*旅の前*

〜準備は出来た?〜


 将臣との沖縄旅行まで後少し。
 緊張、不安、期待、興奮…。様々な感情が、望美に降り懸かる。
 総ての感情の源はひとつ。
 将臣との初めてのセックスへの感情。
 将臣と結ばれることはとても嬉しいし、そんないやらしくてロマンティックなことをする相手は、将臣以外には考えられない。
 なのに。
 恐ろしさが先行して、妙に構えてしまう。
 将臣といつかは躰でも強い結び付きを得たいと思っているのに、子供のままのこころが、それを否定している。
 複雑な気持ちのなかで、望美は溜め息を吐いた。
 将臣とセックスはしたい。
 だが怖い。
 そんな気持ちが、頭の中でぐるぐると回り続けていた。

「望美! 夏休みに有川くんと沖縄に行くんだって?」
「うん。夏休み入ったらすぐに。お互いに補習はなかったから、受験体制に入るまでの最後の生き抜きだよ」
 友人はキョロキョロと周りを見回した後、含み笑いをする。
「だったら、勝負下着がいるよね?」
「……!!」
 友人のからかうような言葉に、望美の血液は一気に沸騰を始めた。
 ぐつぐつと音を立てる血液に、望美の心臓は跳ね上がる。
「しょ、勝負下着っ!?」
「やっぱり、『初めてのえっち』は大切じゃない? 失敗無くロマンティックに行くには、下着からこだわらないと」
 友人の言葉に、望美の想像力は強くなるばかりで、艶のある映像ばかりが思い浮かんだ。
「勝負下着って…、ど、どんなのが良いの?」
 恐る恐る訊いてみると、友人は頷きながら考え込む。
「…そうだね、余り大胆なのはダメだよ。黒や赤のレースとかだと、いかにも遊んでいますって感じだし、白は  無難なんだけれど、下着が汚れたときに困るしね」
「し、下着が汚れるの!?」
「場合によってはねー。まあそれは経験して?」
 友人はくすくすと笑いながら、意味深に望美を見つめた。
 恥ずかしくて穴に入ってしまいたくなる。
 恥ずかしくて、怖くて、だけれども幸せな瞬間。
 夢見るような大好きな人とのシチュエーション。
 恥ずかしさと恐ろしさを覗けば、きっとこんなに素晴らしい瞬間はないのだろう。
「だからね、甘いイエローやブルーが無難じゃないかな? まあ、有川くんは望美にベタボレだから、どんなスタイルでも、喜ぶと思うよ」
 友人のストレートな言動に、望美は益々恥ずかしくなった。
「可愛いランジェリーショップを紹介してあげるよ。藤沢にあるんだけれど、なかなかだよ」
「うん、有り難う…」
 友人は、行きつけのランジェリーショップの場所と電話番号が書かれたカードを、静かに差し出してくれる。
 カードのデザインも洒落ていて好感が持てた。
「ここで買いな。可愛い水着も売っているから、ついでに見ていくと良いよ。あ、有川くんのことだから、中身があれば良いだろうけど」
「も、バカあ…」
 望美が耳まで真っ赤にさせて俯いていると、机を軽く叩かれた。
 顔を上げると将臣がいる。先ほどまであのような話をしていたせいで、妙に意識をしてしまった。
「望美、今日はバイトだから一緒に帰れねぇから。ちょっと距離があるから、いつもみてぇに時間の余裕がねぇから、直接行かないといけねぇんだよ」
「うん、解ったよ。バイト、頑張ってね」
「ああ。じゃあな」
 将臣は急いで教室を出て行く。その背中を見送りながら、望美はなんて幸せなのだろうかと思った。
「有川くんと望美って夫婦みたいだよね。まだ、未経験だとは思えない」
「もうっ! バカ! 知らないっ!」
 望美が口を尖らせると、友人は楽しそうに笑い転げていた。

