告白


 白龍たちを時空に送り出し、将臣の姿は元の十七歳の姿に戻った。
 海外出張から戻った将臣の両親も何も不審がることはなく、極楽寺のラーメン屋で遭ったクラスメイトも普通に接することが出来た。
 何時もの日常が戻ってきた。
 学校も始まり、いつもの生活サイクルになる。
 いつも通りのようで、いつも通りではない。
 新たな時間が始まったような気がした。
 強いて言うならば、もう一度生まれ直した感じだ。
 あの時空での出来事は時間の流れとは別の場所に眠る大切な記憶。それが生まれ変わりに影響しているのは、将臣の雰囲気の変化を見れば解る。
 以前と変わらない姿のはずなのに、その雰囲気はぐっと大人びている。
 前から、その容姿端麗さと、そつなくこなすさりげない頭の良さ、さらには男気があるということで、恋する女の子は多かった。だかそこに大人びた雰囲気が加わり、無敵のイケメンが誕生してしまった。
 以前にも増して、将臣に恋する女の子が多くなっている。
 それに伴い、”幼馴染み”である望美を欝陶しいと思う女の子が多いのは確かだった。
 それなりの悪意を受けてしまうこともある。
「望美、帰るぞ」
「あ、うんっ!」
 将臣は校内から望美の手をしっかりと取ると、校門に向かって引っ張ってくれる。さりげなく、依然と変わらないように。
 これは、悪意を向けてくる女の子たちへの牽制であることを、望美は充分に解っていた。
 最近、望美が廊下を歩いているだけで脚を引っ掛けてきたりする輩が、後を立たないからだ。
 それをガードするように将臣は望美と手を繋いで、堂々と下校するのだ。そのナイトぶりにまたファンが増え続けているのは言うまでもない。
「有り難う。将臣くん、いつもごめんね」
 望美は申し訳が立たなくて、切ない気分になる。相手のモラルの問題で、別に将臣が悪いわけではないのだ。
「お前を護るのは俺の役目なんだから、謝るなよ」
「有り難う。八葉のお役目が終わっているのに、本当に有り難う」
「役目なんか関係ねぇよ」
 将臣は苛々するかのようにぶっきらぼうな口調で言うと、余計に望美を傍によせた。
「なぁ、俺の雰囲気はそんなに変わったか? 白龍にはちゃんと元に戻してもらったはずなのに、休みあけたらこの騒ぎで、ったく…」
「今度のバレンタインは凄そう」
「俺は受け取る気はねぇよ」
 将臣はきっぱりと言い切ると、望美を強引に連れて学校の坂を突っ切っていく。
「どうして?」
「どうもこうも、お前に悪意を持つやつは、俺の好みじゃねぇってこと。ああやって卑怯な手を使うだけでむかつく」
 怒る将臣は相変わらず”柄が悪い”ところがあるが、自分のために怒ってくれるのが誇らしく、うれしくもある。甘い、くすぐったい感覚だ。
「みんな、それだけ将臣くんが好きだってことだよ」
「そんな気持ちはいらねぇ」
 将臣はかなり不快に思っているようで、眉間にシワを寄せている。それがチャームポイントだと思えるところをみると、相当、将臣のことが好きなのだと思った。
「じゃあ、将臣くんはどんな気持ちが欲しいの?」
「どんなのがと訊かれても、気持ちじゃなくて、 相手だぜ、重要なのは」
 将臣はじっと熱い眼差しで見つめてくるものだから、望美はドキリとした。
「誰か特別な…ひ、ひとはいるの?」
「特別か…。お前はどうなんだよ」
「わ、私は…」
 特別なひとは、目の前にいて、護るように手を繋いでくれているひと。つい無意識で将臣を見上げた。
 こちらを見つめ返す将臣は、胸が爆発をして溶けてしまうぐらいに艶やかで、ときめかせてくれる。
 頬を赤らめてドキドキしながら見つめていると、将臣はふっと複雑な笑みを零した。
「…そんな目で他の男を見るなよ? 俺だからいいけれど、みんな、勘違いをしちまうからな」
