*KISS*


 生まれた時からずっと一緒にいるひと。

 離れた時期もあるけれども、それは運命だったから、仕方がないこと。

 敵対もしたけれども、それも今や過去の話で、人生の宝物になっている。

 厳しい運命を乗り越えた恋だから、多少のことでは揺らがないし、もう二度と離れないことも解っている。

 望美も将臣もそれは解りきっているからか、つい喧嘩をしてしまう。

 

 いくら待っても将臣は来ない。

 ずっと楽しみにしていた映画で、しかもカップルシートまで確保して、ゆったりと見ようと思っていたのに、肝心の将臣は来ない。

 アルバイトが手間取っているのだろうか。

 それとも何かしら事故に巻き込まれたのだろうか。

 そんな無駄な心配をしてしまう。

 もうすぐ映画は始まる。

 だが、将臣は本当に来ない。

 チケットは将臣が持っているから、望美としては待つしかないのだ。

 本当にどこにいるのだろうか。

 段々とイライラしてきた。

 望美は携帯電話とにらめっこする。

 将臣と同じ機種。

 それをいくらじっと眺めても、全くといって良いほどに、何の変化もなかった。

 心配してメールをしても返事はないうえに、電話をしても、圏外か電源が入っていないと告げられる。

 全く困ったものだと、望美は思わずにはいられなかった。

 このままでは映画は始まってしまう。

 予告の間に入れれば良いが、それ以降は駄目だ。

 望美は携帯電話で現在の時刻を確かめてため息を吐いた。

 もうタイムリミットだ。

 将臣は来ない。

 折角、映画館まで来たのだから、見ていこうと思う。

 望美はチケットを買うと、ひとりで映画を見ることにした。

 将臣には、メールで淡々と伝える。

 

 将臣くんへ

 映画が始まる時間になったので、見て帰ります。

 今日の言い訳はまた今度

 望美

 

 望美は入り口でチケットを買うと、目当ての映画を見に行く。

 あんなにも楽しみにしていたのに、今はそれほどではなくなってしまった。

 恐らくは、隣に将臣がいないからだ。

 望美はがっかりとした気持ちを抱きながら、映画を義務のように見つめていた。

 将臣と一緒に見ることが出来たら、本当に楽しかっただろう。

 望美は、将臣がいないと、楽しみが半減することを、ぼんやりと感じていた。

 

 映画は少しも楽しくなかった。

 望美がぼんやりと映画館から出ると、肩を叩かれた。

 顔を上げると、そこには将臣が申し訳なさそうな顔をして立っていた。

「望美、ごめん。折角、お前が楽しみにしていた映画に間に合わなくて……」

 将臣は本当に心から申し訳がないと思っているようで、望美を切なそうに見ている。

「バイトが長引いた?」

「俺と交代で来る筈のヤツが、電車の遅れが出て遅刻して、ヤツが来るまでいることになっちまって……」

 将臣はばつが悪そうに呟いた。

 将臣はアルバイト先でも、なりの働きをしている。オーナーからの信頼もあつく、時給も他の学生アルバイトよりも高く貰っている。

 しかも、アルバイト先はかなり忙しいし、将臣としても困っているひとを放ってはおけない性格だ。

 しょうがないとは思うのだが、何だか寂しい気持ちになってしまう。

 切なくて苦しい。

 頭では将臣のしたことは理解出来るし、らしいとも思う。

 だが、気持ち面では、整理することは出来なかった。

 折角のデートが台無しになってしまったから。

「……お詫びに、飯を奢る」

 将臣はかなり反省しているようだが、望美にはかなりの蟠りがあった。

 恋人として、きちんと理解してあげなければならないのに、それがうまく出来ない。

 連絡もなく待ちぼうけになってしまったのが、悔しい。

 アルバイト中だから難しいのは知っている。

 だが、残っているのだから、事情を話してメールぐらいは出来ただろう。

 それもあり、望美は笑顔にはなれなかった。

 こんなにもこころが狭い自分にもいやけがさしてしまう。

 望美は、何も言えずに、ただ唇を噛み締めた。

 今日のとっておきのメイクも、とっておきのワンピースも、総ては将臣のためのお洒落だったのに。

「……帰るよ」

 望美はそれだけを精一杯言うと、歩き始める。

 一緒にご飯を食べる気分にはなれなかった。

 空を見上げるとグレイの余り素敵ではない色。

 雲が厚くて、今にも泣き出しそうだ。

 望美も勿論、泣き出したかった。

 このまま受け入れると、将臣にとっては都合が良すぎる女になるようで嫌だったのだ。

 幼馴染みだからといって、何でも受け入れることは難しい。

 だからわざと離れたかった。

 勢いに任せて歩いていると、いきなり腕を捕まれる。

 かなり強くて、望美は痛みに顔をしかめてしまう。

 こんなにも力強く腕を掴むのは、将臣しかいない。

「痛いよ……、将臣くん」

「すまん」

 将臣は離すことはせずに、少しだけ力を緩めた。

「帰るから」

「じゃあ、俺のとこに帰ろう」

「なんで将臣くんのところに行かなくちゃいけないの」

「謝るチャンスをくれないのか?」

 将臣に言われると、望美はやはり弱い。

 突っぱねることが出来ないのは、結局は将臣が好きでしょうがないからだ。

 黙ってただ立ち止まると、将臣はそれを同意だと取って、手を繋いでくれる。

「行くぜ」

 望美はそのまま将臣に手を引かれて、家へと向かった。

 

 将臣の家に入ると、望美のお腹が鳴った。

 恥ずかしくて、つい唇を尖らせてしまう。

「腹が減ったのか?炒飯でも作ってやる。中華スープもつけてやるよ」

「……うん」

 まるで子供のように返事をすると、望美は待つことにした。

 将臣は一人暮らしが長いから、手早く炒飯を作ってくれる。しかも美味しいのだ。

「夕食はまた奢ってやるから。今日の埋め合わせな」

 将臣はおおらかに優しく言うと、望美の前に炒飯と中華スープを出してくれた。

 小さくいただきますをした後、望美は炒飯を食べる。

 将臣の炒飯は、母親が作ったものよりも美味しくて、望美はついガツガツと食べてしまった。

 お腹がいっぱいになったら、落ち着いてくる。

 望美は直ぐに食べ終わり、将臣にごちそうさまをする。

「ありがとう、美味しかったよ。ごちそうさま」

 穏やかに望美が言うなり、将臣が背後から思いきり抱き締めてくる。

「ごめんな、望美。お前だからいつも甘えちまう……」

 望美はそっと将臣の手を握りしめて、怒りが鎮まったことを態度で伝える。

 すると将臣は望美にキスをしてくる。

 お互いに何度も何度も唇を重ねてキスをする。

 甘いキスの熱が、ふたりから蟠りをとろかしてくれる。

 ふたりにしか解らない甘い仲直りの儀式は暫く続く。

 外は雨が降っても。





モドル