*キスから始まる*


 陽射しが柔らかく入り込んでくる夕方は、とても眠くて堪らない。
 呼吸をするだけでも、生欠伸が出てしまうので始末におえない。
 望美はうとうととしながら、将臣が帰って来るのを待っていた。
 折角、新しい格闘ゲームが出たのだから、将臣と一緒にやってみたい。
 将臣と一緒にゲームをして、戯れあってみたい。
 大好きなひとだからそれをやってみたかった。
 なのに将臣は遅い。
 将臣の生活の中心はスキンダイビングなのだからしょうがないと言えばしょうがないのだが、やはりどこか切ない気分になってしまう。
 幼馴染みだからないがしろにされているわけではない。
 むしろ女の子では誰よりも大事にしてくれている。時折出来る将臣のカノジョよりも誰よりも大事にされているのは解っている。
 だがもっと甘い瞬間が欲しい。
 カノジョでも何でもないからそれは難しいのかもしれないが、とにかく望美は恋をしている乙女なら誰でも持っている欲求を持っていた。
 幼馴染みだから、なかなか言い出すことが出来ない。
「好きです」なんて言えば、きっと将臣は冗談で済ましてしまうに違いないだろうから。
「…何だかなー」
 望美は溜め息を吐くと、将臣のベッドの上に倒れ込んで、ゴロゴロとし始めた。
 ほんのりと将臣の香りがする。
 男らしい香りだ。
 小さな頃、将臣と一緒に眠った頃は、こんな香りはしなかった。
 望美と同じように幼い香りだった。
 なのに、低くてよく響く甘さを含んだ声に変わってしまったと同時に、将臣の匂いは何処か男らしいものに姿を変えてしまった。
 こちらがドキドキしてしまい喉がからからになってしまうような匂いに変わってしまった。
 将臣が男になったのだと感じた瞬間でもあった。
 あの時から、将臣を意識せずにはいられない。
 日々変わっていく体型、高くなる一方の身長、逞しい背中や胸。
 そしてたまに手を繋ぐ時に見受けられる力の強さ。
 幼馴染みで恋人同士ではないけれども、たまに手は繋ぐ。
 それを友人に言えば、おかしいと言われてしまった。
 本当に大切な女の子以外は、男は手を繋がないものだと。
 男は欲望を処理するためなら簡単に女を抱ける。だが手を繋ぐのは、余程大切に想っている相手でないと出来ない。
 そんなことを聴いてしまってからというものの、望美は将臣と手を繋ぐ度にドキドキしてしまう。
 将臣のベッドをゴロゴロとしながら、同じリズムで心臓を高める。
 こうして将臣のベッドにいるだけで、このうえないときめきを感じていた。
 ときめいて興奮してどうしようもないというのに、何故だか安心もしてしまう。
 将臣は不思議な引力を持っていた。
 大好き。
 だから無防備に安心もしてしまう。
 将臣が側にいてくれるだけで、何よりも安心してしまえるのだ。
 だから今も、将臣に抱き締められているような気分になりこのうえなく幸せだった。
 良い夢が見られそう。
 望美はゲームソフトを抱き締めながら、いつの間にかうとうととまどろんでいた。

