月下の舞


 この時空に来てから、様々な月を見た。
 六波羅で見た月は幽玄そのものであったし、戦場で見た月は妖しく不気味で、吉野で見た月は切ない秋色をしていた。
 そして、今、京や鎌倉から遠く離れた南国で、月を見る。
 天体としての月は、同じものしかないのは解っているのに、見る場所、雰囲気でこんなにも変わるのかと、将臣は思った。
 今、傍らにいるのは望美で、着物の単を使った愛らしいワンピースを着ている。
 そして賑やかに月の宴を楽しんでいるのは、平家の仲間たちだ。
 濁り酒を煽り、それは楽しそうに笑っている。
 こんなに無邪気な笑顔を見られるとは、正直、将臣は思わなかった。
「刺身いっぱい食えよ。カルシウム、カルシウム」
「うん!」
 将臣は傍にいる望美の皿に、海の幸を盛ってやる。
 この島に来ておよそ半年。甘過ぎる蜜月を過ごしていたふたりに、ごく自然に子供が出来た。
 ようやくふくらみ始めた望美の腹を見つめながら、満足な気分になる。
「将臣殿! いつ、将臣殿の子は産まれてくるのだ?」
 将臣と望美を本当の兄弟、親のように慕っている言仁がまつわりついてきた。
「後、五か月ぐらいって言っても解らねぇか。まあ、冬の終わり…、春ぐれぇには、産まれてくる」
「そうかっ!」
 具体的な月を言われても、言仁は解らなかったが、季節で言うと理解してくれたようだった。
「それは楽しみだ! その時は、今日よりももっと凄い宴を開こう!」
 屈託なく笑う姿は、まだまだ子供だ。何も解らぬままに天皇にされてしまい、ずっと大人の世界にいた。それが  今、年相応の笑顔を取り戻したのが嬉しい。
 傍らにいる望美も笑って言仁を見ていた。
 将臣は、この穏やかで小さな幸福を、今はなによりも大切に思う。
 権力だなんて必要はない。今ある幸福がずっと続けば良い。
 太陽より輝く満月を手に入れたのだから、他に何が欲しいと言うのだろうか。
 将臣はそっと望美の手を握ると、手の甲を愛しく撫でた。望美もまた将臣の手の甲を撫でてくれる。
「言仁殿、いらっしゃい」
 将臣たちの甘い雰囲気を悟ったのか、尼御前が言仁を手招きをして呼ぶ。
 その心遣いに感謝しながら、将臣は更に望美の手を握り締めた。
 宴もたけなわになり、どんちゃん騒ぎが始まる。
 望美の躰のこともあり、将臣は早々と宴を引き上げる。
 今はふたりきりになって、月を眺めたかった。
 ふたりで家まで帰る途中に海岸に下りた。
 しっかりと手を繋ぎあって、ゆっくりと進む。
「綺麗な月ね…。今まで見たなかで一番綺麗だと思うよ」
「そうだな…。俺もそう思う」
 将臣は月を見上げ、満足そうに見上げる。
 確かに今夜の月はこの上なく美しい。だが、それよりも美しい月を、もう手に入れたのだ。永遠に。
「今日の宴、楽しかったね」
「そうだな」
「みんな随分上手に舞を踊るんだって、見ていて感心したよ」
 望美は思い出しては、幸福そうに笑っている。この笑顔は、真の意味で平家に馴染んできたと言えた。
「お前も舞うってヒノエから聞いたぜ?」
「…恥ずかしいなぁ…。一応、舞えるんだけれど、なかなか…」
 望美は恥ずかしいのか、ごにょごにょと言葉をごまかしてしまった。
「なぁ、無理しねぇ程度に、舞ってくれねぇか。俺、お前が舞っているのを、見たことがねぇから」
 将臣が真剣な眼差しで懇願すると、望美は照れたように頬を赤らめる。
「踊りなら見たことがあるじゃない…」
「あれはフォークダンスやお遊戯だろうが。ちゃんと見たことはねぇんだから、見せろよ」
 この上なく美しい月に照らされて舞う望美を見てみたい。
 自分だけが手に入れた月を愛でたい。
 子供まで作っておいてといわれるかもしれない。だが、独占しておきたいという想いが、常に付き纏ってしまうのだ。
 月を手に入れた男の宿命なのかもしれない。
 じっと射るように見つめると、望美は溜息をついた。
「しょうがないな。一度だけだよ」
