将臣はかなりモテるくせに、特定の彼女を作らない。 よく話す女の子はいるが、その子が友達に昇格したことすらない。 まるで女の子との間に、柔らかな境界線でも持っているかのようだ。 それは七不思議。 将臣の女友達といえば、幼馴染みの望美ぐらいなのだ。それは誰もが認めるところだ。 望美が特別なのかといつも訊かれるが、その度に「ただの幼馴染み」と答えるだけで、肝心なところを教えてはくれない。 それで出た噂が、将臣が“ホモ”ではないかだとか、いやいや年上の美人な思い人がいるとかや、様々な憶測が飛んでいる。 とうの将臣はと言えば、余り人の噂など気にならないとばかりに、平然としていた。 ただ困ったことと言えば、その気を持っている男達に告白されていること。 「…身から出たサビとは言えな、男から告られたり、体育の時に襲いそうな目で着替えを見られた日にゃ、流石にキモチ悪ィぜ…」 将臣は困ったように珍しく溜め息を吐いた。 「身から出たサビ…ではないと思うけれど、将臣くんはモテるのに、女の子から沢山告られるのに断ってしまうからだよね…。ちょっと嫉妬もあるかもね」 望美が苦笑いをしながら呟くと、将臣は眉を上げる。 「…だからって変な噂を流して良いってわけじゃねぇだろう? やっぱちゃんとしなくちゃならねぇのかな」 「ちゃんとするって?」 「…まあ、色々とな」 将臣はちらりと望美を見た後、溜め息を吐いた。 「ま、人の噂も七十五日だが…、俺もちゃんとしたいって思っているしな」 「何? ちゃんとしたいって…、誰か意中のひとでもいるの?」 「ま、それに近い感じだが…、相手にちゃんと言ったことはねぇな…。今回のことで、相手が別に俺を誤解していないことは知ってはいるが、ちゃんと伝えないと、変な虫もつきかねないし」 将臣はひとりで納得したように何度も頷いている。心臓のリズムがおかしくなるのを感じながら、望美は聞いていた。 そこまで大事なひとがいるのだということなのだろうか。 胸騒ぎがする余りにこころが痛い。 「将臣くんは…、そ、そのひとに告るの?」 「告る…か。ま、そういうことになるんだろうけれど、相手は俺に告る隙すら与えてはくれねぇからな」 「…そ、そんなにガードが高いひとなんだ…」 「いいやガードは低いし、無防備。どんな男に引っ掛かるか解らねぇ危うさがあるからな…。ま、正直、何とかしようかとずっと考えていたのはいたんだけれどな…」 将臣をここまで迷わせる、無防備で魅力的な女の子はだれたのだろうか。想像するだけで、望美のこころはキュンと音を立てて縮こまってしまう。 息が苦しい。 その女の子のことを考えているだろう将臣の横顔を見つめているだけで、泣きそうになる。 他の女の子のことを考えている将臣の横顔は、いつもよりも悩ましくて素敵だった。 そんな顔をしないで。 ただの幼馴染みであることを思い知らされてしまうから。 いつもただの幼馴染みだと言われることが、辛くて辛くて堪らなかったのに、何もアクションを示せないでいた。 望美があれこれと考えていると、将臣がこちらをじっと見ていることに気付く。 望美の向こうにある何かを見ているような瞳は、どこか艶めいていて、切ない爽やかさがある。 望美はドキリとした。 なんて瞳で見ているのだろうか。 こんなに甘く切ない瞳で見つめられたら、どのような女の子も落ちてしまうだろう。 そんな瞳で想われるなんて、とても羨ましい。 一緒にいるのに。自分だけが違う空間に投げ出されてしまった気分だ。 「…将臣くん、きっと…、そのひとも将臣くんのことを解ってくれると思うよ。きっと、上手くいくって」 笑いながらしか言えない。 好き過ぎて嫌われたくないから、優しくすることしか出来ない。 どうしてこんな風になってしまったのだろうか。 