*Golden Holiday*


「まーさーおーみーくんっ! あーそーぼー」
 望美が子供のように中庭を覗き込むと、将臣は布団を干している最中だった。
「んな大きな声を出さなくたって解る。ガキじゃねぇんだから」
 将臣は苦笑いを浮かべながら、布団叩きで布団を叩いている。
「おねしょした?」
「お前じゃあるまいし、んなことするわけねぇだろ?」
「将臣くん、一言多いよ」
「お前こそ」
 将臣が布団を叩いて気持ち良さそうにしているのを、望美は縁側に座って眺めている。
 背中を見ていると、やはりがっしりとしていて逞しいな、だとか、守ってくれそうだとか、そんなことをぼんやりと考えていた。
「将臣くん、何かして遊ぼうよ」
「お前は受験生だろうが。んなことを言ってねぇで、ちゃんと勉強しろ」
「将臣くんだって立派な受験生じゃない」
「俺と引き合いをだすな」
 望美は唇をとがらせながら、拗ねている子供のように足をぶらぶらとさせた。
「たまには息抜きしよ」
「たまじゃなくて、お前はいつでも息抜きしているだろうが」
 将臣は苦笑いを浮かべると、望美が座る縁側までやってきて、頭を軽く小突いてきた。
「俺と一緒の大学に行くって約束しただろ? だからしっかりと頑張れよ」
 将臣は、まるで小さな子供を宥めるように、望美を頭ごと抱き寄せてくる。
 同じ年なのに、なんて余裕のある態度なのだろうか。
 甘酸っぱい気分と、いくら背伸びをしても追いつけないのではないかという落胆が、望美のこころに渦巻いていた。
「…将臣くんはいつも余裕で、いつも私の三歩先ぐらいを歩いているよね」
 甘えたいがぐっと堪えると、望美は地面をじっと見つめた。
「三歩先って、また微妙なことを言うんだな、お前は」
 将臣は苦々しい笑みを浮かべると、逆に甘えるように望美を抱き寄せてきた。肩に軽く頭を乗せられて、 甘い疼きに窒息しそうになる。
「…だって三歩先でもお前の先を歩いていかねぇと不安になっちまうだろ?」
 将臣は心情を吐露すると、更に望美を強く抱き寄せた。
「男として、お前を常に引っ張っていきてぇの。前に立って、お前を常に守りてぇの」
 将臣の表情を覗き込むと、瞳の縁がうっすらと紅くなっていて可愛くすら感じる。
「男だね、将臣くん」
「お前の前では、“男の子”ではなく、”男”でいてぇからな」
「うん、私の前じゃ、充分男だよ…」
 将臣に抱き締められていると、本当に素直になれる。
 しかも優しくて甘い素直な感情を抱くことが出来るのだ。それが望美にとっては大切なことであり、嬉しいことでもある。
「だから、お前にはちゃんと着いて来てもらいてぇんだよ。解るな?」
「…うん、頑張るよ」
 こうして将臣と一緒に過ごして甘えることが、何よりもストレス解消になる。
 こうしたガス抜きはどうしても必要なものだ。
「堪らないぐらいにストレスが溜まったりしたらいつでも言えよ。ガス抜きしてやるから」
「うん。将臣くんもいつでも言ってね。私もガス抜きしてあげるから」
「言ったな。たっぷりと立てないぐらいにガス抜きをさせて貰うぜ」
 将臣がいやらしくて可愛い笑みを浮かべるものだから、望美は恥ずかしさの余りに顔を背けてしまった。
「そんな顔をするなよ。マジで食っちまうぞ」
「将臣くんにはもう散々食べられたもん」
「でも全く厭きねぇんだよな」
 いけしゃあしゃあと恥ずかしい台詞を平気で言う将臣に、望美は嬉しい恥ずかしさを滲ませつつも、唇を尖らせて睨み付けるしかなかった。
「どっか行くのも中途半端だが、自転車で行ける範囲ならどっかに行くか?」
「そうだね。私も特に遠出をしたいとかないし、ぶらぶらとご近所に行ったりしても良いし、ここでまったりとしても良いし」
「そうだな。息抜きにここで菓子だとか、カップラーメンでも食いながらまったりとするか。ひなたぼっこをするには、極上の日和だからな」