「ああ」
 望美は、ずっと大切にしている朔との友情の証である扇を取り出し、静々と舞始めた。
 月光に照らされ、舞う望美は、何よりも神聖だ。
 美し過ぎて目が離せない。望美は、幽玄で、月に向かって帰る準備をしているかぐやひめのように見えた。
 月。それは現代の世界のように、将臣には思える。
 そこにいつか望美は帰ってしまうのではないか。自分を置いて帰ってしまうのではないか。
 愛するものを残して去ってしまったかぐやひめのように。
 子供が出来ても、その危惧は消えなかった。
 だからこうして、手を結び合い、躰を結んで、望美を繋ぎ止めていたい。
 このまま舞っていれば、いつか砂が零れるように、自分から零れていってしまいそうで。
 このまま見ていたい。
 だが、そうすれば去ってしまう。
 将臣は、無意識に望美を背後から強く抱きしめ、舞を止めさせた。
「ま、将臣くん…!?」
 望美は驚いて、躰を硬くしている。
「気に入らなかったの?」
「…いいや。綺麗過ぎて…」
 そこまでしか言葉に出来ない。ただ望美を抱きしめることで、その想いを伝えた。
 望美の白い首筋に口づける。
「…かぐや姫みてぇだって想ってな」
「それは良く言い過ぎだよ。将臣くん」
 ふんわりと温かみのある声で言うと、望美は将臣の腕を撫でた。
「マジで綺麗だったんだからな。お前…、月に掠われたりしねぇよな。あっちに帰っていきそうで…」
 いつも望美を護り、誰も身内がいない望美のために沢山の愛を与えている。いつでも望美の道標でいたい。
 だが、望美もまた将臣の道標だ。いつもその光に励まされている。
 だからこそ、こうしてたまに甘えてみたくなる。
「…私は将臣くんから絶対に離れないよ…。何があっても。世界で一番大切なひとだから、いつでも傍にいたいもの。将臣くんがいる場所が、私のいるべき場所だから…」
 望美の綺麗な指先が、将臣の頬を撫でる。時には官能的に時には慰めるように。
「どこにもいかないよ。将臣くんとお腹の中にいる子供とで、幸福にここで暮らしたいよ」
 望美の優しくて熱い想いを感じ、将臣は更に抱きしめた。
「サンキュな」
「将臣くんこそ、急にどこかに行ったら嫌だよ。私を置いていったりしないでね」
 将臣の手を握る望美の指先が、いくばくか震える。
 将臣は悟る。
 望美も同じような不安を抱えているのだと。
 お互い様だと思った。
 大切に思うからこそ、お互いに失いたくないと思うのだろう。
「…ずっと一緒にいような」
「うん! 共に白髪が生えるまでだよ!」
「解ってる」
 将臣は笑いながら、じゃれるように望美を抱き上げた。
 月光に見守られて、ふたりは唇を重ねる。
 甘いキスは、いつだって新鮮に感じる。
 ふたりはいつもよりも神聖な気分になりながら、何度も唇を重ねた。
「…将臣くん、今日みたいに何時でも甘えてくれていいんだからね。赤ちゃんが産まれても、それは変わらないから」
「サンキュな。お前も俺に甘えてくれてかまわねぇから」
「うん、有り難う」
 お互いに支え合って生きていく。
 ずっとそうだったが、これからもそうだ。
 将臣は望美を抱き上げたまま、自宅に向かって海岸を歩き出した。
「将臣くん、いいよっ! 私ふたりぶんなんだし…」
「お前も子供も軽いから大丈夫だ」
 この腕に感じるのは、愛の想いだから、大丈夫だ。重みを重みと感じないからいい。
自宅に戻ると、将臣は望美を寝室に寝かせる。
「甘えさせてくれるだろ?」
 甘く囁けば、望美の肌が紅に染め上げられる。
「じゃあ私にも甘えさせて。たっぷりね?」
 ふたりは同じ想いを抱いて、しっかりと抱き合う。隙間等ないかのように。
 来年の仲秋の名月は、家族が増えるので、にぎやかなものになるだろう。
 だから今は、月に見守られて、極上の秋を過ごす。

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