将臣への恋心は、望美を確実に弱くしてしまう。 「…いいや。遠回ししても解らないやつなんだよ。だからストレートで言わなくちゃならねぇんだろうけれど…、なかなかそれがな…」 将臣は更にじっとこちらを見ている。 本当にお願い。 お願いだから、そんな瞳で見つめないで欲しい。 こちらがどうにかなってしまうから。 「…大丈夫だよ。きっとストレートに言えば伝わるだろうから」 「…そうかな…。そいつは誰もが分かりやすいって思うことをしても、全く気付かねぇんだよ」 将臣はスッと目を細めると、ゆっくりと望美を見つめた。 「お前ならさ、こうして触れられたり、見つめられたりしたら、その男の想いに気付くか?」 将臣の男らしい指先が、望美の顎のラインをなぞってくる。 まるで時間が止まってしまったかのように、望美は身体を硬くさせる。 どうして? ただの幼馴染みなのに、こうして誘惑しているように見つめて来るの? こんな風に見つめられて、触れられたりしていると、勘違いをしてしまう。 「…将臣く…ん…」 声にならないほどの小さな声で、望美はその名前を呼ぶ。 肌が心臓が細胞が震えて来る。 「…将臣くん、そんな風に触れられて、見つめられたら…」 「熱くなる?」 いつもよりも情熱を帯びた声に、望美は頷くことしか出来ない。 「…お前、俺を幼馴染みだと思って、安心する余りに油断してねぇか?」 油断をしていないと言われたら嘘になる。 小さな頃からずっと一緒にいたから、変なヴェールが出来る前に、こころを完全に開くことが出来ていた。 だからなのか将臣に対しては、当たり前ではないことが当たり前になっていたのかもしれない。 「…ま、将臣くんに、そ、そんな気持ちをさせる女の子、わ、私が叱って上げるよ…。私の、大事な幼馴染みにそんなこと、しないでって…」 切なさと戸惑いと恥ずかしさで感情が混沌とし過ぎて、望美は胸がいっぱいになる余りに、言葉を上手く発することが出来なくなる。 「私がちゃんと言ってあげるから、そのひとは誰?」 声が変にうわずってしまい、それ以上は上手く言えない。 「…無防備で、おまけに無鉄砲なやつなんだよ。ホントにどうしようもねぇぐらいに鈍感な女なんだが…、それでもお前は叱れるか?」 将臣の声は時よりとても優しく響いて、望美を追い詰める。 そんなに好きなのだろうか。それほどまでに相手を大切に思っているのだろうか。 「…将臣くんの好きなひとって…」 聞きたいけれども、聞きたくない。複雑に感情が絡んでしまいぐるぐると目まぐるしく回る。 「…教えてやるよ…」 将臣が掠れた声で耳元で囁いて来る。 ダメだ。限界だ。 そう思った瞬間、唇が塞がれた。 何が起こったか分かるまでに数秒は要したかもしれない。 キスされている。 触れて、唇から熱を奪うようなキス。 将臣が薄く笑いながら唇を放しても、望美は暫くぼんやりとしていた。 「…気付けよ…俺の気持ちに…。鈍感女…」 将臣流の愛情がたっぷりと入った言葉に、泣いて良いのやら、笑って良いのやら解らない。 何とか笑うと、望美は勇気を沢山こころに溜め込んで、将臣に抱き付いた。 「…大好きだよ、将臣くん。キス…嬉しかった…」 「俺も好きだぜ。女としてな」 将臣は望美が抱き付くよりも更に強い力で抱き付いてくれる。それがとても嬉しかった。 「…ただの幼馴染みって言われてたから、不安で切なかったんだよ…」 「そうしないとお前に迷惑がかかるからな」 将臣は笑みが滲んだ声で囁いてくれると、望美の顔を覗き込んだ。 「これで変な噂は立てられなくて済むな…。これでもずっとお前にミサオを立てていたつもりなんだけれどな」 「有り難う」 将臣はフッと笑うと、再び唇を重ねて来る。 正真正銘の愛の籠ったキスを。 |