「七里が浜に月を見に行かねぇか?」 将臣の誘いに、望美は一も二もなく頷いた。 この時空に戻ってきてから初めての秋。しかも懐かしい七里が浜で月を見られるなんて、こんなロマンティックなお誘いはない。 「バイクで行くが、可愛いワンピースでも着て来いよ」 茶目っ気たっぷりに笑われながら言われ、望美はふて腐れてしまう。何故なら将臣の表情に、骨抜きされてしまうぐらいにステキだったから。 「バイクにワンピースは似合いませんっ!」 「じゃ、車で行くか。いろいろとイタズラ出来るからな。車に決まり」 戸籍上の誕生日が来るなり、将臣は速攻に自動車免許を取った。今や父親の車を乗り回している。 …受験生なのに。 「イ、イタズラって、将臣くんのスケベっ! バカっ!」 望美は真っ赤になりながら睨んでみたが、将臣はただ豪快に笑うだけだ。 子供の頃から、いつもからかわれてしまっている。 「望美、とにかく今夜のお前を予約したからな」 「もぅっ!」 将臣に背を向けた後、望美はニンマリと笑った。 海岸でロマンティックなデートが出来るなんて、嬉し過ぎるから。 「ワンピースだからな!」 「もぅ、解ったよ!」 将臣に念押しをされるのを聞きながら、頭のなかであれこれどんなワンピースを着て行くか、望美は想いを巡らせていた。 夕食の後、望美は許される範囲の時間で、お洒落をする。 折角、将臣とお月見デートなのだから、なるぶくなら可愛くしたい。 リクエスト通りに純白のワンピースを身につけ、望美は玄関先で待つ。 将臣との仲は既に親も公認なので、月見デートにも特に何の口出しはなかった。 インターフォンが鳴るなりドアを開けると、直ぐに将臣が手を取る。 「行こうぜ」 「うん!!」 将臣に手をしっかりと握られて、車まで連れていって貰う。 手を握るだけでウキウキする。 助手席に座りシートベルトをすると、直ぐに出発した。 「俺達ならチャリレベルの距離なんだろうけどな、ちょっと雰囲気出してな」 「そうだよね。だけどドライブ好きだよ。鎌倉の優しい夜景も好きなんだ」 「俺も」 運転しながら、将臣の大きな手がスカートの中に入ってくる。ふとももを撫でられて、望美は唇を噛んだ。 「…んっ…! 将臣くん…っ。イタズラはダメっ…」 「あんまり良い声を出すなよ? このままラブホに直行しちまいたくなる。勿論、行くつもりだけれどな」 ウィンクをされて、望美はわざと不機嫌そうに眉根を寄せる。 将臣らしいのは解るけれど、もう少しでいいからムードを大切にしてほしいと、今更ながら想ってしまう。 「もぅ…っ!」 「だからバイクが良いって提案したんだよ」 「もう! 確信犯のくせに!」 望美がぷりぷり怒るものだから、将臣は余計に面白がっている。それが気に入らなかった。 車窓からは、幻想的に空に浮かぶ月が見える。本当に綺麗で、視線も心も奪われてしまう。 「…お月さま、ホントに綺麗ね…」 「ああ。今日は満月じゃなくて十六夜らしいけれど、完璧じゃねぇところが、また良いところなのかもしれねぇな」 「うん」 望美は視線を月に向けながら、胸が幸福でいっぱいになるのを感じた。 「…やっ…!」 余りに月ばかりに夢中になって見ていると、将臣のイタズラな手がふとももをまた撫でてくる。 「月ばかり見て、俺を見なかったオシオキだぜ? 望美」 「だって…あんまりに綺麗なんだもん」 望美は息を弾ませながら反論したが、それで聞いてくれるような将臣ではない。余計に足をまさぐってきた。 これでデートの後のスケジュールは決まったと、望美は深いところで思った。 短いドライブは直ぐに終わり、将臣は古びた駐車場に車を止めた。 車から出る頃には、望美の躰は甘い疼きに支配されてしまっていた。 理性でははしたないと思ってはいるが、このまま疼きを消し去って欲しいとも思う。複雑な感情が、望美のなか でも交差する。 少しよろよろ歩いていると、将臣の力強い手がしっかりと繋いでくれた。 「お前の手を、もう離さねぇから」 「うん…。有り難う」 将臣に手を引かれて、望美はゆっくりと歩いていく。こんなに心地が良い腕はないと思いながら。 「何だかロマンティックだよね。こうやって、ふたりだけで海岸に月を見に来るなんて」 「そうだな…。だけどガキの頃、家族みんなで海岸に月を見に来たとき、ふたりで手を繋いで、よく走りまわったな。岩影とかでふたりだけになったりしてたっけな」 「そうね。で。