「ただいま、母さん、望美が遊びに来ているのかよ?」
 玄関先で見つけた望美のサンダルに、将臣は声を掛けた。
「そうよ。何でも新作の格闘ゲームが手に入ったらしくて、一緒にやりたいって、あなたの部屋で待っているわよ」
「サンキュ」
 将臣はキッチンをあさり、ジュースとお菓子を持っていく。
 望美がお菓子を食べながらゲームをするのが何よりも好きであることを、将臣はよく知っているのだ。
「あいつのことだから、手ぐすね引いて待っているんだろうな」
 将臣は温かな気分になりながら、自分の部屋へと向かう。
 望美はいつも将臣のこころの中心にいる。それはカノジョが出来てもいつも変わらないことだった。
 カノジョを惰性で作っても、望美以上に好きになる存在へと昇格することは一度たりともなかった。
 いつも望美が大事で、時にはカノジョをないがしろにしてまでも望美を中心にしてしまう。それが原因で、今まではずっとカノジョと上手くいかなかった。
 将臣はそれは一生変わることのないものだと思っている。
 望美こそが人生を歩むパートナーだと自覚しているからだ。
 だからこそ。
 今が最大のチャンスであることを承知している。
 これを逃してしまえば、望美は永遠に自分のものにはならないようなきがしていたから。
 将臣はゆっくりと階段を上がっていく。
 自然と唇が笑顔で綻ぶのは、きっと望美が部屋にいることが解っているからだ。
「おい、帰ったぜ。ったくゲームなんて、お前、宿題はやったのかよ…」
 将臣はいつものように叱るように言うと、言葉を飲み込む。
 望美が余りに無防備に余りに無邪気に目を閉じていたから。
 そのあどけない寝顔は、子供の頃を思い出させるようなものだった。
 余りにも可愛い過ぎて、そして純粋さと女としての艶に溢れた顔をしている。
 将臣は息を呑んだ。
 余りに可愛い。余りに綺麗だ。
 心臓が痛くておかしくなりそうなぐらいに激しい鼓動を刻み付けてくる。
 深呼吸をしても落ち着けなくて、欲望が頭を擡げてくる。
 何度となく自分に落ち着けと言い聞かせても、全く無駄だった。
 生唾を飲み込む。
 独占欲と保護欲がせめぎあい、将臣はそっと顔を近付けた。
 最近、他の男どもが、望美を見ては「綺麗だ」や「素敵女子」と言っては盛り上がっている。
 将臣はそれが嫌で嫌でしょうがないのだが、わざとクールを装っている。
 早く何とかしないと、本当に望美は他の誰かに取られてしまうのではないかと思ってしまう。
 だからこそ気は抜けなかった。
 全くムカつく。
 他の男になんか取られたくない。
 将臣は望美に顔を近付けると、そっと唇を近付けた。

 冷たくて温かな感覚が、唇に広がる。
 甘くて幸せで堪らない瞬間だ。
 望美は胸がいっぱいになるほどの幸せに包まれながら、目をゆっくりと開けた。
 その瞬間、将臣と近い位置で目があってしまった。
 キスされた…?
 キスをされるのは嫌じゃない。むしろして欲しいのかもしれない。
 だが、いきなりされてしまうと、やはり望美の頭は混乱してしまう。
「…将臣くん、お、おかえりなさい」
 望美が何処か逃げ腰で言うと、将臣もまた気まずさと恥ずかしさが混じりあったような表情をする。
「あ、た、ただいま」
 ふたりして鼓動のリズムを激しくしながら、見つめ合う。
 じっと見つめあっていると、照れ臭さとときめきが染み透ってくる。
「…キスした…?」
「…した…」
「どうして?」
「したかったから…。お前は…?」
「…されたかった…」
 淡々と進めている会話が突如途切れて、望美は思い切り抱き締められてしまった。
 強く抱き締められて息も上手く出来ない。
「…それは…将臣くんが私を…」
「好きってことだよっ!」
 まるで拗ねた悪ガキのように真っ赤になる将臣を見つめながら、望美は幸せの紅に染まっていく。
「…お前は俺にキスされたかったのは、どういうことなんだよ?」
 将臣に答えを請うように呟かれて、望美は喉を鳴らした。
「…す、好きだから…っ、好きだからに決まっているじゃない」
 まるで拗ねるように言うと、将臣に更に強く抱きすくめられた。
「…すげぇ嬉しい」
 将臣の言葉に望美の表情も綻ぶ。
「…私も…すげぇ嬉しい」
 呟いて微笑むと、将臣は照れ臭そうにしながら唇を近付けてくる。
 お互いに吐息のような笑みを向けると、優しいキスを交わした。
 幸せな幸せな瞬間。





Top