自習の時間に斜め前の席が空いていたから、視界が心許無い気がした。 そこにいなくても何処にいるかは簡単に想像がつく。 窓の外はびっくりするぐらいに気持ち良さそうな青空で、緑も海も、命を謳歌する季節に真っ直ぐと進んでいる。 こんな気持ちが良い日に、確かに教室なんて湿っぽい場所にいてもしょうがない。 ここは爽やかにオープンエアでぼんやりとしないと、損をしてしまうような気がする。 望美は教科書を儀礼的に持つと、図書室に行くふりをして屋上へと向かった。 3年生の教室は一番低いところにあるから、屋上まで上がるだけで汗ばんで来る。 それでも心地よい汗だから我慢することが出来た。 視線の向こうにある重苦しい灰色の扉を開ければ、そこには瞳に染みる程の青空が見えた。 「気持ち良い…」 ふと視線を下げれば、そこには将臣が予想通りに寝転がっている。余りに気持ちが良さそうな姿だったから、望美はくすりと笑みを零した。 将臣が寝転がっているところまで歩いていき、その前に立つ。 「将臣くん、サボり?」 声を掛けると、将臣はかったるそうにゆっくりと目を開けた。 「いいや、青空教室で勉強中」 「嘘ばっかり。教科書ないじゃん」 「空に書いてあんだよ」 将臣はふざけるように言うと、太陽の陽射しを抱き締めてご機嫌な色をしている空を指差した。 「何も見えないよー」 望美がわざと空を覗くように背伸びをすると、将臣はニヤニヤと笑う。 「俺みてぇにこころの綺麗な男じゃないと見えねぇの」 「だったら望美ちゃんにはクリアーに見える筈だよ」 「いつも凶暴だから見えねぇんじゃねぇの…ってえ!」 将臣がふざけた意地悪な台詞を言うものだから、望美はわざとその足を蹴飛ばしてみせた。 「ったく、凶暴女は嫁に行けねぇぜ?」 将臣は躰を半分起こすと、髪をかき上げながら望美を睨み付けてくる。 「お嫁に行けなくても良いもんっ! 当分の間、誰かの嫁になんてなる気は更々ありませんから」 将臣の前で仁王立ちをすると、望美はむくれてみせた。 「まあそうなったら貰ってやるから安心しろ」 本当にさり気なく何でもないことのように将臣が言ったものだから、望美は一瞬、聞き流してしまいそうになった。 こんなにストレートな甘い言葉を、何でもないことのように言うなんて、反則技過ぎる。 「あ、あの、今、何て…」 まるで針飛びをするCDのように望美は言葉を詰まらせる。 ドキドキする余りに顔が熱くなり、喉までも乾いてしまう始末だ。全く何を言って良いのかも、考えて良いのかも、解らなくなっていた。 「…おい…」 「な、何っ?」 もっともっと甘い言葉だとか、行動があるのだろうか。それを想像するだけで、望美のこころは益々ヒートアップしていった。 にこにこはにかみながら微笑むと、将臣がじっと望美を値踏みするように見て来た。 とうとう先に進めるのだろうか? それとも…。 「望美、パンツ丸見え」 しらりと将臣が言ったものだから、今までの甘くてほのぼのとした感情が一気に萎んでしまい、逆に怒りが頭を擡げてきた。 「将臣くんのバカスケベっ!!!」 望美はスカートを履いているにも関わらず、将臣に対して思い切り回し蹴りをお見舞いしてやる。 「お、おいって! 余計に見えるっての!」 「うるさいっ! 将臣くんのエロじじぃっ!」 望美は益々感情を高ぶらせると、得意の蹴りを将臣にお見舞いしていく。 それを憎らしいことに、将臣は簡単に交わしていった。 「パンツぐらいでそんなに怒るなよ。見られて減るもんじゃねぇんだし」 「見られたら私の純情な気持ちが減るのっ!」 「俺に見られるんだったら構わねぇだろ? 俺だけになら」 不意に望美は全身に甘くて熱い血液が流れていくのを感じた。 ドキドキとときめきが混じりあって一気にスパークする。 恥ずかしいのに、今すぐダンスをしてしまいたくなるぐらいに嬉しくなってしまう。 