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 恋する人の食べる仕草を見ていると、その人が欲しくなるのは何故だろう。
 トーストに蕩けるバターを載せて、さくっ、さくっと音を立てて食べる姿だとか、カレーを食べるときに唇のルゥを拭う姿だとか。
 望美は将臣の少しエロティックな姿が見たくて、今夜のおかずはカレーにしようかと思った。
 ------したいから。
 そんな理由でカレーにしたといったら、将臣は驚くだろうから秘密。
 もう一つ理由がある。
 カレーなら、明日の昼までうだうだしていても、ブランチで食べられるかと思うから。ナンでも買っておけば、バリエーションだって楽しめるから。料理の苦手な望美も、安心して作ることが出来るレパートリーでもあるから。
 望美はスーパーでカレーの材料を買い込むと、じっくりと料理と格闘する。切って、炒めて、煮るだけ。後は凝ったことなどせず、市販のルゥ任せだ。
 大好きな男性の官能的な一面が見たいから、手間は惜しまない。
「良い肉使ってやるから、きっと美味しいよねー」
 数少ないレパートリーの中で、カレーは確実に美味しくなるもののひとつだ。
 望美はカレーを煮込む間、ごはんを仕掛けたり、軽くそうじをしたりする。
 これが方々から「通い妻」と言われる所以のようだ。
 大学に入ってから、将臣は家を出てひとり暮らしを始めた。大学から少し遠くても、望美はまだ実家通いをしているが、将臣の部屋が大学から近い所にあるので、お泊りをしてそこから通うこともしばしばだ。
 両親はと言えば、相手がよく知る将臣だということで安心している。
 やっていることは、他の恋人たちと差ほどかわりはないのだが、何故か将臣には両親は絶大な信頼を持っている。幼なじみだということと、今時頑固なぐらいに溢れる男気と責任感だろう。
 そのせいかお泊りには何も言われない。今日もキッパリ泊まるかもしれないと宣言しても、両親は快く送り出してくれた。もう、嫁にでも出した気分でいるのかもしれない。
 別に世話女房になろうとしているのではなく、あくまで自分が夕食をここで食べたいから作るし、この部屋を使っているから片付ける。それだけのことだ。
 お泊りだって、そう連続技でやっているわけでもなく、普通に逢いたいから、傍にいたいから、負担がかからない程度に泊まっているだけだ。
 今日は将臣がアルバイトで遅くなるのを解っていたから、ご飯でも作って、のんびりと待とうと決めたのだ。
 カレーが美味しく煮えた頃に、将臣が部屋に戻って来た。
「何だ、飯を作っていてくれたのかよ」
「うん、望美特製カレーだよ」
にっこり笑うと、将臣はホッとしたように頷く。
「カレーか。ならいいか」
「何よっ! 他の料理はダメってことなのっ!」
 わざと怒ると、将臣もわざと及び腰になった。
 お互いにリズミカルなやり取りが出来るのは、幼なじみならではだ。
「カレー食うかな」
 将臣はごまかすように言うと、手を洗いにいく。確かに自慢出来るような腕前ではないが、確実に進化はしているとは思う。
 望美はカレーを準備しながら、将臣がテーブルについてくれるのを待った。
 少し辛いカレーは、お子様味覚の望美にとっては卵を入れてマイルドにしないと食べることが出来ないしろものだ。
 望美は卵を割りほぐすと、それをカレーに混ぜる。
「ったく、お子様な味覚だな。カレーはこの辛さが良いんじゃねぇかよ」
「いいの。卵を入れたら、すんごく美味しいんだからね」
「ま、そういうことにしておいとやるよ」
 将臣はからかうように言うと、望美に優しく眼差しをくれた。
「今日は泊まれるんだろ?」
「…うん。将臣くんの顔を見られたから、それはそれで満足なんだけれどね…」
 恋は何時だって駆け引き。
 それが幼なじみの将臣に通じるのかは謎なのだが、たまにはこうやって、焦らしてみたくなる。そうしないと、飽きてしまわれるような気がしたから。
 だから、したくても、わざとじらしてみるのだ。
「俺は満足じゃねぇ。泊まっていけよ。明日は休みなんだし、ゆっくりしていったらいいんだ。それに今週はお前を抱いていない」
 将臣はストレートに言うと、テーブル下の望美の太腿を軽く撫で始めた。
「ご、ごはんを食べているから…」
「お前と一週間してなくて、気が狂いそうだと言ったら?」
 望美の気持ちを試すように、将臣はじっとこちらを見てくる。眼差しは艶めいて、なまめかしい。唇に着いたカレーを指でなぞりながら、将臣は望美に食指を伸ばしてきた。
 見たかった仕草に、望美の官能も擽られる。
「…そんなにしてなかった?」
 将臣の視線や仕草にドキドキする余りに、望美はとんちんかんなことを呟いてしまう。
 したいのに、恥ずかしさで素直になれなくて、望美は何だか落ち着かなかった。
「今週はお互いに忙しくて、キス止まりだったじゃねぇか。時間なかったし…」
「そうだっけ、そうだね」
 笑ってごまかすように呟くと、将臣が唇の上についたごはんつぶを、丁寧に取り除いてくれる。それをパクリと口に入れてしまった。
「…お前の作った飯を食うと、どうしようもねぇぐらいに、したくなる」
「え、あ、その…」
 余りにストレートに言われて、望美はあたふたする。
 セックスと食事はやはり結びついていると思う。
 たとえば、今夜のようなカレーを食べるときに唇のルゥを拭う姿、トーストに蕩けるバターを載せて、さくっ、さくっと音を立てて食べる姿。
 食欲と性欲は密着した関係にあるのだろう。
「…お前はしたくないのか…?」
 掠れる声で呟いかれると、望美は完敗。
「…したい」
「だったらベッドへ行こうぜ」
 将臣は何時だって直球勝負だ。望美が変化球を投げても、真っ直ぐ打ち返してくる。
 それがいつもヒットだったり、ホームランだったりして、望美は負けてばかりだ。
「…カレー食べた後、片付けてからね」
「我慢出来るかよ。シンクに突っ込んでおけば良い。洗うのは俺がしてやる。とりあえず一回してからな」
 将臣はとりあえず食べ終わった皿をシンクに置き、汚れが落ちやすいようにする。
「将臣くん、ゴキブリきちゃうよ」
「一度したら洗うから大丈夫だろ」
 この辺りがおおらかなのかおおざっぱなのかよく解らないが、有言実行な男だから、つい甘やかせてしまう。
「好きな女とやらねぇと溜まるからな。お前に満たしてもらわねぇと、気が狂いそうになっちまう」
 将臣は椅子にちょこんと座っている望美を抱き上げると、ベッドへと連れていかれてしまう。
 そこから先は、甘くて美味しい時間が待っている。
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十六夜ED後のふたりの日常です。





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