「譲と親父たちが今日、明日といねぇから、夕飯、外で付き合えよ」 将臣の提案が、これはチャンスとばかりに望美の気持ちの引き金を引いた。 「だったら私が作ってあげるよ!」 望美が半ば興奮気味に宣言すると、将臣は疑い眼をこちらに向けてくる。本当に失礼だ。 「…お前、ちゃんと料理は出来るのかよ?」 将臣は眉間にシワを寄せながら、出来ないものと決め付けるように望美を見ている。 「将臣くん…、失礼極まりないよそれ」 「お前、ぶっきっちょじゃねぇかよ? それにお前の料理なんか俺は食ったことねぇし」 しらっと将臣に言われ、望美は益々むくれてしまう。 「今までは、譲くんの影に隠れていただけだもん! とっておきの料理を食べさせてあげるから! 将臣くんの鼻を明かしてやるんだもんっ!」 「お手柔らかにな」 将臣は苦笑しながら、望美の鼻を摘む。そんな子供や不器用扱いをされてしまうと、余計に気合いが入る。 「そんな憎まれ口ばっかり叩いていて、後で泣いてもしらないからね!」 「何で、俺が泣かなきゃならねぇんだよ。ああ、腹痛で涙出るかもな。胃薬と腹下しの薬を飲んどきゃねぇとな」 将臣が憎まれ口を叩きまくるものだから、望美は益々不機嫌になってしまう。こんな男はどうしようもないなんて、わざと態度に現した。 「まあ、期待せずに待っているぜ」 「期待しててよ!」 将臣はからかうように笑うだけで、真意をはぐらかす。そんな態度が懐かしく感じた。 「買い物は付き合ってね」 「了解。無駄なもん買うなよ」 「解ってるよ!」 ふたりで家の近くにあるスーパーに行き、将臣が買い物かごを持つ。まるで夫婦みたいな雰囲気に、望美はドキドキと甘い幸福を感じた。 いつかこうなれたら良いと思う。将臣とふたりで仲良く買い物をする休日の午後なんて、とてもステキではないか。 「えっと、玉葱と人参、ピーマンもいるよね。茄子も捨て難いなあ」 望美が野菜とにらめっこしながら、真剣に選んでいると、将臣は苦笑する。 「その組合せを聞いていると、えらいゲテモノが出来るような気がするぜ」 「野菜はたっぷり取らないと、身体に悪いでしょ! 文句言わずにたっぷり食べるの! 大きくなれないでしょ」 まるで母親みたいな気分になりながら、望美は将臣に説教をしてしまう。こっちはこんなに健康に気を遣っているのに。 「大きくって、これ以上大きくなってどうすんだよ」 「ものの例えなの! お肉見に行くわよ」 「へい、へい」 望美が頭から湯気を出しながら肉売場に行くのを、将臣は笑いながら着いて来てくれた。 近くに将臣がいるというだけで、大きな信頼感が望美の心を満たしてくれる。 「挽き肉? 何、作るんだよ」 「作り終えた後のお楽しみだよ。後は桃かん買ったら終わり!」 「無駄なもん買ってるじゃねぇかよ。だったら俺もポテチでも買うかな」 「無駄じゃないよ! さあ、レジに行くよっ!」 望美がすたすたとレジに向かって歩いて行くと、将臣がゆっくりと着いて来てくれた。 荷物は将臣が全部持ってくれ、空いた手をふたりで自然に絡ませる。指と指をしっかり絡め合った恋人繋ぎをした。 「楽しみにしておいてね」 「一応な。まあ、俺は、その後のデザートが楽しみだけれどな」 デザートの材料なんか買わなかった。余ったももかんが欲しいのだろうか。望美はキョトンとしながら、将臣を見た。 「ももかんが食べたいの? 多分余るから、美味しい簡単デザートを作ってあげるよ」 「ももかんじゃねぇよ。んなことはどうでもいい。今夜、うちに泊まれるだろ? 明日休みだし」 将臣の問いに、望美は真っ赤になりながら頷く。 「…泊まれるけれど…、えっちなことするの?」 「する。極上のデザートだろ。それが」 「だったら考えるな」 「嫌なのかよ」 将臣が子供みたいに拗ねるのが可笑しくて、望美はくすくすと笑う。 「…嫌じゃないよ」 望美が取って置きのことを話すように言うと、将臣は手をぎゅっと強くにぎりしめてきた。 「今の撤回なしだぜ」 「ちゃあんと、夕飯を美味しいって言って食べてくれたらね」 「善処する」 少しお役人みたいな口ぶりに、望美はまた笑いながら拗ねた。 こうして手を繋いで、じゃれるように帰れるのは、なんて素敵なことなんだろうか。 このような何気ない日常が、望美にとっては素晴らしい瞬間だと感じられた。 先ずは家に戻り、着替えた後、こっそりお泊り用具と、足りないものを家の冷蔵庫から拝借して、望美は有川家のキッチンに入った。 譲が取り仕切っていることもあり、キッチンは綺麗に片付けられている。 「なんだか、譲くんの聖地を土足で踏みにじるみたいだなあ…」 望美は自身で苦笑しながら、キッチンに立った。 懐かしくなってしまったあの時空で、将臣が食べたがっていたものを作ってあげたい。 