 学校から出た後、望美は藤沢へと向かった。
 友人に紹介をされたランジェリーショップへと向かうためだ。
 旅行のためのワンピースなどは直ぐに買ったのだが、下着や水着は、どうも決めあぐねていた。
 将臣に躰のほとんどを露出させて見せることになるから、そのあたりの適当なもので、なんてわけにはいかなかった。
 望美は紹介されたランジェリーショップで、良いものがあれば直ぐに買おうと思っている。
 いやらしくなくて、可愛いくて、納得がいくほどに爽やかなもの。
 条件的には厳しいかもしれないが、こればかりは妥協出来なかった。
 江ノ電を降りて直ぐのショッピングモールのなかに、ランジェリーショップはあった。
 カードと同じような洒落て爽やかな雰囲気に、望美はほんの少しだけ安心する。
 友人のアドバイス通りに、望美は爽やかな色の純粋な可愛い下着を探した。
「何かお探しですか?」
 話しやすい雰囲気の店員に話しかけられて、望美はホッとして緊張感から解放される。
「旅行に行くので、可愛い下着を探しています…」
「そうねえ…」
 店員は望美のボディラインをくまなく見つめた後、ニッコリと微笑む。
「爽やかな感じが良いかしら?」
「はい」
「だったら、このスカイブルーのものと、イエローのものが良いかも。可愛いし、とても清楚に見えるわ」
 店員が見せてくれたランジェリーは、どこか花畑を思い起こさせるような可愛いらしさがあった。
 望美は思わず目を細める。
 価格も、高校生でも充分に買い求められるものだった。
「じゃあランジェリーはこれを…。後は水着が見たいです」
「有り難うございます。水着は隣のコーナーにあります。男性向けのものもあるから男性店員がいるけれど、余り気にしないでね」
「あ、はい」
 望美は水着コーナーに行き、様々な種類の水着を見て回った。
 ビキニにするか、それともワンピースにするか。迷いながら見てしまう。
「…白は透けるから…」
 それだけを念頭において、望美は水着を探していった。
「これは可愛いよね」
 見つけたのはイエローねビキニ。これなら将臣も喜んでくれるだろうか。
 望美は試着をして確認をするために、店員を呼んだ。
「試着をしたいんですけれど…」
「はい」
 聞き慣れたような甘い声と共に振り返ると、将臣が立っていた。
「将臣くん…!ここでバイトをしてたの?」
「ああ。ダイビング仲間の穴埋め。実入りが良い臨時バイト」
 望美が手にしている水着を見るなり、眉間にシワを寄せる。
「ビキニかよ…?」
「う、うん」
 将臣の険悪な声に、望美は思わず生唾を飲み込んだ。
「ビキニはダメだ。ワンピースだ。挑発するようなカットや、背中が大胆に開いているのはダメだからな」
「そ、そんなんだったら、可愛い水着がなくなっちゃうよ」
「とにかく、ダメなものはダメだ。俺が選んでやるから、それにしておけ」
「やだっ!」
「良いから、言うことを聞け」
 将臣は完全にこれが仕事であることを忘れてしまっているようだった。
 将臣が選んでくれた水着は、パレオが付いた、沖縄の海の色のようなもの。
 余り挑発的ではなく、可愛いが清楚なものだ。
「これにしとけ。お前に似合うと思う…」
 怒るふりをしていても、将臣の瞳の周りはほんのりと赤らんでいる。
 照れくさそうにして選んでくれた水着だ。
 望美は直ぐに購入を決めた。
「うん、これにするよ」
「…お前が露出するの…、他の男に見せたくはねぇんだよ…」
「うん、有り難う…」
 こちらまで真っ赤になって心臓がドキドキしてしょうがない。
「お前がこの水着を着るのを楽しみにしてる」
「…うん」
 これで旅の準備は整った。
 後は出発を待つのみ。
 将臣との愛を飛躍させるこころの準備だけだ。
 望美は、まるでカウントダウンするかのように、心臓を高まらせた。





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