夏の忘れ物


 新学期が始まる頃、学校前の海岸からは浜茶屋が撤去され、夏の騒ぎなど、うたかたの夢のように消え去る。
 毎年二学期が始まると、恒例行事として、海岸のゴミ拾いがある。
 望美も将臣も、今年でこの行事も最後になる。
 ふたりは大きなゴミ袋と金挟みを片手に持ち、七里が浜に下り立った。
 海岸に転がるゴミは、夏の乱痴気騒ぎを思い起こさせる。お祭りのように派手でキラキラしていた鎌倉の夏も終わり、これからはサーファーと紅葉のしっとりとノスタルジックな秋を迎える。
「まだ海に入れちまうぐれぇに暑いよな」
「ホントだねえ」
 望美も将臣も手でパタパタと顔を扇ぎながら、砂浜のゴミを拾う。
「コーラのペットボトルに…、えっ!? これ…」
 砂浜に埋もれるテカった素材を見るなり、望美は目を丸くした。
「将臣くん、これ…」
「何だよ」
 望美は金挟みで砂を除けながら、テカった物体を掘り出していく。その様子を、将臣もまた真剣に覗きこんできた。
 子供の頃特有のドキドキとワクワクを思い出す。得体の知れない不思議なものを発見したときの、言葉に表すことが出来ないほどの高揚だ。
 ようやく掘り出して、望美はテカった物体の端を、やんわりと摘んで引っ張り出した。
「海水パンツ!?」
 「誰だよ、んなところに捨てて帰ったヤツは!」
 困惑気味の望美を尻目に、将臣は大爆笑している。
「マジ誰だろうな? こんなところに海パン落として行ったら、茶屋に戻るの大変だったんじゃねぇか!? フル…っんぐ!」
 将臣にこれ以上下品なことは言わせまい。望美は思わずその唇を塞いだ。
「女の子の前で、そんなことを言わないでよー」
「悪かったな、デリカシーのかけらも持ち合わせていねぇ男で」
 くつくつと喉の奥を鳴らしながら、おもしろがっている将臣に、望美は背を向ける。
「もう、バカなんだから…」
 望美は怒っているのに、ついにんまりと笑ってしまう。それはきっとそれだけ将臣が好きだという証拠なのだろう。
「だけどこんなとこに海パンなんてな。ひと夏の恋で、羽目を外したか」
「将臣くんじゃまるまいし、それはないよ」
「お前じゃあるまいしそれはねぇか」
 ふたりは同じ方向を見て、同じリズムで呟く。もう18年も幼なじみをやっているのだから、そのコンビネーションは夫婦漫才並だ。
「…あ、あれは将臣くんが悪いんだからね」
 喉をわざと鳴らして、望美は口を尖らせる。
 この夏も一度だけは海に遊びに行こうと向かった海岸で、ふたりはお約束にもひとには言えないようなことん繰り返してしまった。
「お前だって羽目を外して楽しそうだったじゃねぇか。同罪、同罪!」
「もうっ! キライ!」
 望美の膨れ面の”キライ”が本当の嫌いではないことぐらい将臣はよく解っているせいか、こうしてからかってくるのだ。
「しっかし、こんな所で海パン落とすなんてな」
 将臣は苦笑いしながら、マジマジと海パンを眺める。まるで研究材料でも見るかのようだ。
「しっかし、こんなピチピチパンツ、相当自分のに自信があるヤツしか穿けねぇよなあ。すげぇ強調するもんな」
 将臣はしげしげと眺めながら、感心するように呟く。
「もうっ! えっち!」
「変なことを想像するお前のほうが、余程スケベだって」
 将臣がからかうようにニヤニヤと笑ってくるものだから、望美は余計に腹が立った。
「おい、これ」
 不意に将臣が声を潜め、視線で海水パンツの縁をなぞった。望美も真剣にその場所を辿り、目を剥く。
「何よこれーっ!」
 そこを見るなり思わず吹き出してしまった。
 ちょうどゴムが入ったラインの内側に”ひまわりぐみ・やまだしんのすけ”と書かれている。
「ガキのかよ、だったら納得だな」
「そうだねー」
 ふたりは顔を見合わせて大声で笑う。余りに可笑し過ぎて。お腹がぐにゃぐにゃになってしまうほどに笑った。涙なんて珍しいものも出てくる始末だ。
 望美は袋の中に海水パンツをぽいと捨てても、まだ笑えて仕方がなかった。
「将来は大物決定だな。しんのすけ」
「ホント!」
 ふたりは自然にじゃれあいながら笑い、海岸を散策するように歩く。学校行事ではなく、デートのようだ。
 砂浜を歩いていると、不意に足元が沈んでいくのを感じた。
「きゃあっ!」
 足が縺れてしまい、望美はそのまま蟻地獄に呑まれるように沈んでいく。恐怖の余り、傍にいる将臣に腕を伸ばした。
「大丈夫かよっ! おいっ!」
 将臣が慌てて腕で受け止めてくれ、そのまま軽々と引き上げてくれる。
 全くお約束の展開に、誰もが温かな眼差しで愉しそうに見ていた。
「有り難う、将臣くん」
 望美が無意識に抱き着くと、将臣は苦笑いしながら視線をクラスメイトに投げる。
「みんな見てるぜ。俺は見られても構わないけれどな」
 望美はハッとするのと同時に、耳まで真っ赤にさせる。
 慌てて将臣から離れたものだから、また穴に落ちそうになった。
「おいっ、ったく、見られても構わねぇだろうが。みんなに知られても、今更だろ?」
「そ、だけどさ…」
 望美はしっかりと将臣に支えられながら、ようやく体勢を整える。
「だいたい、こんなところに落とし穴なんて掘るひとが間違っているんだよ」
 ぷりぷりと望美が怒ると、将臣は「確かにな」と、真夏の太陽のような笑顔を浮かべた。
 こちらに還ってきた頃は、笑ってはいてもどこか影があった。
 だが今は違う。
 心から楽しんで笑っているのが解り、望美はそれが嬉しくてしょうがなかった。
「おーい、有川夫妻! ちゃーんと働けよー!」
 クラスメイトのひとりがふざけて叫び、誰もが声を上げて笑っている。
「言われなくてもちゃんと働くぜ!」
 将臣は笑いながら、腕白小僧のように大声で答えた。
 望美は恥ずかしいやら嬉しいやらで、顔を真っ赤にして俯いていると、将臣に手を繋がれた。
「ま、将臣くんっ! が、学校行事中だよーっ!」
「みんなが認めてるから構わねぇよ。それに、お前が今度穴ぼこに落ちたら困るからな」
「そんなことしないもんっ!」
 拗ねた言葉を言う割には、望美は将臣の手をぎゅっと握り締める。
 ふたりは学校行事など関係ないかのように、夏の残骸を集めて回った。
 秋の匂いと夏のかけらが交差する季節。こうしてふたりで手を繋いで歩くのは、何よりま幸せだと感じた。
 楽しい学校行事が終わり、ふたりは手を繋いで家路を辿る。
「今日は楽しかったな」
「そうだね」
「帰り俺のとこに来いよ。夏の名残を刻みつけてやるから」
「えっちなことするんでしょ?」
「正解」
 ふたりはじゃれあいながら手を繋ぐ。
 こうしてほんのりと幸せ時間を将臣と一緒に刻んで行くのだ。
 学校行事が済めば、望美にとってはとても長かった17歳は終わり、間もなく18になる。
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