料理は苦手ではないが得意でもないので、望美は四苦八苦しながら食材と格闘した。 今日作る料理は、ルーというとても頼もしいものがあるから。 望美は先ずは炊飯器に米を仕掛けてから、野菜を細かく刻む。 将臣のために不器用ながらも、一生懸命頑張った。 その間、将臣はと言えば、お風呂や部屋を掃除する、まるで”休日のマイホーム夫”だ。 何だかくすぐったいぐらいに幸福で、望美は鼻歌などを混じらせていた。 炊飯器のスイッチを入れた後、いよいよ玉葱を飴色になるために炒める。 焦げないように慎重にするのは大変だ。 「きゃっ!」 玉葱が大きく跳ね上がってしまい、望美は驚きの余りに思わず声を出してしまった。 「おい、大丈夫かよ!?」 将臣は眉根を寄せて怒ったように望美を見たが、それは心配ゆえであることは、解っていた。 「大丈夫だよ。玉葱が跳ねてビックリしただけだよ」 「心配させんなよ。お前の料理は、ハラハラしていて見てらんねぇよ」 将臣がへらを取り上げようとしたので、望美はそれを制した。 「ダメ。今回だけはどうしても私一人で作りたいんだよ」 望美がキッパリと言えば、将臣はそれ以上は言わずに黙ってくれた。 「待っててね。美味しいのを作るからね」 「ああ」 将臣は仕方がないとばかりにダイニングテーブルに着くと、手持ちぶたさに見ていた。 ようやく玉葱が炒め終わり、他の食材も炒めていく。今夜は野菜がたっぶりのとっても美味しいものになる。 恋する気持ちという名の魔法がかかっているのだから。 あくを丁寧に取り、隠し味の桃かんの汁とニンニクなどを入れる。こうするととっても美味しくなるのだ。 後は煮込むだけに仕上げた後、望美はサラダ作りに取り掛かった。 しゃきしゃき大根とブロッコリーを、明太子マヨネーズであえたものだ。 メインディッシュが煮えてきた。 香りできっと解るだろう。 そう、将臣があの時空で食べたかったァれーだ。 総てが出来上がり食卓に上がる頃には、将臣の顔は綻んでいた。 「譲くんみたいに本格的じゃないけれど、一生懸命頑張ったから」 「有り難うな」 ご飯にカレーをかけて、福神漬けやらっきょうも用意して完成だ。 望美が準備をするのを、将臣は手伝ってくれた。 ふたりで向かいあって、いただきますをする。 「いただきます」 将臣が最初の一口を食べるまでは、望美は食べられなかった。 それぐらいドキドキする。 「ど、どうかな?」 様子を伺うような不安げな眼差しを、望美は上目使いに送る。 「美味いっ!」 将臣が心から言ってくれていることは、望美にも痛いぐらいに感じられる。 素直に嬉しくて、このまま伸び上がって「ヤッター」と言いたくなる。 「良かった。凄い嬉しい」 「お前も食ってみろよ。美味いから」 将臣はカレーライスをスプーンに掬って、望美に食べさせてくれる。 何時も手伝いで作るカレーライスよりも、ずっとずっと美味しく感じられた。 「ホントだ。譲くんには負けちゃうけれど美味しいね」 「俺はお前が作ったやつのほうが、美味いって感じるけれどな」 「ホント?」 「ああ。マジで」 将臣がふざけることなく、本気で言ってくれたのが嬉しくてしょうがない。 料理を作ってこんなに嬉しいことはなかった。 「有り難う」 「こっちこそ有り難うな。これが俺が食いたかったカレーだ」 「うん。こうして私も一緒に食べたかった」 将臣も頷くと、懐かしそうに、目を細めてカレーを見つめる。 「こうして、お前と一緒に食べられるなんて思わなかったな。待望のカレーだな。あの時空であったことが、夢でなくて、リアルな事だったって、このカレーが教えてくれる。サンキュな。マジで」 将臣はフッと優しい笑みを浮かべると、望美の唇に軽くキスをする。カレー味のキスは、とっておきの甘いもののように、望美には感じられた。 将臣は沢山食べてお代わりをしてくれる。 望美は嬉しくてたまらなくて、満面の笑みで給仕をする。 あの暑い熊野で、将臣が食べたいと思っていたものを、ようやく作ってあげることが出来たのが、凄く嬉しかった。 ふたりして散々食べた後、後片付けは将臣がしてくれた。 「幸せだね〜。お腹いっぱいになると」 「そうだな。幸福だな」 幸福。たった一言なのに、なんて力がある言葉なのだろうか。それを手にしている実感を強く感じる。 「片付け終わったから、一緒に甘い時間に行こうぜ」 将臣は言うなり望美を抱き上げる。 「え!?」 「風呂の準備をしたから名。一緒に入ろうぜ」 「え、あ、ああ!?」 望美はそのまま抱き上げられると、バスルームに連れて行かれる。 カレーの後には幸せの甘いデザート。 そこには、疲れと充足感が待っている----- |
| コメント 十六夜ED後のふたりの日常です。 |