最初に将臣くんを異性として意識をしたのは、何時からだろう。 余りに近くに居過ぎていたせいか、素敵な男の人に成長していることに気付かなかった。 将臣くんをきちんと観察するのに誰よりも出遅れてしまって、一番近い異性の筈なのに、一番遠い存在になってしまっている。 掃除当番が終わって、やれやれとばかりに教室に戻ると、海に反射した眩しい光が、教室に真っ直ぐと注ぎ込んできた。 思わず目をすがめると、その先には将臣くんが白いカッターシャツを脱いでいる光景が飛び込んで来た。 夕陽を浴びた将臣くんは、見とれてしまうほどに綺麗で、私は魂を吸い込まれる。 教室に広がる甘酸っぱい夏の匂い。逞しく筋肉が綺麗に盛り上がった胸元、そして彫刻のように華麗なシルエット。 どれを取っても、喉がからからになるぐらいの緊張と熱さを、私にもたらしてくる。 声を掛けることなんてことも出来ずに、ただ私は、見事な芸術品を見るように見つめていた。 こんなにうっとりとしてしまうほどの色香と美しさなんて、経験したことがない。 それがこんなにも身近な存在だなんて、今まで気付かなかった。 もったいないことをしたかもしれない。 余りに私が夢中になって見ていたせいか、将臣くんは直ぐに視線に気付いてきた。 一瞬、驚いたように目を開いたが、直ぐに私を真剣なまなざしで見つめて来た。 そんなにも長い間、見つめあってはいなかったように思うけれど、私にとっては長い時間に違いはなかった。 琥珀色の時間に囲まれた私たちは、どこか時間の流れとは一線をかくした場所にいるような気になる。 将臣くんに今すぐ抱き締めて欲しい。 将臣くんに思い切りキスをして欲しい。 私の内側から、熱く鉄のように燃え盛る想いが込み上げて来た。 暫く見つめあっていた後、将臣くんはふといたずらな目線を私に送ってきた。 「望美、ノゾキかよ。そんなふしだらな娘に、お母さんは育てた思いはないですよっ!」 わざと将臣くんがオバサン口調になるものだから、私は陶酔した感覚から現実に戻る事が出来た。 ほんの少し将臣くんを睨み付けた後、顔を真っ赤にしながら歯向かう。 「ちょっ…! 将臣くんっ! 教室を更衣室扱いしないでよっ!」 「…いいじゃねぇか。俺とお前の仲なんだし」 「それとこれとは話が別でしょう!」 ドキドキしながら声を荒げて、私がムキになっていると、将臣くんは余裕があるのか、こちらをからかうような視線で見つめて来た。 「幼馴染みはトクベツだろ?」 「そ、それはそうなんだけれど、恥ずかしいというか…、その…」 私はどう答えて良いかが分らなくて、しどろもどろになってしまいた。 将臣くんはフッと艶やかな笑みを浮かべた後で、素早くカッターシャツを着てしまう。 カッターシャツに袖を通す仕草ですらもとても官能的で私は無意識に生唾を飲み込んでいた。 「着替え、完了! お前、今から帰るんだろ?」 「そ、そうだけど…」 「戸締まりしたら一緒に帰ろうぜ」 一緒に帰るなんてことは本当に何でもないことのように言うと、将臣くんは鞄を手に取った。 私は息を飲み込むと、ただ将臣くんに頷いてしまう。 幼馴染みに対して、こんなに意識をしたうえに緊張したのは、今までなかったかもしれない。 「じゃあとっとと帰ろうぜ」 「うん」 いつもは意識なんてしたことはなかったのに、今日の意識のしようは、ハッキリ言って異常だ。 私がモタモタと片付けるのを、将臣くんは辛抱強く待ってくれた。 私たちは、まるで付き合い始めたばかりの恋人たちのように、ある意味ぎこちなく歩いていく。 今朝まではあんなに自然だったから、怪しいこと極まりがなかった。 江ノ電の駅に着くと、駅前の自販機で冷たいアイスクリームを買う。 「やっぱバニラは王道だよな」 「私はソーダ味にしたよ。だってサッパリした感じで良いじゃない」 私はソーダ味を舐めながら、こころも口のなかも少し冷やしたかった。 このまま熱いままでいたら、将臣くんに襲いかかってしまったかもしれないから。 溶けにくいバニラアイスを食べる将臣くんを見ていると、感覚がアンバランスになっていく。 私は馬鹿なことに、バニラアイスクリームになりたいだなんて考えたりもしていた。 江ノ電に乗り込んで、いつものように窓側をふたりで占拠をしても、いつも以上に将臣くんを意識してしまう。 「…なんだよ、バニラ食いたいのかよ?」 将臣くんが、小さな女の子を見るような目付きで、私を見つめて来た。 「え…?」 「すげぇ物欲しそうな顔をしているから」 将臣くんはくつくつと少年のように笑いながら、私を試すように見つめている。 「食えよ。バニラアイス」 将臣くんは、自分が齧り付いたところを、わざと私に差し出してきた。 ドキドキし過ぎて、私はどうして良いのかが、分からなくなる。 将臣くんの唇と、バニラアイスにクッキリとついた噛み痕を意識してしまう。 唇までからからになってしまい、私は舌先で唇を湿らせた。 「…ほら、溶ける」 「う、うん」 アダムが禁断の果実を食べるときには、こんなにも緊張してしまったのだろうか。 私はそんなドキドキを感じながら、口を大きく開けて、バニラアイスに齧り付いた。 禁断の甘さが痺れてしまうほどに口腔内に広がっていく。 総ての感覚が、バニラアイスの甘さに侵されていくようだ。 とっても気持ちが良いのに、何だかドキドキが苦しい奇妙な感覚だ。 バニラアイスから唇を離すと、将臣くんは一瞬、眩しそうに私を見つめた。 「お前が食った分、俺も貰うからな」 「いいよ。はい、どうぞ!」 将臣くんはスッと目を細めるように笑うと、私が差し出したソーダ味のアイスクリームを大きな口を開けて噛み付いた。 「あっ!」 かなり大きな口を開けたので、私のアイスクリームは殆ど食べられてしまった。 びっくりするぐらいに食べられてしまい、私はほんの少しだけ切なくなる。 「…折角のアイスクリームなのにー! 殆ど無くなっちゃったじゃないっ!」 私が目くじらを立てて怒ると、将臣くんは平然と笑った。 「しょうがねえな。返してやるよ」 「うん、返して」 私はてっきり買って返してくれるものだとばかり思っていたのに、返してくれたものは…。 いきなり過ぎたから、こころの準備なんて出来ているはずもなかった。 将臣くんは躰を屈めると、私の唇をそっと奪った。 一瞬過ぎて、きっと周りのひとは気付かない。 ほんのりと冷たくて甘いキスは、ソーダ味のアイスクリームの味がする。 ファーストキスがアイスクリーム味だなんて、何処かロマンティックかもしれない。 だけど私はそんなことを思う余裕もなくて、ただ呆然と将臣くんを見つめた。 「…ごちそうさん」 将臣くんが甘く微笑むと、真っ赤になって突っ立っている私の手を握り締めてくれた。 甘くて幸せなキス。 私たちが幼馴染みを卒業した証でもあった。 |