この手の中には、まだ将臣の殺気が満ち溢れている。痺れるような感覚に、望美は苦しみを覚えた。 本気で斬られるかと思った。本気で斬ってしまうかと思った。 望美は寝床から起き上がり、自分の掌をみた。震えている。 熱が全身を覆って、どうしようもないぐらいに熱かった。 「望美さん、薬湯を召し上がりますか?」 弁慶がいつもの穏やかな声で、寝所を訪ねてくれた。きっと心配してくれての事だろう。 だが、今はそんな気には到底なれなかった。 声を出さずに、ただ首を振る。それが今出来る精一杯の返事だった。 「…困りましたね…。薬湯を一切受付られないと、いつまで経っても熱は下がりませんよ?」 弁慶が眉を寄せて、あからさまにどうしていいか解らないような顔をする。 そんな顔をされても、望美にはどうすることも出来ない。 今はただそっとして欲しかった。 源氏の神子でもなく、ただの春日望美が今ここで苦しんでいる。それを解って欲しかった。 還内府も源氏の神子も関係のない所に行けたら-----あんなに強く持っていた心が崩れおちそうになっていた。 「先輩! おかゆを作って来ました! 少しでも食べられたほうがいいですよ!」 今度は譲だった。 譲はいつものように、かなり心配をしてくれている。兄の事があり、望美と同じだけ辛いはずなのに、いつもより も望美に丁寧に接してくれている。まるで望美が壊れものの人形のように接してくる。 その扱いも、今の望美には受け入れることが出来なくなっていた。 譲に対しても、悪いとは思いながらも、首を横に振る。縦になんて振れるはずがなかった。そんな理由を、望美は持ち合わせてはいなかった。 「望美、具合はどうなの?」 ずっと望美の世話をしてくるている朔が、本当に心配してくれる表情で、望美の顔を覗きこんだ。 だが、完全に心を閉ざした望美は、今や廃人のようになってしまっている。 「…望美、薬湯を飲んで? おかゆも食べて頂戴?」 肩を揺らされても、何をされても、望美にはもうどうでもいい。 今まで闘ってきたのは何だったのか。 この世界が平和になり、元の世界に帰りつくためだ。決して将臣を倒す為ではないというのに…。 「望美さん…、百年前にこの地に平和を齎した、さきの龍神の神子は、相対していた八葉をひとつにまとめたそうですよ? だったらあなたにもそれが出来るはずです」 相手が敵の大将であったとしてもだろうか。 望美は弁慶の話を聞きながら、余計に落ち込んでしまうのを感じていた。 「望美さん…」 更に暗い表情のまま、望美は俯く。どうしても顔を上げることが出来なかった。 静かなで厳かな気を感じる。 誰が来たのか、望美にはぼんやりと解った。 「…リズ先生…」 朔の声に、望美はびくりと反応する。リズヴァーンは厳しい師だ。優しく深い眼差しでいつも見守ってくれるが、人一倍勝負については厳しい。 重苦しく踏みこむように、リズヴァーンは近づいてくる。 望美は恐怖と同じように捉らえ、背筋が冷たくなるのを感じた。 顔を上げて、怯えるようにリズヴァーンを見つめる。ただ目が丸くなってしまう。 「神子…」 深みのある低い声で言われ、望美はびくりとした。 「…来なさい」 リズヴァーンは咎める風でもなく、ただいつもの調子で言う。 望美はただ首を横に振る。何かに取り付かれたように、頑なに動かない。 「いいから、来なさい」 リズヴァーンは望美の腕を強引に掴むと、そのまま引っ張っていく。 「あ…」 腕に感じる強さは、師としての愛情を感じる。だが、そんなことでは、望美の心は解れなかった。 まるでリズヴァーンの操り人形のように、望美は外に連れて行かれる。 こんなに強引にされても、望美には”嫌だ”という感情以外に、何も思いつかなかった。 夜は冷える。そんなことはおかまいなしとばかりに、リズヴァーンは強引になる。 「先生! 望美をどうなさるおつもりですか!?」 リズヴァーンの行動を見兼ねた朔が膝をつき、望美を守るように庇う。