六月恒例の衣替えも済み制服が明るく見える頃、蒸暑さが相俟って、何処か雄の細胞がむらむらと騒ぎ出す。 「ホント! 暑いよねー。どうにかして欲しいよ、ホントに!」 望美は真夏の犬のように軽く舌を出しながら、下敷きで仰いでいる。 制服が薄くなり、首筋から鎖骨のラインが綺麗に浮かび上がる。なまめかしくてとても綺麗で、将臣は思わず生唾を飲み込んでしまった。 「ねぇ、帰りさ、かき氷を食べて帰ろうよ。…て、将臣くん、聞いてる?」 望美にいきなり会話の水を向けられて、将臣は飛び上がった。 「あ、ああ、聞いてる」 上の空で聴きながら、望美の白い首筋を見た。汗が一筋柔らかく流れて、その流れを思わず視線で追いかけてしまう。 あの汗は鎖骨を流れて、それから…。その先を考えてしまった途端、下半身が軽く反応しておののいてしまった。 だめだ。忘れなければ。 建て前ではそう思ってはいても、余計に考えてしまう。自分がこんなに妄想マニアだなんて思いもよらなかった。 しかも幼馴染みを相手に妄想してしまうなんてサイテーだ。 「将臣くん、マジで聞いていないでしょう?」 「あ? ちゃんと望美様がおっしゃることは聞いておりますよ」 「絶対に聞いてないよ。罰としてかき氷奢ってよね」 望美は軽く唇を尖らせて将臣を睨み付けて来た。 だが尖らせた唇がまた可愛いくて、誘うように扇情的で思わず息を呑んだ。 パーツごとに艶やかに攻められているような気がして、おかしくなりそうだ。 梅雨の蒸暑さが狂わせるのだろうか。 それとも…。幼馴染みの無防備な色香が狂わせるのだろうか。 「…もう、絶対に奢って貰うからね」 「はい、はい」 タイミングよくチャイムが鳴り響き、将臣はホッと肩の荷を下ろした。 これ以上追及されれば、とんちんかんな答えを言ってしまうような気がしたから。 授業が始まり、望美は将臣に背中を見せる。 細くて狭い、守りたくなるような背中。それでいて丸みを帯びていて、将臣のこころをひどく蕩かした。 長い髪がさわさわと不定期なリズムで揺れて、とても綺麗だ。 幼馴染みでずっとそばにいた、誰よりも大切なお姫様。 綺麗で、可愛くて…。最近はそれに色気が出て来たから、始末に負えなくなっている。 将臣の欲望を独り占めするような勢いで綺麗になっていくものだから、余計に誰の手にも渡したくはなかった。 望美と結婚出来なければ“死ぬ”なんてことを吐かすヤツは、死ね、死ね。 そんなことを思ってしまうほどに、望美を誰にも渡したくはなかった。 最近、将臣がぼんやりとしていることが多くなっている。 誰か他に好きな人がいるのかもしれない。 それはそれで切なくて胸が痛い。 いつも側にいて守ってくれていたから。 たとえ肉体は側になくてもこころは常に一緒にいてくれた。 だから今更、他の誰かに将臣を渡すなんて考えられない。 「あちーな! 暑い時は宇治金時に限るんだよな」 将臣はばたぱたと手で扇ぎながら、豪快に宇治金時を食べている。 男らしい喉元、がっしりとした胸。どれも視線で追いかけてしまう。 あの胸で強く抱き締めて貰えたらと思わずにはいられなかった。 開襟シャツが乱暴に着こなされて、その隙間からちらちらと見える硬質な肌を見せつけられるだけで、望美は頭がおかしくなりそうだ。 急に暑くなった梅雨のせい。 それとも不快指数を肥えた艶やかな欲望のせいなのかもしれない。 「なあ、今度さ図書館で勉強会でもするか? 学期末もすぐだし」 将臣の喉の動きにばかりに気を取られていて、肝心の話をまたもや全く聞いていなかった。 「おい、望美、ちゃんと聞いているのかよ!?」 「え、あ、うん。