望美は真っ赤になりながら、将臣への足を引っ込めると、制服のスカートを思い切り押さえ付けた。 反則だ。 どうしてこちらがとろとろになってしまうぐらいの甘い言葉を、いとも簡単に言ってしまうことが出来るのか。 「…ほら」 拗ねるように将臣を見ていると、将臣は手を差し延べてくれた。 その眩しい手を取ると、宥めるような優しい力で握り締めてくれる。 「一緒に“青空学習”をしようぜ」 「日焼けしちゃう」 「俺がお前の上に乗って庇になってやろうか?」 「いらない」 ちらりと将臣を見ると、本当に気持ち良さそうに寝転がっている。 羨ましいぐらいに充実した表情をしているものだから、望美も寝転がってみたくなった。 「寝転がってみたくなっただろ? ここは日影があるから眩しくなくてちょうど良いぜ」 将臣が手招きをするものだから、望美もついそこに寝転がりたくなった。 「じゃあ、サボり友達として一緒に寝転がりますか」 「おう。かなり気持ちが良いぜ」 「楽しみだよー」 望美はゆっくりと慎重に躰をコンクリートに横たえる。 少しばかり背中がひんやりとしたが、それでも青空を眺める気持ち良さは何事に目変えられないものだった。 「ホント! そんなに眩しくないんだね! びっくりしたよ」 「ああ。こうやって寝転がってると、マジで気持ちが良いなって思う」 「ホントにー。小さい頃はふたりしてよく地面に寝転がって怒られたよね」 望美はくすくすと声を上げて笑いながら、懐かしい気分に浸っていた。 将臣とよく手を繋いで、寝転がったままで見た空や景色。今でも大切な宝物として、望美のこころにしっかりと張り付いていた。 「昔ね、こうして寝転がって雲が動くのを見ていた時に、将臣くんが、雲が動いているだけでなくて、地面も動いているんだよって教えてくれたんだよ」 「俺ってガキの頃から天才だよな」 将臣がふざけるように言うものだから、望美は軽くその頭を叩いた。 「買いかぶりすぎだよ」 望美が賑やかに笑いながら叩けば、将臣は大袈裟に痛がってみせる。昔からふたりでよくふざけていた光景だ。 不意に将臣の手が、望美の手を捕らえた。 繊細で綺麗なのに力強い指先に、望美は飛び上がってしまいそうになるほどにドキドキした。 指先がパルスになったかのようだ。 ドキドキする余りに、意識をする目付きで将臣を見つめてしまう。 「ガキの頃も、こうやってよく手を繋いで寝転がっていたよな」 「そ、そうだね」 熱くて甘くて堪らない緊張感に、望美の声はひっくり返ってしまった。 将臣はちらりと微笑んで望美を見たが、また青空に視線を戻した。 「こうしていると地面が動いているのが解るよな」 「あ、ホントだ。懐かしい感覚だよー」 将臣とこうして手を繋いでいれば、どこまで流されたとしても大丈夫のような気分になるのだから不思議だ。 「こうやってお前と流されるなら何処に行っても構わねぇか」 正に望美が思っていたことと同じことを将臣が口にしたのが嬉しくてしょうがなくて、結んだ指を強く握り締めてしまう。 「今、同じことを考えていたんだよっ!」 「やっぱりな。そんな気が俺もしてた。こうして一緒にサボっているのも、同じ空を見ているのも、ちゃんとこころが重なっているからだと思わねぇ?」 「そうだね」 望美が微笑みながら頷くと、将臣の顔が急に近くなった。 「将臣く…」 名前を呼ぶと同時に、太陽の香りがするキスが唇に与えられる。 唇を離された後、将臣は確信犯のように薄く笑うと艶やかな声で囁いてきた。 「最高の自習だ」 望美はキスの余韻の甘さに酔っ払いそうになりながらも、わざと唇を尖らせた。 「そうだね。最高の自習になったよ」 とっておきのスウィーツを食べたような気分になりながら笑うと、望美は頬を染めて将臣に微笑みかける。 初夏の自習はときめきゲージが満タン。 |