恋の特産物


 秋になると、季節も良いので、屋上でのんびりとランチをしたくなる。
 チャイムが鳴ると、望美は将臣を連れ立って、屋上にお弁当を食べにいく。
 昔みたいにつるむことは少なくなってきたが、こうして週一度ぐらいは一緒にランチをする。
 この時期は開放感があり、屋上で見る太平洋や、感じる潮の香りは悪くはない。
「さてと飯でも食うか」
「学校にいる一番楽しみな時間なんだよねー!」
 望美は、開放感がある余りに、お弁当箱を見るなり、にたにたと笑っている。
「ったく真面目に勉強しろよ」
 苦笑する将臣もまた、少し嬉しそうだ。
 秋の開放的な気候が、そうさせてくれるのではないだろうか。
「お前の弁当は、相変わらず”ママ弁”かよ?」
「ちがうもーん。最近はね、お母さんが少しぐらいは家事が出来るようにって、お弁当作りをさせられてるの! だからこれは”のぞ弁”です」
「何だよ、それ」
 将臣は、隠すように持っていた望美の弁当を、興味深げに覗きこんでくる。
「ちょっと見ないでよ!」
「盗むんじゃねぇんだしよ。ひょっとしてお前、”まっきき”弁当じゃねぇだろうなあ」
 にししと、将臣が意地悪に笑うものだから、望美はかなり憤慨してしまう。
「…ったくもう、将臣くん、何よその”まっきっきー”って」
「沢庵と卵焼きだけがおかずの弁当。昔マンガでそんな弁当を持って来てるヤツがいたっけな」
「そんなもの、作るわけないでしょっ!」
 全く失礼な男だと、望美は憤慨せずにはいられない。
「お前ならやりそうだと思ってな」
 豪快に笑う将臣に、望美は益々不機嫌になった。
 仮にも女の子だから、そんな豪快過ぎるお弁当は作らないのに。
「きょうのおかずは、しらすの入った卵焼き、ぶりの照り焼き、ほうれん草のおしたし、ブロッコリー、牛肉の甘辛煮付け、以上!」
 望美は食べる前に、将臣にお弁当を見せながら解説をする。たっぷりと怒りながら。
「ふーん」
「将臣くんは、ママ弁?」
「俺は”ゆず弁”。母さんが弁当作りを放棄。で、譲が作ってくれてんだよ」
「やっぱりね。どれ、見せて」
「見せてやってもいいが、お前、ショックを受けるなよ」
 将臣はまた、良くない微笑みを浮かべると、これみよがしに中身を見せてきた。
「おら、譲スペシャルだぜ」
「やっぱすごいねーっ!」
 譲の作った弁当の中身を見れば、ごはんはしらすと大葉、錦糸卵が乗ったどんぶり風になっており、魚は鮭の西京焼き、アスパラの胡麻和え、きんぴらごぼう、豚の角煮が入っている。どれも見た目からして絶品そうだ。
「さすが譲くん。地元特産しらすも旨く使っているし、お醤油まで小さな容器に入れているし…。しらすもたっぷりだね」
 望美はお弁当箱を覗きこみながら、感心するように言う。望美の辞書には、「勝ち負け」という文字はない。
殊に料理に関して言えば。
「しらすたっぷり、やさいもたっぷり。栄養も考えられているねー。譲くん、料理研究家にでもなればいいのに」
「一言多い研究家になるさ。今日だって、”兄さん、カルシウムが足りないから、しらすをたっぷり入れておきました”って、俺はカルシウムは充分に足りているっていうのっ!」
「…そうかなあ」
 望美がわざと目で笑いながらあざとく言うと、将臣は強く睨んできた。
「ほら、そんなところっ!」
「ったく…」
 将臣はフッと笑うと、突然、箸を望美の卵焼きに突き刺してくる。
「いただきっ!」
「自慢の卵焼きなのにーっ!」
「ん、美味い、なかなか」
 将臣はもぐもぐと口を動かしながら、本気で美味しい顔をしてくれる。それが望美にとっては何よりも嬉しかった。
「ホント?」
「マジ、マジ」
 将臣が掛値なしで美味しい顔をしてくれたので、望美はホッと肩を撫で下ろす。
「良かった!」
「マジ美味いぜ。俺のをやるから、もう一個くれ」
「うん。角煮ちょうだい!」
 ふたりでお弁当をシェアして食べるのは、なんて幸せなんだろうと思う。
 望美はピクニックに行くような気分になりながら、いつまでもにこにこと笑っていた。
「また、しらす卵を作って来いよ。それを食う日は、俺も一緒に弁当を食うしさ」
「うん! その時は、譲くんの作ったお弁当と交換ね」
