彼と彼女の日常


「望美は有川くんと付き合っているんだよねぇ」
 しみじみと友人に言われ、望美ははにかむように頷いた。
「そうだよ」
「だよね。だけど、お互いに”ただの幼なじみ”って言っていた時と、余り変わりはないような気がするんだよね」
「…そうだね」
 付き合い始めて、もちろんどこにでもいる恋人たちのように甘い時間を過ごしている。
 だが将臣がベタベタとするのを、人前では余り好まないせいか、学校では、普段と余り変わらないのだ。
「幼なじみのままって思っているひとたちも多いんじゃないかなあ。あなたたちらしいけれど」
「そうだね」
 友人に言われるまで、自分たちは甘い蜜月を過ごしているように見えると思っていた。ひとの考えているイメージと、自分たちが考えているのではとても違うと思った。
 いつものように一緒に途中まで帰る。
 将臣はアルバイトがあるから、デートなどせずにそのまま鎌倉駅前で別れるのだ。
 これも幼なじみだった頃と同じだ。
「将臣くん、私たちって学校のみんなから見ると、付き合っているって見えないって」
「まぁ、あいつらは俺達がずっと幼なじみなのを知っているからな。普段と変わらないから、そう思うんだろ。俺達のなかじゃ、全然違うんだけれどな」
「そうだよね」
 江ノ電にとろとろと揺られながら、ふたりは楽しくのんびりと笑う。
「だけどこれが厄介な場合があるんだよな」
 将臣はちらりと望美を見た。
「何で?」
「懲りずにお前を狙っている奴が多いってこと」
 将臣は神妙な表情をしながら、眩しそうに目を細めた。
「そんなことないよ。将臣くんこそ、モテモテイケメンじゃない。女子に人気あるんだから」
「そんなことない」
「そんなことある」
 望美がプイッと怒るように視線を反らせると、将臣は嬉しそうに見つめてくる。視線が少しだけ親父臭い。
「妬いてるか?」
「まさか。いつものことじゃん」
「その気はねぇよ」
 ふと将臣は笑みを引っ込めると、望美を引き寄せてきた。
「な、何よっ!?」
 普段はしない恋人の仕種をされたものだから、望美は狼狽してしまう。真っ赤になって視線を探してしまうぐらいだ。
「…お前、隙が多すぎ」
「ま、将臣くんがそうさせるんじゃない」
「いいや。他の男もお前を狙っているんだから、あんまり隙を見せるなよ?」
 甘さと厳しさを含んだ低い声で、将臣は望美を叱るように言う。甘い厳しさは嫉妬の香りがした。
「そんなことないよ」
「そんなことある」
「妬いた?」
「まさか」
 望美はにんまりと笑いながら将臣を見つめ、うっすらっ朱くなった瞳の周りで、ヤキモチを妬いていることを確認した。
「…気をつけろよ、ともかく」
 理不尽にも額を指で弾かれて、望美は不本意な気分になった。
 鎌倉駅でふたりは別れる。
「…マジで、隙を見せるなよ、バイトがなかったら、お前を襲っちまうぐらいに、隙だらけなんだからな」
「そう思うのは将臣くんだけだよー。じゃあバイト頑張ってね」
「おう。今夜、お前の部屋に行くからな」
「満月でもないのに狼さんは尻尾を振ってやってくるんだ」
 からかうように望美が言えば、また将臣に額を弾かれた。
「ったく、満月はお前だからだろ」
 将臣は笑うと、手を上げてアルバイト先に歩き出す。
 望美はその背中を見送ってから、ぶらぶらと家に帰った。

