どうやったら早く起きてくれるのか、いつも望美は考える。 学校がある時は、いつも何とかして起こそうとするし、将臣も流石に拙いと感じているのか、ギリギリで起きてくれる。 だが、休日になるとデートの約束があろうがなかろうが、将臣は気にせずに眠り続けてしまうのが、たまに傷なのだ。 どうしたらちゃんと起きてくれるのだろうかと、望美は毎日思案してしまう。 今日も、将臣を起こしに有川家に向かう。 「将臣くん、起きてよ」 「…今日は休みだろう…? まだ早い…」 将臣は上掛けを頭からすっぽりと被ると、そのまままた寝入ろうとする。 「将臣くんっ! 今日は横浜に映画を見に行くって言っているじゃないっ!」 「映画は逃げねぇから、もうひと眠りをさせろ…」 将臣は唸るような声で言うと、再び寝入る。 「ちょっと、遅くなっちゃうじゃないっ!」 ゆるゆると将臣の躰を揺らしても、全く反応しなかった。 「あっちじゃ…余り、眠れなかったからな…。だからたっぷりと寝かせて貰いてぇんだよ…」 将臣はそのまま寝息とも鼾ともつかない音を立てて、そのまま寝入ってしまった。 「…もうっ!」 将臣を幾ら揺すっても起きないし、上掛けを剥がそうとしても、全くといって良いほどに効果はなかった。 望美は大きな溜め息を吐くと、将臣の寝顔を見て、その頬を撫でる。 将臣を見ているだけで、こころの中がほんわかと温かくなるのが解る。 「もう、早く起きてよねっ! 将臣くんのばかあ」 望美は将臣の鼻を摘んだり、精悍な頬をツンツンと触れたりしながら、笑みを浮かべた。 「…これじゃあ、後、一時間は寝るよね…。うん、絶対に寝る」 望美は、将臣のベッドに寄り掛かると、大きく伸びをした。 「折角、映画楽しみにしていたのにな…」 望美がひとりごちていると、不意に将臣の声が聞こえた。 「…お前が…、最高の起こし方をしてくれたら、考えても良い…」 「な、何よ、それっ!」 「…お前が、俺が納得出来るように…、起こしてくれたら…ちゃんと起きてやるよ…」 将臣の意地悪な申し出に、望美はムッと唇を尖らせた。 「…もうっ! 将臣くんっ! 起きているんだったら、躰起こせば済むことでしょう?」 望美が頭から湯気が出てしまうかのように怒っても、将臣は全く気にはしていないようだった。 「…お前が飛び切りに甘く起こしてくれることを期待したいるよ…」 将臣は絶対に遊んでいる。 望美は腕を組んで、仁王立ちで将臣を睨み付ける。 「将臣くん、早く起きないと、本当に日が暮れちゃうよ!?」 「…今、何時だよ…」 「えっと8時半だよ」 「早いって…」 「早くないよっ!」 いくら望美が強く言っても、将臣は梃子でも起きようとはしなかった。 「…早いって…。だから、お前に譲歩してやるって…言っているんだよ…」 将臣の眠気のある甘い声を聴いていると、望美は許してしまいそうになる。それほど将臣の声には威力があった。 「…将臣くん、ちゃんと起きてよねー」 「…だから、ちゃんと起こせよ…。それか俺をもう少しだけ寝かせるかだな…」 将臣は再び望美に背中を向けると、また寝入りそうになる。 「…もうっ! 譲くんも、おじさんもおばさんも出掛けたんだよっ!」 「…みんなが早いんだよ…。も、寝るぞ…。お前に譲歩してやったんだけれどな…。残念だ」 将臣はどこか笑みを滲ませた声で囁くと、再び眠ろうとする。 絶対に寝たふりをしている。 望美は実力行使とばかりに、将臣にプロレス技をかけようとした。 「…それから…、乱暴なことをしたら…、今日のデートは中止だな…」 「なっ…!」 