優しい嘘


 躰に刻まれた傷もなくなり、通り過ぎた時間もリセットされたというのに、心や魂に刻まれた記憶と経験は、決して消え去ることはない。
 経験値もリセットされることはなく、レベルアップされているような気がする。
「…何だか…緊張しちまうな…」
 少し息を乱して、あなたは言う。
 私だって緊張していて、心臓がきゅっと締め上げられてしまうのではないぐらいに、震えている。
 そのうち馴れてしまうかも知れないけれど、この運命では初めてだから-----
 大好きなひとにこうして薄い肌を通して温もりを貰うのは。
 痛くて、だけど幸せな気分で迎えた行為。
 気持ちが良くて、幸福で、恐ろしさなど全く感じない。
 それは大好きなひとの胸が、温もりが、私を幸福にしてくれていたから。恐怖だとか痛みだとか、マイナスの感覚から、私を護ってくれたから。
 あなたに抱かれた後で、愛の行為を思い出して、私は恥ずかしくて蒲団のなかに潜り込んだ。
 だけどそんなことをしても無駄だね。
 だって潜れば、あなたの躰をひどく意識をしてしまうから。
 十七に戻ったあなたは、意外なぐらいに躰が筋肉で引き締まっていて、がっしりとしていた。
 少しは線が細くなってしまったけれど、想像以上に逞しくなっていた。
 高校生になれば、水泳だって別々になっちゃうし、仲間で海に行くこともなかったから、あなたがそんなに力強く成長しているなんて、知らなかったんだよ。
 あなたの肉体を知っているのは、二十一の姿だけだったから。
 あなたは、「意外に胸があるんだな…。着痩せするたちなんだな…」なんて、子宮の奥まできゅんきゅん来てしまうような  低くて甘い声で囁くけれど、私も同じことを思っていたんだよ。
 制服の下では想像出来ないぐらいに、あなたは逞しくなっていたから。しっかりと筋肉が付いて、私を護ってくれて、素敵な快楽をくれる躰になっていたから。
 私だって嬉しい驚きがあったんだよ。
 そして、もうひとつ、発見したことがある。
 あなたは私を簡単に舞い上がらせて、”快楽”を教えてくれた。
 あなたは私を何度も失神させ、フランス人が言うところの「小さな死」を経験させてくれた。
 そこまで快楽をもたらすなんて、まるで躰を知り尽くしているみたいだ。
 きっと女の感じる場所を、あなたはよく解っているね。
 それは十七の経験値ではなく、少し年上のあなたの経験値だね。二十一歳の男の経験値。しかもおとなびた二十一歳の。
「…好きな女を抱くのは初めてだから、すげえ緊張するな…」
 抱きしめてくれた後に囁いてくれたのは、本心から出たものであることぐらい、私には解っているよ。
 私を抱くために緊張するあなたがとてもキュートだと思う。
 だけどね、だけどね。
 それが半分「嘘」だってことも解っているよ。
 だってあなたは、私を完璧にリードをしていたから。余裕を持って、私を快楽のふちに追い込んでいったから。
 この胸に誰かさんが抱かれた経験は消えたかもしれない。だけど記憶には遺っているんだよ。
 脳内記憶や経験値に嫉妬してはいけないことぐらい、私は解っているつもりだけれど、恋する乙女は切ないものなのだ。
 甘い砂糖菓子とぴんくいろの想いで出来ている女の子には。
「…痛むか?」
 将臣くんは私の躰をしっかりと抱えるようにすると、気遣ってくれた。
「…まだ、入っているみたいだけれど、大丈夫だよ…」
「そうか」
 将臣くんは、私のソコを愛おしむかのように、そっと表面から撫でて来た。
 ビリビリと電流のようなものが走り、私は将臣くんにしがみつく。
「…感じた?」
「バカ」
 ぎゅっと柔らかく将臣くんに抱き着くと、私を愛おしそうに抱きしめてくれる。
 余裕のあるあなた。
 経験値が高いあなた。
 私よりも様々な経験をしたあなた。
 それをすことなく、あなたは私を抱く。
 大好き。
「…余裕、あんまなくてゴメンな。あんなに気持ち良かったのは初めてだから」
「うん、大丈夫だよ。将臣くんは充分に優しかったから…」
私は甘えながら、気持ち良い温もりを沢山貰う。
 余裕がないのは嘘。
 そんなことは解っているよ。
 だってあなたは、私よりも性愛の経験があるんだもの。
 だけど優しいあなたの嘘を、私は気持ち良く思う。
 大好きだからわざと嘘をつかせてあげる。
 私も本当は初めてじゃないから…。
 いつも相手は将臣くんだったけれど、いくつかの運命で、私はあなたに初めてを捧げた。
 いつもあなたが相手で、あなたしか男のひとは識らないけれど。
 だからリセットされても、今はあなたの経験値ぐらいお見通しなんだよ。
「…ふたりでこうしていると気持ちが良いね…」
「そうだな。お前は柔らかくて抱き心地が良いから、俺のほうが気持ち良いかもな」
 私はくすくすと笑うと、小悪魔みたいに、将臣くんの躰に自分の柔らかな躰を擦り付けた。
「んなことしたら、またしたくなるだろ?」
「そうなの?」
「ああ」
 将臣くんは私を組み敷くと、骨が軋むぐらいに抱きしめてきた。
「好きだぜ」
 将臣くんからぶっきらぼうな愛の告白。
 だけど今日がどんな日か、解っている?今日は、四月馬鹿なんだよ。嘘をついて良い日なんだよ。
「あ…、それホント?」
 私が思わず聞き返すと、将臣くんは怒ったような怪訝な顔をした。
「エイプリルフールだよ、今日は」
「ったく、お前の思考は小学生以下!」
 そんなことは嘘はつけないとばかりに、将臣くんは眉を寄せると、唇を強く押し付けてきた。
 愛の言葉が真実であることぐらい、私には解っているよ。
 何が嘘で何が真実であるかが。
 あなたと愛し合うのは真実。
 セックスの経験は嘘。
 砂糖菓子のようなライズとトゥルース。
 恋人たちはいつもそこにぶら下がっている。

エイプリルフール






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