聞いて…る、よ」 曖昧に答えると、望美は誤魔化すように笑ったが、将臣はそれを目敏くチェックしていた。 「聞いてねぇだろ? だから罰として有無言わずに付き合うこと」 今度は将臣がかなり強気に出て来て、望美は先程と正反対だと思った。 「え、あ、有無言わずって、具体的にどうすれば良いの?」 「やっぱ聞いてなかったのかよ。図書館で勉強しねぇかって訊いたんだよ」 将臣は半分呆れたように軽く溜め息を吐くと、望美を咎めるようなそれでいてどこか優しいまなざしを向けてくれた。 「あ、勉強。うん、もちろんするよ。というよりは勉強を一緒にして下さい」 望美はミルク氷をザクザクとぐちゃぐちゃにかき混ぜながら、慌てて懇願するように言った。 「…ったく。いただきっ!」 将臣が持つスプーンが、突然、かき氷の陣地を奪う。 「あっ! 私のっ! もうっ! 将臣くんのを奪っちゃえっ!」 望美も同じように将臣の“陣地”にスプーンを入れて、宇治金時を奪い取る。 「甘いな、これ」 「宇治金時はまあまあだね」 将臣が喉を動かしているのを見るだけでドキドキする。 望美は色気がある喉仏の部分を凝視してしまった。 将臣もまた、望美の繊細な喉元を見つめている。勿論、それを望美は気付いていなかった。 あの喉元に唇を宛てたいだなんて、自分は一端の変態なのではないかと思ってしまう。 セクシィという言葉では物足りないぐらいになまめかしい。 狂ってしまうほどにドキドキしてしまい、この奇妙な熱を回避しようと、望美は思わず声を掛けた。 「「あ、あの」な」 声が互いに重なりあって、ふたりは思わず顔を見合わせる。 「お前から言えよ」 「将臣くんこそ」 特に何も言いたいことなんてないのに、おもわず声を掛けたせいで言葉が見つからない。 「あ、あのね、自分が注文したかき氷のほうが美味しいなあって、言おうとしただけ」 「だな。俺もそれは同感」 将臣は涼しげに笑うと、ふとおかしそうに目を細くした。 それはまるで何か楽しいことを思い付いた時と同じようだ。 「あのさ」 「な、何」 喉元を見つめていやらしいことを考えていたことがバレたのだろうかと、望美は一瞬焦った。 「んなに構えた顔をしなくても良いんだよ。俺たちって同じことを考えていたのかもなって、そう思っただけだ」 「同じようなこと?」 将臣に限ってはいやらしいことなんて考えていないだろうと思う。 だから有り得ないと望美は思った。 「え、そ、それはどういうことでしょう」 自分が後ろめたさ満開のせいか、香穂子は視線を泳がせて落ち着きなく答えた。 「図星だろうな」 将臣のどこか意地悪な声に、望美は余計に焦りを感じてしまう。 「かき氷食ったら教えてやるよ」 「あ、う、うん」 何だか怖いような気分になり、望美はかき氷が永遠になくならなければ良いのにと思わずにはいられなかった。 かき氷を食べ終わってしまい、ふたりは店を出る。 「…さっきの答え、教えてやるよ」 将臣は望美の腕を引っ張ると、路地裏に入り込む。妖しいこと極まりない。 「ねぇ、何なのよ、答えは」 将臣は軽く深呼吸をすると、望美の喉元に顔を近付けてきた。 先程、望美が妄想していたシチュエーションと全く同じで、思わずおののく。 「あ、あの、その…」 焦っているくせに逃げることが出来ない自分に戸惑いながら、香穂子はほんの一拍首筋に唇を受け止めた。 「…お前もこうしたかった?」 将臣をそっと見上げれば余裕のある表情とは裏腹に、余裕ない瞳をしている。 同じだ。 望美はようやく悟ると将臣に微笑む。 「そうだよ。同じことをしたかったの」 望美は将臣の喉元に唇を落とす。 似たもの同志だ。 外の不快指数は最高潮。 ふたりの恋愛指数も記憶更新。 |