将臣は、望美が何をするのかお見通しといったように釘をさす。 「もうっ! だったらどうしたら良いのよっ!」 「…そうだな…。甘く甘く起こしてくれたらな…? キスとか…?」 キス。 逆“眠りの森の美女”だなんて、出来るはずもない。 自分から将臣にキスをするなんて、心臓が飛び出してしまいそうな行為だ。 望美は、生々しく想像してしまい、耳たぶが真っ赤になって沸騰してしまうぐらいに、熱くなった。 「甘く起こしてくれなきゃ、起きてやらねぇから。楽しみにしているんだろ、映画」 「うー」 完全に試されてしまっている。 望美が呻いても、将臣が許してくれるはずなどなかった。 「…本当にキスしたら、映画連れていってくれる?」 「お前が上手く出来たら、映画とランチにお茶までつけて奢ってやるよ」 「マジで?」 「ああ。マジでな」 将臣の太っ腹なデートプランを聞くと、魅力的に思えてそのまま願いを聞きたくなる。 望美は意を決して、深呼吸をすると、眠る将臣に顔を近付けていった。 「…お願い。目を覚ませてね…?」 甘く囁きながら、望美は将臣の精悍な頬にキスをする。頬にキスをするというだけでも、望美には凄いことなのだ。 なのに、将臣はつれなく言う。 「足りない」 「え?」 「お前、俺を甘さで満たしてくれるんじゃねぇのか?」 将臣の意地悪な表情を見て、望美は呆れ果てる。 やられた。 将臣には完全にやられてしまった。 全く。この男はどこまで意地悪で官能的なのだろうか。 「キスするのは唇って決まっているだろ?」 将臣が人差し指で望美の唇に触れれば、背筋にゾクリとした甘い感覚が走り抜けてくる。 「え、あ、え、そ、その」 「お前、日本語になってねぇよ」 「だ、だって…、ねぇっ!」 「唇だ。唇」 将臣が意地の悪い笑みを浮かべながら言うものだから、望美は真っ赤になりながらも反発することなんて出来ない。 仕方がなく、望美は将臣の顔に自分のそれを近付けた。 将臣の薄くて整った唇に近付くだけで、望美はドキドキしてしまう。 何とか決死の想いで、将臣の唇に触れた。 望美自身は何の技術もないから、ただ触れることしか出来ない。 キスは将臣に教えて貰ってはいるが、まだまだ慣れなくて、返すのが精一杯だった。 だから自分から返すなんて、望美には到底考えられないことだ。 望美が将臣から唇を離すと、少し不満げに瞳が開かれた。 「…もっと濃厚なのは出来ねぇのかよ…?」 「む、無理だよ! だ、だって恥ずかしいし、ま、将臣くんからはちゃんとレクチャーを受けた訳じゃないし」 「ったく…。レクチャーね…」 将臣は唇を歪めて笑うと、望美の頬を緩やかに撫でた。 「あ…」 頬を撫でられるだけで、どうしてこんなにも甘くて切迫した快楽が躰のなかから沸き起こるのだろうか。 きっとこれが出来るのは、将臣だけだ。 望美は将臣にだけは異常なぐらいに反応してしまうから。 「…だったら添い寝しながら起こしてくれたら、それで許してやるよ」 「えーえーっ!」 将臣の瞳を見れば、きっと終わるまでは許してくれないことが、目に見えている。 望美はゆるゆると将臣のベッドに入り込むと、将臣を抱き締めながら囁く。 「将臣くん、起きて」 恥ずかしいのと、窒息してしまいそうな疼きのなかで、望美が囁けば、将臣が抱き締め返してくれる。 「よく出来ました」 将臣の蜜がたっぷりの声が聞こえたかと思うと、頬にキスが落とされる。 「お前の願い、期待する以上に応えてやるよ」 将臣は囁きながら、唇に敬意を表するようなキスをくれた。 たまにはこんなふざけた起こし方も良いのかもしれない。 |