いつも譲くんが置いてけぼりさんになるの」 望美は子供時代を思い出し、くすくすと笑う。懐かしくて優しい思い出だ。 「今思ったら、ガキなのにありゃわざとだな」 「わざと?」 「お前とふたりきりになりたかったんだよ。譲を出し抜きたかった」 将臣からの意外な告白に、望美は胸の奥がほのぼのと熱くなる。 子供の頃からずっと、一方的に想っていると考えていたから。 「…知らなかった…」 望美が噛み締めるように言うと、将臣は照れ臭いのか、軽くヘッドロックをしてきた。 「気付けよ。だいたい、指輪やったときに気付け。バカ」 「バカとはなによ! 将臣くんのバカっ!」 望美はムウッとしながら、将臣の頭を叩こうとした。 だが甘く微笑まれてしまい、ときめいてそれ以上のことが出来なくなる。 「どうしたんだよ」 「どうもしないっ! 先に行くよ」 照れ臭くて、望美が将臣の手から擦り抜けようとすると、逆に強く掴まれてしまった。 「俺から離れるな」 「あ…」 引き寄せられていつもの定位置に戻される。 「言っただろ? お前を手放す気はねぇんだよ」 照れるぐらいの将臣のストレートさに、望美は踊り出したくなるぐらいに気分にが良い。自然と良い笑顔になる。 「…うん。もう、私も離さないし、将臣くんも離さないでよ」 「OK」 ふたりで月に照らされて、海岸を歩く。思い出が沢山詰まった海岸を歩くのは、無邪気なぐらいに幸福な気分にしてくれる。 昼間はあんなに暑かったのに、もう秋なのだろう。風が気持ちが良いぐらいに、冷たくなってきていた。 突然、将臣が立ち止まり、望美は小首を傾げた。 「どうしたの?」 「望美」 いつもより真面目な低い声に、望美の心は引き締まる。 「高校出たら、結婚しねぇか?」 心臓が爆発しそうになった。 望美は呆然としたまま、将臣を振り仰ぐ。 「…今、なんて」 ”結婚”という二文字が頭のなかでぐるぐる回っている。 喉の奥がからからになるのを感じながら、望美は躰を震わせる。 将臣に抱かれるよりも、興奮状態にあったかもしれない。 「…何度も言わせるなよ…」 言葉とは裏腹に、将臣は全く怒っていないように見える。それどころから、照れるように目を細めていた。 「…高校出たら、結婚しようぜ?」 耳元でとびきり甘く囁かれて、望美は耳まで真っ赤にする。もう立ってはいられなくて、将臣に縋るようにして顔を見上げた。 「…有り難う。小さい頃の約束、果たせるんだね。将臣くんのお嫁さんになります…」 いつもの少し勝ち気な望美はなりを潜め、ただの恋する乙女がそこにいる。 余りに幸福過ぎて、涙が一筋零れた。 遠い昔、将臣に指輪を貰い、約束をしたのだ。”大きくなったら結婚する”と。 それがようやく今、叶おうとしている。 将臣は、望美の頬を濡らす涙を親指で拭うと、額にキスをくれた。 「俺こそ有り難うな。俺の嫁さんになってくれて…。ずっと大切にする」 「そんなこと、言わなくても解ってるよ。だって、将臣くんは特別中の特別だから」 「望美…」 将臣の顔が緩やかに近付いてくる。 誓いのキスは、今までに貰ったキスのなかで、一番甘くて切ない味がした。 キスの後で、ふたりはお誂え向きに笑う。 将臣が左手を取る。 「この指輪のために、ずっとバイトに明け暮れたんだからな」 「有り難う」 誓いの指輪は綺麗なピンクムーンストーン。その周りに、ダイヤモンドがちりばめられている。 将臣の素敵な心遣いに、望美はわんわん泣き出す。 「どうしたんだよ!?」 「嬉し過ぎて、いっぱい泣きたかったの!」 「ったくしょうがねぇな…」 悪態をつきながらも、将臣は広くて厚い胸に、思いきり抱きしめてくれた。 「将臣くん…」 「よしよし」 「私、小さい子じゃないよ」 「解ってる。お前を何回も抱いてるから、色っぽい女ってことは解っている」 将臣に髪をくしゃくしゃにされて、望美はしっかりと抱き着いた。なんて素敵な月の日なんだろうか。 十六夜は、想い出深い婚約記念日になってくれるだろう。 「お前の了承を得た後が大変だな。…お前の親父さんっていう、最大の難関がある」 将臣が苦笑いすると、望美の大きな瞳が輝く。 「お父さんもお母さんも賛成してくれるよ。だって、将臣くんが相手だもの」 「お前はかいかぶりすぎ」 将臣は困ったように笑うだけだ。 「…望美、記念の夜を過ごしに行こうぜ」 将臣の艶ある声に、望美は顔を上げる。目が合った瞬間、望美は真っ赤になりながら頷いた。 |
| コメント 月の最後のお話は、プロポーズでした。 |