「ねぇ、のんちゃん、ノートに未来のことを記入すると、それが叶うって知ってる?」 友人からの一言に、望美は目を大きく見開いた。 こんな魔法のノートの話を聴いたのは初めてだ。それだけでらんらんと興奮してしまう。 望美は大きな瞳をきらきらと輝かせると、友人の手を思わず握り締めた。 「買いに行こうよ! 魔法のノート!」 「そうだねっ! 行こうか!」 ふたりは手を繋いでニッコリと笑いあうと、ノートを買いに少しお洒落な雑貨店に向かう。 女の子だけのナイショのおまじないをするかのように、友人たちとくすくすと笑いあいながら、お気に入りのノートを買った。 「これで願いは絶対に叶うよねっ!」 「絶対に叶うよ!」 夢見る女の子たちは、それぞれ違った夢を追いかけながら、うっとりとする。 望美は1ページ目に何を記すかはもう決めていた。 ピンクのラメペンで書いたひとことは…。 『将臣くんのお嫁さんになる』 未来ノートは、直ぐにクラスの女の子の間で広まり、ちょっとしたブームになっていた。 誰もが未来ノートに夢を書いて、それを持ち歩いては、ご機嫌にしている。 ノートをしっかりと抱えるように持っていると、将臣が悪ガキ特有の、どこか小ばかにしたような顔で現われた。 「なんだよ望美、お前も変なノートを持っているのかよ」 「へ、変なノートなんかじゃないもん!」 書いている内容が内容なだけあり、望美は将臣からだけは守ろうと、ノートをしっかりと抱き締めた。 「何を書いているんだよ」 「何でもないもんっ!」 将臣に知られてしまったら、それこそこんなにも戯れあうように話せなくなる。 「そんな焦っているところを見ると、お前、マジで何か隠しているんじゃねぇか?」 将臣は益々からかいと疑いのまなざしを向けてきた。望美は将臣の視線から自分の目を逸らすと、俯いてしまう。 疚しくはないのに疚しい気分になってしまう。 「隠してなんかないもんっ!」 「怪しいなあ。最近、女子がみんなで騒いでいるよなあ。まあ、どうせみんな好きな男の名前でも、書いているんじゃねぇの?」 将臣の指摘に、望美は心臓が飛び上がるかと思うぐらいにドキリとした。 「そ、そんなことないもんっ! ただ、こうなりたいって書いているだけだもんっ!」 「将来の夢? んなもん、お前にあったのかよ」 「あるにきまってるじゃないっ!」 益々馬鹿にしてくる将臣が憎たらしくて、望美は本気で眉をはちの字に曲げて憤慨した。 「どうせ、誰かのお嫁さんとかじゃねぇのか? お前のことだからな」 余りにも図星過ぎることを言われてしまい、望美は言葉を続けることが出来ない。 ただ顔を真っ赤にさせてこわ張らせた。 「そ、そんなことないもんっ!」 「見せろよ」 将臣がノートを乱暴に奪おうとしたので、望美は思わず背中ごと隠す。 「嫌だもん」 「見せろよ。俺がマジで叶うか見極めてやるよ」 いつもは望美の嫌がることなどしない将臣が、今日に限っては妙にしつこく食い下がる。 将臣の態度に困惑をしながらも、望美は睨み付けた。 「そんなに俺には見せたくはねぇのかよ」 いつもとは比べ物にならないぐらいに硬い将臣の声に怯えながら、望美は小さく一度だけ頷いてみせた。 「…そうかよ」 将臣の声が更に険悪になり、望美は泣きそうになる。こんなにも怖い将臣は生まれて初めてだった。 「勝手にしろっ!」 よくある捨て台詞を吐くと、将臣は走って行ってしまう。 将臣の後ろ姿を見つめながら、望美は唇を噛み締めて涙を零した。 それから当分の間、将臣の機嫌は悪くて、なかなか遊んではくれなかった。 『未来ノート』のブームが終わる頃には、いつしか自然に遊ぶようにはなったのだが。 あの熱病のように切なかった日々を思い出すと、今でも望美はくすぐったくなる。 あれからもうかなりの時間が経ったのに、くしゃくしゃになった、あのノートをまだ大事に持っている。 望美は久しぶりにノートを手に取ると、それをバッグの中にそっと忍ばせた。 「望美、将臣くんが来たわよ!」 「はあい」 母親に呼ばれて、望美はバタバタと玄関先に向かう。頬を紅潮させて、ドキドキしながら向かう先には、将臣が微笑んで立っている。 あの頃の面影も残しつつも、精悍な男性になった将臣に、望美は今でも夢中だ。 今日もまた、うっとりと将臣が見つめた後、その腕を取った。 「将臣くん、今日は良いものを見せてあげようか?」 とっておきの隠し事をするかのように望美は含み笑いを浮かべると、将臣を見上げる。 「何だよ」 「これ」 古びたノートを見て、将臣は直ぐに懐かしそうにスッと目を細めた。 「…懐かしいな。願いが叶ったか?」 「見てみる?」 望美は将臣に微笑みかけると、ノートを渡す。 将臣はノートをめくるなり、一瞬、優しさに瞳が緩んだ。 「…かなうみてぇだな…」 「おかげさまで」 望美は誇らしく笑うと、将臣の肩に頭をもたせかける。 魔法のノートは本当に叶うね。 |