それなりのロマンティック


 窓の外を見ながら、望美は溜め息をつく。
 将臣がまた告白されているのを目の当たりにする度に、暗い気分になってしまう。
 自分の心のなかにあるどす黒い感情が渦巻いてしまい、呼吸困難に陥る。
 こんなに自分が嫉妬深いなんて思わなかった。心のなかで、こんなに葛藤があるとは思わなかった。
 心のバランスが取れない。
 将臣が女の子の申し出を断ってしまえば良いと思ってしまう自分の醜い感情が、とても嫌でしょうがない。
 結局、将臣はまた女の子を振って、泣きそうな顔をさせている。そんな顔を見ると、同じものに恋をしているせいか切なくて泣きたくなる。
 ぼんやりと外を見ていると、将臣と目が合った。
 慌てて視線を反らせるように背中を向けると、望美はまた愁いが滲んだ溜め息をついた。
「春日さん」
 声をかけられて視線を上げると、隣のクラスにいる女生徒が立っている。
 少し派手なイメージがあるが、とても可愛い子だ。
「何?」
「有川くんとお付き合いしているの?」
 ストレートに聞いてくる彼女は、視線を逸らさずに望美を真っ直ぐ見つめている。
 本当は付き合っていると言いたい。だが、それは、望美が一方的に思っているかもしれない。
 きちんとした告白もないまま、休日や放課後を過ごしている。
 幼なじみの垣根を越えたとは思っているが、それもぎりぎりのところで、結局のところなは、何の艶めいた話などないのだ。
「望美、言ったらどうだ? 有川くんと付き合っていますって」
 はっとして入口を見ると、そこには将臣が立っていた。
 低い声は艶めいていて、まるで闇を包むシルクのようだ。
 望美はドキドキし過ぎて、喉の付け根がからからに乾いてしまうのを感じた。
「…有川くんと、付き合っています…」
 まるでオウムのように繰り返すと、望美は思わず俯いてしまった。
 耳まで赤くなっているのは、そこに熱が集中しているから解る。
 女の子は交互にふたりを見ると、納得したように頷いた。
「解ったわ、ふたりとも有り難う」
 クールに手を上げると、女の子は立ち去り、教室には将臣とふたりきりになってしまった。
 こんなシチュエーションは初めてなので、望美は戸惑いながら将臣を見つめる。
「悪かったな、嫌な思いをさせて」
「い、嫌じゃないけど…、あ、あのね、あ、私って何言っているか、解らないや」
 望美は自分でもどうしていいか解らず、ひたすら制服のブラウスをもじもじと触ってしまう。
 ごまかすように笑っていると、将臣が苦笑いを浮かべているのが見えた。
「ったく、しょうがねぇやつだな。来いよ、ジュースでも奢ってやるから」
 将臣が差し延べてきた大きな手が、まるで王子様に差し延べられているような錯覚を覚える。
 お姫様にでもなった気分でその手を取ると、将臣は笑って握りしめてくれた。
 あの時から誓ったのだ。もう二度と将臣の手は離さないと。
 だから今日も離さない。
 こうして手を取ってからは。
 手を繋ぐだけの、まだその先には行けない関係。
 望美にとってそれを壊すのは、少し恐い。
 だが壊さなければ先へと進めないジレンマに、望美は焦りを感じている。
 まるで幼稚園の子供が仲良く帰るように、ふたりはしっかり手を繋ぐ。
 校内ですらも憚ることなく、夏なのにしっかりと指を絡めた。
 坂を緩やかに下りて、自動販売機でジュースを買う。将臣はコーラ、望美はミルクティ。
「この暑いのによくも甘ったるいそんなものを飲んでいられるよな」
「だって美味しいんだもん」
 暑いくせに、お互いに手を離さない。それはふたりだけの暗黙のルールだ。
 サーファーで賑やかになり始めた海岸に降り立ち、ふたりはのんびりと海を眺めていた。
「なあ、はたから見たら、俺達は付き合っているようには見えないらしいな。ま、実際、微妙なところだけれどな」
 からっとした遠くに見える綺麗な空のように、将臣はあっけらかんと笑って言う。
 望美はこんなにもドキドキしているのに、どうして将臣はこんなに晴れやかで余裕があるのだろうか。
 望美は掌で細胞がうごめくのを感じながら、汗をじんわりと滲ませていた。
「…そうだね、実際、微妙だもんね。だけどさ、良かったの? あんなに堂々と宣言しちゃって?」
 怖ず怖ずと聞いてみると、今までからりと脳天気な表情が不意にきまじめな色気を出してくる。
 目の前でそんな表情をされてしまったら、このままとろとろに心がとろけてしまうではないか。
「…そうだな…、俺は構わないって思っているけど…、お前は嫌か…?」
 嫌かと、そんな甘い声で聞かれたら言えない。まるで優しい夜の闇のようなときめきをくれる声だ。
「…そ、そんなの嫌なわけないじゃない…。だって、じゃないとこんなに毎日、しっかりと手を繋がないよ」
 今の繋ぎ方は、子供の無邪気さなどかけらもなく、むしろ離れていたくない恋人たちがやる”恋人繋ぎ”と呼ばれる甘いものだ。
「…サンキュな。だったら、ちゃんと正式に付き合うか」
 将臣の手にぎゅっと力が入れられる。より離れない強固な結び付きに、望美は縋り付いた。
「…ちゃんと、手順を踏んでほしいな。普通の恋人達みたいにロマンティックに」
「”好きだ”カバーっ! か?」
「もうっ! 将臣くんはやっぱりロマンスが足りないよ」
 わざと拗ねて見せると、将臣は笑いながら抱き寄せてきた。
 何時ものようにふざけるようなものではなく、男が自分の女を抱き寄せるように。
「…好きだ…」
 照れ臭いのか、ささやかな声で呟かれる。
 誰よりもロマンティックのような気がする。
 サーファーたちが見ているのも気にせずに、将臣は耳たぶに唇を寄せて来た。
 それなりにロマンティックなシチュエーションは、ふたりを湘南の海の風景に取り込んでいく。
 唇が重なったが、将臣は緊張したのか、かすかに歯が当たってしまう。
「…ごめん…」
「だ、大丈夫だよ…」
 望美は恥ずかしさと、余りにも自分たちらしい、どこか滑稽なぎこちなさに、思わず下を向いた。
「…改めて」
「うん、改めて」
 将臣も緊張していると思うだけで、とっても幸せな気分になる。
 将臣は望美の細い顎を持ち上げると、角度を変えて口づけてきた。
 しっとりと触れ合うキスに、望美はこれがキスだと思って来た。
 しかし。将臣の舌が口腔内に入り込み、くすぐり始めた。
「…まっ…!」
 キスがこんなに生々しくて甘いものだなんて、思ってもみなかった。望美は将臣に縋り付きながら、頭の芯がとろとろになるほどの幸せと気持ち良さを感じる。
 唇が離れると、恥ずかしくて将臣の肩に顔を埋める。
 こんなに気持ちが良くて、けれどもドキドキが止まらなくて。
「…キスがあんなに凄いなんて思わなかった…」
「…これで垣根が完全に取り払われただろ?」
 将臣の微笑みに、望美は俯き加減で頷く。
「うん」
 夏色のキスはふたりを確実に近づけてくれた。
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迷宮後のふたりの日常です。





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