「ったく、現金なやつだぜ」
 将臣は笑いながらも、余程気に入ったらしくぱくぱくと卵焼きを盗んでは食べる。望美もまた、将臣の弁当のおかずを食べて、幸せな気分になった。
「やっぱり譲くんの味付けは美味しいよね…。うちのお母さんが弟子入りしたいって言っていたよ」
「おばさんらしいぜ」
 ふたりなら、こうしてちょっとした出来事でも、楽しく思える。
 これが、「恋愛感情」だということに、望美と将臣は気付けないでいた。
 むしろ、「おさななじみ」という気安くも近い関係がそうさせていたのかもしれない。
 弁当を食べ終わり、ふたりは屋上で潮風に揺られる。
「海を見てると落ち着くな…。なにもかも浄化される思えちまう」
「そうだね…。そんな海に、将臣くんはいつも潜っているんだね…。私も潜ってみたいな」
「だったら教えてやるよ」
 将臣は望美を意思のある瞳で覗いてくると、小指を絡ませてきた。
 突然、可愛い子供みたいなことを将臣がしてくるものだから、望美は新鮮なときめきを感じる。
 幼なじみだから、何てことのない話をしているときには、こなれた夫婦みたいになっているのに、今は初な恋人たちのようにドキドキしている。
「来年の夏、沖縄行くまでに教えてね」
「ああ。とりあえず近場から始めて、伊東とか少し足を伸ばして潮岬とかに行ってもいいな。練習に」
 それはふたりきりで様々な場所に出掛けることを意味しているようで、望美は耳鳴りのように鼓動を感じた。
 甘い感覚が前身を駆け抜ける。どうしようも出来ないぐらいのときめきを感じて、感情が抑えようがなかった。
「…ずっと一緒に行けたらいいな…。大学も…」
「うん…。そうだったら凄く嬉しいよ…」
 空気のように自然と握り締められた将臣の手を、望美はそっと握り返す。
ふと望美は気付く。
 これ以上のときめきなんて、将臣以外の男に感じないのではないだろうかと。
「…将臣くん…」
「こうやってずっといけたらいいな」
「そうね」
 ふと望美は不安になる。
 将臣の顔をこんなに側で見ているというのに、いつか消えてしまうのではないかと、思わずにはいられない。
 望美がぴったりと寄り添っていくと、将臣はほほえましいそうな顔になった。
「どうした?」
「どこにもいっちゃ、嫌だよ。将臣くんは、どこにも行かないで欲しいんだよ…。ホントに…」
「解ってる。こんなに世話がかかる女を、置いていくわけには、いかねぇだろうが」
 将臣は望美を抱き寄せると、頭を優しく撫でてくれる。それが恋心故なのか、それとも妹のように思っているだけなのかは、望美にも解らない。
 ただ、温かくてときめく、プラスの感情であることは確かだ。
「…望美…、お前こそどこにも行くなよ」
「解ってる」
 幼なじみとは違った抱擁に、胸の奥に情熱の朱い花が咲き誇る。美しくて華麗な、望美を華やいだ気分にさせてくれる花が。
「…好きだぜ」
「私も好きだよ」
 軽々しい”好き”なんかじゃない。魂の奥底から出てきた”好き”なのだ。
「ガキの好きじゃねぇんだぜ。マジの好きだ」
「私だってそうだよ…」
 予鈴を告げるチャイムが鳴る。
 ふたりには授業なんて、今はどうでもいいこと。ただ唇を合わせて、甘い気分に浸っていた。


 あれからどれぐらい経ったのか。
 少なくても今は、あの頃の”好き”は、まだまだ子供じみた”好き”だったと感じている。
 この南の島で紡がれる愛は、今までで最も意味深く、ときめきを与えてくれるもの。
「望美! しらすが入ったぜ!」
「じゃあ今夜はしらすどんぶりにしようね!」
「ああ」
「わたし、しらすどんぶりなら、3はいめしはいけるよ」
「ったく」
 望美と将臣は、あの頃では考えられないほど親密になり、夫婦として生活をしている。
 とてもとても仲が良いと評判のふたりだ。
「しらすはお前の好物だし、腹の子供にも良い感じだろ?」
「そうだね」
 ふたりは故郷を想いながら、仲良く手を繋いで家に入る。
 更に深い愛を紡ぐために。
 
コメント

しらすどんぶりはマジで美味かったです




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