向ける。こんなにとろけてしまいそうな表情をしてくれたことは、今までなかった。
 それが悔しい。
 このままふたりの空気に疎外されてしまうのが堪らなくて、望美は思い立ったように深呼吸をした。
「あ、将臣くんゴメン! 用事を思い出したよ!」
 わざとらしいのは解ってはいるが、そうせずにはいられなかった。
「おい、望美!」
 将臣の制止を振り切るように、望美は訳が解らないままで、そのまま路地に入った。
 姿が見えなくなるまで走った後で、ようやく歩き出せた。
 ホッとしたのか全身から力が抜け、熱い涙が零れてくる。
 どうして逃げたんだろう。何故泣いているんだろう。
 そんなことがぼんやりと脳裏に滲み渡る。
 とぼとぼと俯いて歩いていると、腕を強く掴まれた。
 食い込む指の力に顔をしかめながら視線を上げれば、そこには将臣がいた。
「何逃げてんだよ、来い」
 怒りのオーラが目で見えるほどに立ち上がっている。
 そのまま有無も言えぬままで、望美は引っ張られる。
 どこに行くのか、知らされずに。

コメント

今朝見た夢を元に(笑)




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