 くつろいだ安らぎの時間である就寝前、例のごとく、僅かな隙間をアクロバットのように渡り、将臣が望美の部屋にやってきた。
 何故かふたりの部屋の間だけ、殆ど隙間がない状態になっている。
 故意なのかどうなのかは、ふたりには解らないけれども。
「望美、来たぜ」
「うん、いらっしゃい」
 将臣は部屋に入ってくるなり、望美の背中を包みこむように抱きしめてきた。
 背後から回された腕を、望美は自分のものと重ね合わせていく。
「気持ちが良いね…」
「そうだな。お前は柔らかくて、温かいからな…」
 こんなに優しくて胸の奥が切なくなる抱擁を、望美は識らない。
「バイトどうだった?」
「心地良いお疲れって感じだな」
 将臣が凭れるように、望美の躰に密着してくる。この優しい甘え方が望美は大好きだ。
 出来たらずっとこういう風に甘えて貰え、癒していけたらと思う。
 いつも男っぽくてクールな将臣が、疲れを癒すために甘える相手は自分だけだから。
 それを識って、ひどく心地が良い。
「望美…」
「お疲れ様」
 いつしか腕の中で躰を抱えられて、向き合う形にされる。
 唇を甘く重ねられて、息が乱れた。
 冷たかった唇はとたんに熱くなり、命を刻み始める。
「…したい」
「…うん…」
 柔らかな情熱に包まれたふたりは、もう止めようがなかった。


 少しだけ寝不足でも、お互いに心を預け合い、愛し合った後の朝は、とても心地が良い。
 何時ものように起こしにいって、何時ものように登校をする。
 幼なじみだけだった頃と同じ日常があるから、”あまり変わらない”と思われるのかもしれない。
 普通の恋人達よりも、”やることはやっている”のにと思ってはいても。
 ありきたりを繰り返しているから、自然に思われるのかもしれない。

 体育の時間、望美は頭がぼんやりとするのを感じた。朝から喉が痛かったが、それほど気にはしなかった。しかし、ここに来て、かなり調子が悪い。
「大丈夫、望美? 今日は男子と一緒にマラソンだよ。あんまり無理をさせないほうが良いと思うけれど…」
「大丈夫だよ」
 笑顔で言ってみるが、走れるか少しだけ不安だ。何とかなるだろうと思うところもあるので、頑張ってみることにした。
 準備体操を念入りにして緩やかに走ってみる。すると、本当に気分が悪くなってきた。
 くらくらする。
 限界だと、立ち止まろうとした瞬間、躰がゆらゆらと揺れた。
 このまま転んでしまう。
 怪我をするイメージが浮かんだ瞬間、躰がふわりと宙に浮き上がる。
「ったく、あんまり無理すんなよ」
 将臣は苦笑すると、望美を抱き上げたまま歩き出す。
「先生、コイツを保健室に連れて行くから」
 クラスメイトの視線に曝されながらも、将臣は堂々と歩いていく。
「ま、将臣くんっ! 歩けるよ…。少しぐらい…」
「無理すんな。なあ…」
 将臣は望美にしか聞こえないぐらいの小さな声で呟く。
「昨日、無理させちまったからか?」
「バ、バカっ! 何を言うのよっ!」
 顔から火が出そうになる囁きに、望美は思わず噛みつく。
「だってマジじゃねぇか。お前を寝かすの遅くなったし、この寒いなか、裸にさせたし…。だから、責任取らねぇとな」
 しれっと言う将臣に、望美はまたぷりぷり怒ってしまう。
「もう、バカなんだから…」
「だがこれで良いだろ? お前を掻っ攫うように保健室に連れていったことで、俺達が恋人同士だってことを宣言出来て。これでおかしな誤解ははくなるはずだ」
「そうなったらいいけどね…」
 望美は、今度こそ将臣と自分が公認の恋人になれれば良いと思う。
 誤解なく、誰もがふたりが恋人同士だと羨む仲に。

 だが結局。
 望美が倒れたところを抱き留めて保健室に運んだことが、将臣の株を上げ、益々ファンが増えるはめになってしまった。
 状況は変わらない。
 だが、楽しく幸せであればいいかと、思ってしまうふたりだった。
コメント

十六夜ED後のふたりの日常です。





top