*決して…*


 もう二度と離れない。

 結んだ手は二度と離したくない。

 将臣は強く想いながら、望美を抱き締めて眠る。

 望美を離したくないから、抱き締めるだけでは、物足りなくて、その手もしっかりと握り締めて眠る。

 幼馴染みで、気づいた時には、愛しすぎていた。

 どんなに愛しているかなんて、語ることが出来ないぐらいに愛しく思っていた。

 愛すること、恋することに、理由なんかないことを、望美が教えてくれた。

 離れ離れになり、敵対しながらも、愛を棄てることが出来なかった。

 時空を越えても恋をして、ようやく結ばれたたったひとつの恋。

 かけがえのない愛。

 だから、二度と離さない。

 鶴岡八幡宮で結婚式を挙げて、もう二度と離れないと誓った。

 離れないという確約を貰った。

 それでも、こうして望美を抱き締めて、手を握り締めていないと眠ることが出来ないのは、いつか消えてしまうのではないかという不安が、トラウマのように染み付いているからかもしれない。

 愛しいと思うのも、恋しいと思うのも、総て望美だけだ。

 今までもこれからもずっと。

 離れないのは解ってはいるし、離す気もない。

 なのに。

 あのときのように不可抗力が働いてしまい、離れ離れになってしまうのではないか。

 将臣はそんなことを考えてしまう。

 望美の温もりに包まれながら、将臣はゆっくりと夢のなかに落ちていく。

 とても心地好い瞬間だった。

 

 夢を見ていた。

 とても温かな夢だ。

 将臣は温かな空間に、望美と手を繋いで歩く。

 なんて温かくて幸せな夢なのだろうかと、思う。

 まさに、人生もこのようにして、歩いてゆけたらと思う。

 望美とふたりで、温かな人生を歩んでゆけたらと、思わずにはいられない。

 ただ手を繋いで、歩いているだけなのに、幸せで堪らない。

 本当にごくシンプルなことで幸せになれるのは、将臣にとっては、望美がいるからだと思った。

 どのようなことが起こったとしても、望美がいるだけで乗り越えられる。

 望美がいるだけで幸せを感じさせてくれた。

「……将臣くん、もう大丈夫だね?」

 突然、望美が立ち止まり、将臣を真っ直ぐ見つめた。

 見つめる瞳はとても清らかで、迷いがなく澄んだ美しさがある。

「……え、何、言ってんだ、お前」

 将臣は、望美が何を意図しているのかが分からなくて、思わず聞き返してしまった。

「……私がいなくても、大丈夫だってことだよ」

 望美はにっこりと落ち着いた穏やかな笑顔を、将臣に真っ直ぐ向ける。

 いきなりそんなことを言われるなんて、将臣には思ってもみないことだった。

 訳が分からない。

「……お、おい、俺たちは結婚したばかりだろ? 何を言っているんだよ」

 ふざけていると思って、将臣はほんのりと茶化すように言った。

 だが、望美は全くふざけてはいないようだった。

 困ったように笑うと、将臣から手を離す。

 背筋に嫌な汗が滲んでくる。

 思わず放さないように、望美の小さな手を思いきり強く握り締めていたはずなのに、いとも簡単に手を離されてしまう。

「……ありがとう、将臣くん。だけど、私はあなたとはいられないんだ。ごめんね……。将臣くん、ずっとそばで見守っているからね……」

 望美は儚い笑顔を見せると、ゆっくりと幻になって消えてゆく。

「望美……!!!」

 いくら叫んでも、もう望美には将臣の声は聞こえなかった。

 ただフェイドアウトしてゆく、望美の温かなイメージが、美しく霧散するのを見ているしかない。

 金縛りのようになり、将臣は愛する望美を追いかけることすら、出来なかった。

 

 目を開けた瞬間、心臓が跳ね上がり、背中に嫌な汗をかいていた。

 全く陳腐な悪夢だ。

 将臣は苦笑しながら、傍らにいる望美を見つめた。

 将臣の腕のなかで、ちいさくなって安らかに眠っている。

 将臣を離したくないとばかりにしっかりと手を結んでいるところも、本当に可愛かった。

 将臣から絶対に離れないとばかりにくっついているあどけない様子に、将臣はほっと胸を撫で下ろす。

 望美はいつもの望美だ。

 きっと将臣が不安な気持ちになっていたから、見てしまった夢なのかもしれない。

 大丈夫だというのに。

 二度と離れたりしないという自信はあるというのに。

 将臣は腕のなかですやすやと眠る望美を、更に強く抱き締めると、額と唇に甘いキスを贈る。

 すると、望美のあどけない寝顔が、可愛く優しい笑顔になる。

 本当に可愛くて堪らないと、将臣は思った。

 もう一度、甘いキスを唇に贈る。

 すると幸せそうに望美の瞼が、僅かに動いた。

「……ん、将臣くん……」

 甘くて色気のある寝ぼけた声が聞こえたかと思うと、望美がゆっくりと目を開けた。

「……起こしたか?」

「……大丈夫だよ」

 望美はまだ眠気眼ではあったが、将臣だけを嬉しそうに見つめてくれる。

 可愛くてしょうがない。

 本当に離したくない。

 将臣は望美の唇に甘いキスを贈ると、そのままギュッと甘えるように抱き締めた。

 こうしていると、本当に癒される。

「……どうしたの?将臣くん、何かあったの?」

 望美は相変わらずの可愛らしさで、将臣に尋ねてくる。

「……何でも……。お前をこうやって抱き締めたかっただけだよ」

「何だか、怖い夢を見た子供みたいに抱き着いてくるね」

 望美がクスクスと笑いながら、ふわりと抱き返してくれた。

 図星だ。

 認めるわけにはいかなくて、将臣は望美の額に自分の額を、コツンと当てた。

「ガキの頃のお前じゃあるまいし、んなこと、あるわけねぇだろ?」

「そうだね」

 言いながらも、望美は本心を解っているとばかりに、将臣に意味ありげに笑いかけてくる。

「将臣くん、私はずーっと、将臣くんの腕の中にいるからね。振り落とされそうになっても、しがみついて離れないんだからね。死んでも、肉体がなくなって、魂だけになったとしても、私は将臣くんから離れないから」

 望美は確信のある凜とした勝ち気な眼差しを将臣に向ける。

 望美の真っ直ぐな眼差しを見つめると、それは確かだと思う。

 幼馴染みで、神子と八葉で、恋人で、夫婦。

 こんなにも強い結び付きは他にはないと、将臣は思う。

「……そうだな。俺たちは絶対に離れないふたりだからな。たとえ魂だけの存在になったとしてもな」

「そうだよ」

 望美の力強い眼差しと優しい笑顔、そして何よりも凜とした意思に、将臣もまた微笑んで頷く。

 将臣は望美を想いの丈を込めて、強く抱き締める。

 たとえ肉体が消えて、魂だけの存在になっても、永遠に愛は信念は消えたりなんかしない。

 ずっとそばにいる。

 ふたりはこの世界で最も貴い愛を手に入れた。





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