「そうだよね」
 望美は日の光を浴びると、思い切り伸びをした。
 こんなに小さなことで幸せを感じられるのは、きっと困難な運命に立ち向かって、それに打ち勝つことが出来た経験が大きいだろう。
 時々、あの経験は総て夢だったのではないかと思うこともあるが、肉体は覚えてはいなくても、魂にはクッキリと刻まれていて、時折、勇気をくれることもある。
「じゃあだらだら生活の準備をしようぜ。飲み物と菓子とカップラーメンの調達だな」
「身体に悪い生活大歓迎っ!」
 ふたりは勇んでキッチンに入り、カップラーメンとポテトチップスや煎餅といったものを探り当てた。
 総て準備を済ませると、先ずはカップラーメンを啜る。
「凄く美味しいフランス料理を食べるのも良いけれど、こうしてカップラーメンを縁側で食べるのも、最高の贅沢だって思うんだよね」
「確かにな」
 のんびりとした空気に包まれながら、ふたりは肩を並べてカップラーメンを啜る。
 いつもと同じ特売品のはずなのに、隣に将臣がいるというだけでかなり美味しく感じていた。
「美味しいよね。やっぱ」
「譲には栄養不良だって怒られそうだけれどな」
「ホントに」
 望美は譲が怒る姿を想像しながらくすくす笑うと、ラーメンを啜った。
「だから、ちゃんと料理は上手くなってろよ」
「え?」
「俺を栄養不良にしないためにもな」
 将臣を栄養不良にしない。
 言葉の意味にはたと気付いてしまい、望美は真っ赤になってしまった。
「…努力します…」
「ああ」
「だけど、将臣くんが料理を上手くなってくれたら良いんだけれどなあ…」
「ちゃんと料理を覚えてくれよ」
「はーい」
 望美の返事の仕方に、やる気が全くないということに今更ながら気付いた将臣は、呆れたように溜め息を吐いた。
「ラーメン食べてお腹がいっぱいになったら、何だか眠くて溜まらなくなっちゃったよ」
「ったく…、本能の赴くままに生きて行くヤツだよな。ここに布団を敷いて、ゆっくりと横になるか」
「賛成! お日様の匂いがするお布団だから、凄く良い匂いがするよー、きっとね」
「そうだな。俺がラーメンの片付けてる間、お前は縁側に布団を敷いておけよ」
「了解」
 将臣がキッチンへと行ったあとで、望美は物干し竿に干されている布団を取り込みにいった。
 布団を抱き締めるなり、その香りを嗅いでみる。
「あ、将臣くんとお日様の匂いがする」
 嬉しくて甘い匂いに、望美はにんまりと笑う。
 布団を顔に思い切り埋めて、こころからの幸せを感じていた。
 布団を縁側に広げると、望美は喜び勇んだ歓声を上げながら布団に倒れ込む。
 ふわふわしていて気持ちが良いのと同時に、何よりも大好きなひとの香りが嗅げるのが嬉しかった。
「気持ちが良いうえに、幸せー」
 望美はベッドの上で手足をばたばたとさせながら、幸せに浸っていた。
「お前が一番乗りかよ」
「だって取り込んだのは私だからねー」
 望美の横に将臣はどっさりと横になると、軽く抱き締めてきてくれる。
「俺はこっちのへうが気持ちが良いと思うけれどな」
「もう…。だけどこうやってゆっくりと眠るとホントに気持ちが良いもの」
 望美は将臣に甘えるように躰をすり寄せると、目を静かに閉じた。
「…ゆっくり眠れよ。昼間寝たら、夜は眠くならなくなるだろうから、その時は俺がたっぷりと付き合ってやるよ」
「もう、えっちだなあ、将臣くんはっ!」
 望美はくすくすと笑いながら、将臣に躰をすり寄せて行く。
「当然だろ? 俺の寝床を提供してやるんだからな」
「はい、はい」
 望美は将臣の腕のなかでまんまるになりながら眠りに落ちる。
 まるで小さな頃と同じように、優しい夢を見るために目を閉じた。





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