 将臣は望美の額を指先で弾いたが、その響きは冷たかった。
 何故だか、寂しくなる。
 まだきちんと告白をされたわけではないが、将臣には少しは大切に思ってくれていると、心の奥で思っていたというのに。
 なのに気がないような言葉を言われ、望美の心はひどく沈んだ。
 きっとうざいと思われている。ならば、離れたほうがいい。
「うん、気をつけるよ。将臣くん」
「何だよ」
「これからうんとうんと気をつけるから、こうやってガードをしてもらわなくても大丈夫だよ。だって、わ、私が気をつければ良い話だし…」
 途端に将臣はあからさまに不機嫌な顔をする。
 将臣はいったい、どう思っているのか、少し不安にすらなる。
 ときめかされたり、切なくされたり。
 真、恋する心は忙しい。
「…ったく…お前は何も考えなくて良いんだ。お前に非はねぇからな。これは俺のせいだから、遠慮することはないんだ」
「…将臣くん…」
「それとも、お前はこうして手を繋いでいるのを見られたくねぇ相手でもいるのか?」
 将臣の整った顔が、冷たい怒りを湛えている。望美は恐ろしいのに魅力的で、見つめずにはいられなかった。
「誰に見られても構わないよ。私は…。将臣くんは…どうなの?」
「俺も構わない」
 キッパリと将臣は言い切ると、望美の手をしっかりと握り締めてくる。
「俺達は中途半端だから、ちゃんと言ってはいねぇから、誤解を受けるのかもな。幼なじみだから仕方ねぇけれど、ただの幼馴染みにしては親密すぎて、恋人同士にしては隙がありすぎる・・。だろ?」
「そうだね」
 もう一歩進めたい。なのに、将臣の気持ちを考えると、一歩進む勇気が得られない。
 望美は、この、「友達以上恋人」未満で、「特別な幼馴染み」から抜け出せない関係が、苦しくて切ない。
「…お前を危険に晒させないには、方法は…二つしかねぇよな」
 将臣は望美を引っ張りながら、七里ヶ浜に下りていく。
 遠くにはサーフィンをする若者、上の道路には同じ高校の生徒がいる、いつもの日常。
「二つの方法って何?」
「…お前と冷たい幼馴染みの関係になるか…それ以上になるか…」
 風が凪になった。
 時間が止まる。
 望美は将臣をじっと見た。
 それ以上の関係。それは恋人しかない。
 あの時空から帰ってきてから、幼馴染みにふたりは、じれったいぐらいにゆっくりとその距離を詰めてきた。
 そうして、恋人とのギリギリの境界線まで恋の距離を詰めてきたのだ。
「…この繋いで手を、今更俺は離す気はねぇけどな」
「…私だって、離す気はないよ…。だったら選択肢はm一つしかないじゃない?」
 鼓動を烈しく鳴るのを感じながら、望美は頬を赤らめながら微笑んで見せた。
「意見の一致だな」
「…そうだね…」
 将臣はフッと優しい表情になると、腰をかがめて望美と目線をあわせてくる。いきなり、唇が近づいてきて、望美はロマンティックな焦った。
「ま、将臣くん…、みんなが見てるよ?」
「恋人宣言みてぇで良いだろ? 好きだぜ、望美」
「うん…。私も好きだよ…」
 唇が重なる。
 初めてのキスは、湘南の香りと歓びの味がした。

 翌日から、望美は意地悪をされることもなくなった。
 あのキスはみんなの噂になり、誰もがふたりが恋人同士と認めざるをえなくなったようだ。
 もう心配ない。
 だが、将臣は相変わらず、帰るときにはしっかりと手を繋いで、望美を護ってくれている。
 それが永遠に続くだろう甘い日常。
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「迷宮」ED後の日常です。





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