まるで母親のように。だが、リズヴァーンは冷静だった。 「どきなさい朔。神子は自分の力で、困難を乗り越えなければならないのだ」 「しかし…!」 望美の顔に表情がないまま、朔だけが一生懸命になっている。 だが、八葉たちは苦しそうに朔を見ていた。 「朔…。リズ先生にここは任せたらどうかな? 今の望美ちゃんには、多少の荒治療は必要かもしれないよ」 「お兄様…」 朔は兄の言葉で、八葉たちがリズヴァーンの荒治療に期待を寄せていることを感じる。 考えた揚句に、朔は望美から離れた。 リズヴァーンは望美がひとりで座りこんでいるところに、突然、水を浴びせ掛けた。 「あ…つ…め…た…」 初めて、望美が言葉らしい言葉を発する。それには誰もが息を飲んだ。 もしかしたらどうにかなるかもしれない。そんな気分になる。 ともかく、望美が一言はッすることが出来たのだから。 「冷たいだろう。それはおまえが生きている証拠だ」 望美は髪に水を滴らせながら、ゆっくりとリズヴァーンの顔を見る。少しずつ無機質な顔が、生きている人間らしい、ものになっていく。 リズヴァーンは望美の目の前に、剣を置いた。 将臣とまみえた刃こぼれのした剣を----- 「持って立ち上がれ、神子。心の赴くままに、l私に打ちこんで来なさい」 心の赴くまま----- 望美はリズヴァーンの言葉に導かれるように、目の前の剣を手に取る。そして、それを手にした。 八葉や朔たちが息を呑む。 固唾を呑んで見守り、望美が立ち上がれるように、必死になって見守った。 ゆっくり、だが、確実に望美は立ち上がる。 そして、とうとう剣を構えた。 「やあああああっ!」 師であるリズヴァーンに、強い殺気を込めて立ち向かっていく。それをリズヴァーンはしっかりと受け止めてくれた。 どうしてこんな事をするの。 ほっておいて----- そんな気分が大半を締めていたのに、不思議だ。剣を交える度に、前向きな気持ちが蘇ってくる。 「そうだ、あの花断ちを覚えたときのように、心して太刀を振るえ」 剣を交えているうちに、望美はいつの間にか涙を零していた。その涙は、不思議とマイナスの要素を洗い流してくれる。 剣を振うだけで、心が平静を取り戻していく。この剣に、それほどのものを込めていたのかと、望美は感じずにはいられなかった。 「よし、神子! その調子だ!」 リズヴァーンは望美の感情を総て受け入れてくれながら、対峙してくれる。 汗をかき、涙で負の感情洗い流すうちに、望美の首に掛かった白龍の逆鱗が揺れた。 そうだ。 泣いてなどいられないのだ。 もし、悔やむ事があるのなら、もう一度やり直せばいい。その特権を与えられたのに、どうして気付かなかったんだろう。 望美は気付かせてくれたリズヴァーンに感謝しながら、もう迷いのない太刀をリズヴァーンに放った。 リズヴァーンは力尽くでそれを止め、深い息を吐く。 「-----よし。神子。それまで」 その瞬間、望美は辺りがくっきりと見えた。 こうして目を覚ましてくれたリズヴァーンの他に、見守ってくれた天の青龍以外の八葉たち----じぶんはなんと愚かなことをしていたのだろうかと、望美は恥ずかしくていたたまれなくなった。 そして、感謝を込めて、この愛すべき人々に深々と頭を垂れる。 「申し訳ありませんでした」 心からのお詫びの言葉を言うと、誰もがホッとしたように表情を柔らかくした。 何を---- 本当に何を迷っていたのだろうか。 望美は剣を握りしめながら、決意を固める。 将臣と幸せな未来があるならば、それを見つけるまでは、何度なく時空を超える----- そう決めた望美の顔にはもう、絶望などなく、幸せへのかけらの希望だけになっていた----- 私は時空を超える。 幸せになるために------ |
| コメント 真実を知った後のお話です。 特にCPはございませんが、将臣ルートなので、将臣の所に入れておきます。 |