*嵐の時間*


 台風が近付いてくるなか、望美は小屋のなかで将臣が帰ってくるのを待っていた。
 将臣は、台風前の対策をするために男達と集落の小屋を回っている。
 将臣の帰りを待ちながら、望美は意外に落ち着いた気分の自分に驚いていた。
 小さな頃、台風になると将臣にすがりついて泣いていたのを思い出す。
 本当に、小さな頃から将臣には甘えてばかりだ。
「将臣くん、台風でお家が飛んでしまうことはない!? 飛んでしまったら望美も台風にさらわれちゃうよ!」
「大丈夫だって。俺がいるだろう? ちゃんと台風から守ってやるから心配するな」
「本当に?」
「本当。台風なんか俺がやっつけてやるから心配すんなよ」
 将臣がギュッと強く手を握ってくれて、それだけで安心したのを覚えている。
 あの温かで力強い手は今も同じだ。
 大好きで頼りになる手だ。
 あの時は不安で不安で堪らなかった。だが、将臣の側にいるだけで安心し、あんなに泣いていたのに、いつの間にか自然に眠ってしまっていた。
 今はひとり将臣を待ち、あの頃とは比べ物にならないぐらいの木の小屋に住んでいるが、自然と怖くはなかった。
 将臣が必ず帰ってきて、守ってくれることを解っているから。
 そして…。お腹のなかに子供がいるのも大きいだろう。
 風の音も雨音も強くなるなか、望美は将臣が無事に帰って来られるように祈った。
 今までは台風の日に、誰かを心配する余裕なんてなかった。だが今は、こころから愛され、大切にされて、その上、守られている。それが解っているから、望美は何も怖いことなんてなかった。
 うとうととしていると、足音が聞こえる。
 将臣がギリギリのタイミングで帰って来たのだ。
 ふたりの家は、入口の戸を補強してしまえば台風対策は終わりだ。
 望美は大きな布と着替えを用意して、将臣を待ち構えた。
「望美、俺だ」
「今直ぐ開けるね」
 錠前を開け、閂を素早く取る。すると戸がギシギシと音を立てて開き、将臣がようやく家に戻ってきてくれた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
 本当は抱き着いてしまいたかったが、濡れて風邪を引くと将臣に怒られてしまうので、ここはグッと我慢をする。
「はい、これで躰を拭いてね。そこに着替えがあるから」
「サンキュ」
 将臣は、入り口の土間でしっかりと髪を拭いた後、おもむろに衣類を脱ぎ始めた。
 将臣の裸は何度も見てはいるが慣れるものじゃない。やっぱりものすごく恥ずかしくて、望美は背中をぷいと向けてしまった。
「何、恥ずかしがってんだよ。見慣れているだろうが。俺の裸ぐれぇ」
「み、見慣れるもんじゃないです」
 恥ずかしくてこちらは動揺しているというのに、将臣は完全に面白がっている。
「ガキまで作った仲だろうが。今更だろ?」
 将臣がからかうようにあからさまなことを言うものだから、望美は余計に恥ずかしくて堪らなくなった。
 顔を真っ赤にしながら将臣を睨み付けると、へらへらとした笑みを返してくる。
 傷はあるが、相変わらず鍛えられた綺麗で逞しい躰だ。
 抱き締められる度にドキドキして死にそうになるなんて、きっと将臣は知らないだろう。
 将臣に抱き締められるだけで、胸がキュンと切なく鳴り響くなんて、きっと将臣は知らない。
 逞しくて頼りになる胸に抱き締められるだけで、どれほど安心してときめくかも。
「将臣くんのバカっ…!」
 悔しくて堪らなくて望美が捨てセリフを吐くと、将臣は甘く笑う。その笑みはサトウキビをかじった時よりも甘くて幸せな味がした。
「機嫌直せよ。あ、用意してくれていて有り難うな」
 腕のなかに閉じ込められて宥められると、あっさりと幸せな気分になってしまうのが、ほんの少しだけ悔しい。
「…ひとりにして悪かったな? お前が台風がダメなのは解っていたが、みんなの様子も見に行かねぇとならなかったからな。これから台風が通り過ぎるまでは、俺を独り占めして良いから」
「…うん、有り難う。だけど正確にはふたりじめだよ? ふたりで将臣くんにたっぷりと甘えるんだから」
 望美がくすくすと笑いながら将臣の背中に手のひらを広げると、「そうだな…」と笑み混じりの落ち着いた声をくれた。
 暫く、将臣に抱き着きながら、望美はゆっくりと甘い時間を堪能する。
「台風が去ったら、将臣くんはまた忙しくなっちゃうから、今のうちにたっぷりと甘えておこうっと」
「俺には甘えさせてくれねぇのか?」
 将臣は官能的な笑みを浮かべると、瞼にキスをしてくる。
 将臣は普段はロマンスが足りないところもあるが、こうしてふたりきりになると、ドキドキさせられっぱなしなぐらいな甘い時間や雰囲気をくれる。
「今日は台風だから、思い切り声を出しても聞こえないぜ?」
「もうっ! バカ! えっち!」
 たまにこうして雰囲気ぶち壊しのことを言うこともあるが、それもまた愛敬の一種だ。
「将臣くんとこうしているとね、小さな頃の台風を思い出すよ。いつも手を繋いで側にいてくれたものね」
「そうだったな。あの頃はお前をちゃんと守ってやらねぇとって想いでいっぱいだったからな」
「だからね、いつの間にか台風が楽しみになっていたんだよ。だって台風だと将臣くんに甘えても誰にも咎められることはないもの」
「そうだな。今は?」
 ギュッと強く抱き込まれて、望美の細胞が熱く沸騰を始める。心臓が高鳴り、どうして良いのかすらも解らなかった。
「…今は凄く嬉しいよ。こうやって将臣くんの側にいて、ずっと離れることはないもの」
「ああ」
 ふたりは寝具に横たわると、お互いに柔らかく抱き締め合う。
「あっちにいた時は、ふざけて台風情報を見たり、おかし広げてわくわくしていたよね」
「そうだったよな」
「あの頃はあの頃で楽しかったけれど、今のほうが幸せかな…。静かな闇のなかで、この世界で私達きりしかいない気分になるから。これってものすごくロマンティックだよ」
「ロマンティックついでに、もっとロマンティックしようか?」
「…え…?」
 頬が真っ赤になって将臣を見ると、フッと官能を帯びた笑みを向けられる。こうなったらもう完敗だ。
 将臣を抗うことなんて出来るはずもない。
 将臣は望美を抱き寄せると、唇を深い角度で奪ってくる。
 いつの間にか台風が最接近していることなんて忘れ去ってしまうぐらいに、情熱的な愛の嵐に身を任せていた。

 目覚めた時、瞼の内側が明るく白んだ。
 ゆっくりと目を開けると将臣は既におらず、望美の躰を隠すように薄い布が掛けられていた。
「起きたか?」
「将臣くん…」
 将臣は部屋に上がってくると、おにぎりを差し出してくれた。
「服を着たらそれを食って少しゆっくりしろ」
「うん」
 望美はこそこそと将臣に背中を向けて、急いで服を着る。
 やはり恥ずかしくてしょうがない。キスマークがいつも以上に派手につけられているので、きっと外に出ることは出来ないだろう。
 服を着て、おにぎりを食べていると、将臣が木戸を開放つ。
 心地よい南の島の幸せな風景が広がり、望美は思わず声を上げた。
 台風がもたらしてくれた眩しくも美しい風景。
 嫌いだった季節が大好きになった瞬間だった。





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