*背伸びと甘えと*


 ずっと好きだったのに、入る隙がなかった。
 将臣が今まで好きになった女性は、大人びた綺麗なひとばかりだったと記憶している。
 高校に入る頃から、将臣に誰が好きなどとは聞かされなくなったが、きっと好みは今までと同じだろう。
 だから最近は将臣に釣り合えるように、大人びようと背伸びをして頑張っている。なのに少しも成長しない。
 同じ年で、幼馴染みで、ずっと同じように成長していると思っていた。
 同じ時間の流れを共有していると信じていた。
 なのにいつの間にか将臣がひとりで歩きだし、精神的に大人になってしまった。
 いつから歯車が狂ったんだろうか。
 いつも追いかけなければならない存在になってしまっている。
 混沌としているのに余りにも望美たちがいる世界の過去に余りにも似ていた時空。
 過酷な3年間が将臣を大人びた男にしたのだろうか。
 だがその前から溝は大きく開いていたような気がしていた。
 じっと将臣を見て、望美は溜め息を吐いた。
「何だよ、じっと見つめてばっかで」
「…うん、将臣くんに何時から追いつけなくなったのかなあって考えてただけ」
「はあ?」
「だってさ、同い年なのに、将臣くんはずっと私の兄貴分じゃない? 何時になったら、将臣くんよりも大人な女になれるのかなあって、思っただけ」
 望美が悔しくてまた溜め息を吐くと、将臣は苦笑いをした。
「ったく、お前はそれで良いんだよ。俺より大人びてくれなくても」
「どういうことよっ!?」
 望美は勢いをつけて将臣に飛び掛かろうとして、躓いてしまう。
「あっ…!」
「おいっ!?」
 将臣は軽々と望美を受け止めると、きちんと立たせてくれた。
「ったく、よくコケる、注意力散漫なお前が、俺より大人びようとしても無理なのは解っているだろ?」
 将臣は呆れ返るように言うと、子供扱いするように頭を軽く叩いて来た。
「将臣くんヒドいよ」
 望美があからさまに不満を口にすると、将臣は望美の手をいつものように繋いできた。
 めろめろに酔っ払ってしまうぐらいに、将臣の大きな手に魅力を感じてしまう。
「お前は今のままで充分なんだよ。だからこのままでいろよ」
「将臣くん」
 将臣はこちらが眩しいと思うほどに笑うと、望美の空いた手のひらにロリポップを渡した。
 ロリポップだなんて、望美は逆に呆れたように口をあんぐりと開けて将臣を見上げた。
「舐めとけよ、お前にピッタリだ」
「もうっ! 私はそんなに小さくはないよー!」
 将臣は豪快に爽やかな笑い声を立てると、望美をふざけるように抱き締めた。
「…あ」
 柔らかく抱き締められて、全身が蕩けるような甘い感覚が全身を走り抜ける。
「…お前こそ、そんな声を他の男に聴かせるなよ」
 低い声でなまめかしく囁かれて、望美はこのまま崩れ落ちそうになった。
「だから、ロリポップを舐めているぐらいのほうが俺としては良いの」
 将臣は眩しそうに笑いながら、ゆっくりと望美から離れて行った。
「ほら、こけねぇようにちゃんと手を握っておいてやるから」
「有り難う」
 こうしてしっかりと手を握ってくれているから安心も出来る。
 だが時折、ストレートな言葉をくれないがゆえに不安になってしまう。
 望美は何度も将臣のこころのなかを覗くように見つめてはみたが、結局は答えを得ることが出来なかった。

「有川くんと望美って仲が良いけれど、何だか兄妹みたいだよねー」
 友人にからかうように言われて、望美は切ない気分になった。
「そうかな…」
「幼馴染みなんだからだろうね。見ていて微笑ましいというか、色気がないというか」
 友人は苦笑いを浮かべながら、望美を複雑な表情で見ている。
 周りをキョロキョロと見回したあとで、友人はそっと望美に耳打ちをした。
「…だから安心だって、有川くんを狙っている子がかなりいるんだ。気をつけたほうが良いよ」
 望美が将臣のことを好きであることを知っている友人は、そっと耳打ちをしてくれた。
「うん、有り難う」
「どう致しまして。だけど有川くんのさ本命は、私は絶対望美だと思うんだけれどなあ…」
 友人の発言に、望美の心臓はおかしくなってしまうぐらいに、バクバクと音を立てている。
「…そ、そうかなあ」
「そうだよ。だってね、有川くん、望美のことをよく見ているよ」
「それは危なっかしいからじゃ…」
「それもあるかもしれないけれど、明らかにラブの入った視線なんだよ、あれは」
 友人は納得するかのように何度も頷いているが、とうの望美はドキドキが止まらずにどうして良いかが解らなくなってしまう。
「だからさ、女達の目を潜り抜けて、有川くんと幸せになってしまえっ!」
「な、なってしまえって…」
「大丈夫だよ。上手く行くから」
 友人にニッコリと微笑み返されて、望美も引きつった笑顔でそれを返す。
 だが、結局は将臣のこころを上手く掴むことが出来ないのが、兄妹に見られてしまう最大の原因だと思わずにはいられなかった。

 掃除当番でゴミ捨てに行くと、知らないクラスの女の子たちに声を掛けられた。
「春日さん、有川くんのことで話があるんだけれど良いかな」
「…あ、はい」
 余りにも鋭い眼光をしていたせいで、望美は強張ってしまい、返事をせざるをえなかった。
「有川くんとは凄くベタベタしているけれど、あなたはただの幼馴染みでしょ? 幼馴染みだからってあんなにベタベタするなんて、有川くんも迷惑に思っているんじゃない?」
 開口一番このようなことで責められても、何とも理不尽だと望美は思う。どうしてこんなに陰でこそこそしたいのだろうか。
「ずっとそれが当たり前だったもの」
「この年になって、付き合ってもいないのにベタベタするなんておかしいでしょ!?」
 望美から「ベタベタしない」という確約がどうしても欲しくて堪らないのか、どんどん責めて来る。
 彼女たちの気持ちも分かるが、だからといって多人数でこのようなことをすれば、将臣に一番嫌がられるというのに。
「じゃあここで交際宣言でもするか?」
 甘いのにどこか厳しさを含んだ声が背後に聞こえたかと思うと、いきなり将臣が背後から出てきて手を握られてしまった。
「あっ、ま、将臣くんっ!」
「そんなにおかしいって思うんなら、春日望美と有川将臣は付き合っているってことにしておけば良いだろ?」
 将臣は威嚇するかのように女の子たちを見つめると、いきなり抱き締めて来た。
「……!」
「ということだから、退散しろ」
 将臣は低い声で叱責するように言うと、女の子たちは驚いたように走っていってしまった。
「よ、良かったの?」
「何が」
「あんなことを言ってしまって」
「別に俺は構わねぇよ。こうして抱き付いている間は、お前に甘えられる…。お前は、賛成?」
 先ほどまであんなに強気だった将臣が、不意に不安げに望美を見つめる。
「大賛成。だって大好きだもん」
 望美は将臣の胸の懐で一番深いところに飛び込むと、そこに顔を埋めた。
「有り難な。俺もお前のこと好きだから」
 更に強く抱き締められて、望美な息が出来なくなるほどのときめきを覚えた。
「やっぱ甘えてばっかりだね、私」
「お前さ、この間、俺が先に大人になって嫌だとか言ってただろ? だってそうしねぇと、お前が俺を追い越しちまう。それはどうしても嫌なんだよ」
 将臣は望美を頭ごとしっかりと抱き締めてくると、腕に力を込めて来た。
「だからお前より成長しねぇと意味ねぇんだよ。昔さ、お前、譲を助けるために怪我をしたことがあっただろ? あの時、お前をどうして守れなかったのかって、後悔した。あれから、俺はお前を守らないと意味がないって思ったんだよ。それにそうしないと、俺はお前に守られぱなしになる…」
「将臣くん…それは…」
 こころが幸せ過ぎてじんと熱くなる。こんなに幸せなのに涙が出てしまう。
「お前の大きい優しさとか、大きいこころとかで、守られてるんだよ。俺は…」
 将臣はそう言うと、甘えるように望美の背中にしがみついてきた。
「だから今のままで良いんだ。じゃねぇと俺が苦しい。だから、こうやってずっとお前はお前らしくいてくれ。それで、こうして抱き締めさせてくれ。俺を癒してくれ、俺を甘えさせてくれ…」
「…うん…」
 望美は優しく返事をすると、将臣を優しい柔らかさで抱き寄せた。

 背伸びをしなくて良い。
 今のままが等身大の恋だから。
 ふたりはまた一歩ステップアップをした。





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