*夜のピクニック*


 キャンドルの灯を見ているだけでとても落ち着く。
 キャンドルの灯はマジック。
 女の子を最高の女性に見せてくれる。とっておきの魔法。
 だから今夜はロマンティックに、一番大好きなひとと過ごしたい。
 スペシャルなキャンドルナイト。

 将臣とのんべんだらりと本を読みながら、望美は小さく「あっ!」と声を上げた。
「何だよ?」
「ねぇ、冬至の日にさ、私たちも七里ヶ浜でキャンドルナイトをしない? 何だかエコでロマンティックで素敵だよ?」
 望美は、雑誌の中央に特集が組まれている“百万人のキャンドルナイト”のページを見せた。
「あ? 何だか面倒臭いな」
「もうっ! 何かあったら直ぐに“面倒臭い”なんだから。代々木公園に連れて行けとは言っていないよ。近場の七里ヶ浜で良いって行っているじゃないっ! ふたりでちょっとロマンティックに夜を過ごしたいって」
 望美はいつものように将臣に一生懸命力説をする。まるで日曜日のお父さんと子どものような風景だ。
「…結局は、エコよりもロマンティックが気にかかるんだろう? 望美」
「だって…これでも女子だもん…」
 望美はごにょごにょと言うと、恥ずかしそうに将臣を上目遣いで見つめた。
「行こうよ。ふたりだけのキャンドルナイトだよ?」
「夏ならまだしも、冬至なんか真冬だぜ? 流氷が来たらどうするんだよ?」
「七里ヶ浜に流氷なんか来ないもん! だからロマンスのない男子は困るんだよっ!」
 望美が頭から湯気が出ているのではないかと思うほどにプンスカと怒っていると、突然、将臣に抱き寄せられた。
「ちょっ…、将臣くんっ!」
 動かないようにしっかりと抱き寄せられて、望美はジタバタとする。いつもの戯れ合いだ。
「…ロマンスをたっぷり感じさせてやるよ」
「将臣くんっ!」
 将臣は望美の唇に自分の唇を重ねると、しっとりとした華やかなキスをしてきた。
 その言動とは裏腹に、将臣のキスはとてもロマンティックだ。
 望美はキスに溺れながら、いつしか将臣に抱き付いていた。
 糖分がたっぷりのキスは、望美にロマンスを沢山チャージしてくれる。それはとても嬉しい。
 何度も何度も甘いキスを交わした後で、望美は将臣の腕の中でうっとりととした。
「…ご、誤魔化されないからね?」
「当然、誤魔化すつもりはねぇよ」
 将臣は憎らしいほどに魅力的な笑みを浮かべると、望美をしっかりと抱き締めた。
「望美、ロマンスは沢山感じられただろう?」
「こんなんじゃ足りないよ?」
 望美が挑戦的に言えば、将臣はそれを受け入れるように不敵な笑みを浮かべる。
「解っている」
「解っていないよ」
 拗ねるようにわざと言いながらも、瞳にきらきらと笑みを浮かべて見つめると、将臣もまた優しくて深い笑みを浮かべてくれた。
「まあ、期待せずに待っていろ?」
「期待せずに準備をして待っているよ」
 望美の言葉に、将臣は頷きながらキスで応えてくれた。

 本当に七里ヶ浜でキャンドルナイトをするかどうかは判らないが、望美は七里ヶ浜のオーガニックショップでアロマキャンドルを購入して、準備を整えた。
 将臣は嫌がるかもしれないが、一応はお弁当の計画も立てている。おにぎりしか作れないが。
 計画をするだけでも楽しかった。

 冬至の当日。やはり湘南はかなりヒンヤリとしていて寒い一日だった。
 将臣はアルバイトばかりをしているから、本当にキャンドルナイトを行えるかどうかが不安になった。
 だが準備はぬかりなくやっておく。
 厚めのレジャーシート、フリースの膝掛け、アロマキャンドルをふたつ。そして、おにぎりだけのお弁当。
 おにぎりは大きくまあるい大胆なものだ。中にはおかか、シャケ、梅干しを叩いたもの、野沢菜を詰め込んで、囓る場所で味が変わるようにする。
 このような大胆なものしか、今の望美のレベルでは出来なかった。
 以前は塩と砂糖を間違えておにぎりを握ってしまったこともあったし、丸焦げの手羽先を将臣に作ったこともある。
 かなり文句は言われたが、きちんと食べてくれたのは嬉しかった。
 それが将臣の優しさなのだ。
 将臣の優しさは本当に深くて大きい。それに何度も包まれて、励まされてきた。
 望美は、相変わらずの自分の料理の腕前に苦笑いを浮かべながら、おにぎりをたけのこの皮で出来たものに古風にも包んだ。

 望美が準備を終えた頃に、将臣がやってきた。
 沢山の荷物を抱えているのは同じだ。
「ちょっと散歩しねぇか?」
「うん、ちょっと散歩しよう!」
 ふたりはお互いに笑みを浮かべると、外へと出た。
「七里ヶ浜には俺の愛車で行こうぜ」
「うん」
 愛車といってもいつも通学に使っている自転車だ。
 望美はいつものように荷台に跨がると、荷物を将臣と自分の間に挟みこんで、その腰を抱いた。
「準備OKだよー」
「ああ。行こうぜ」
 いつも心臓破りの坂と呼んでいる坂を一気に駆け下りて、江ノ電の線路沿いに出る。
「江ノ電と競走だな」
「頑張れー」
 望美は大きな声で言うと、将臣に更に抱き付いた。
「将臣、まくれーっ!」
「お前は競輪場のオヤジかよ」
 将臣は苦笑いを浮かべながらも、更にスピードを出していく。
 流れるように動く景色を見つめながら、望美は幸せな心地好さを感じていた。

 七里ヶ浜に到着すると、自転車を置いて海岸に下りる。
 真冬でしかも陽が沈んでしまっているから、殆ど人はいなかった。
「さみーな、流石に」
「そうだね」
 大きな荷物は将臣が持ってくれるから、とても快適だ。
 ふたりでしっかりと手を繋いで、先ずはぶらぶらと海岸を散歩した。
「寒いけれど、将臣くんとこうやって散歩が出来るのが嬉しいよ。ああ、平和なんだなあって思うもん」
 望美がしみじみと伸びやかに呟くと、将臣も頷いてくれた。
「そうだな…」
 望美が大きく頷くと、まるで雲の上にいるような華やいだ気分でステップを踏んだ。
 不意にキツい風が吹いてきて、望美は躰を震わせる。
「ったく、そんな薄着をしてくるからだぜ?」
 将臣が苦笑いを浮かべながら呟くと、望美はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「将臣くんは随分と厚着だよね?」
 将臣はダウンコートを着込んでいる。
「まあな。俺はいつも用意周到なの」
「どうだか」
 将臣が自信たっぷりに呟くのを、望美はしらっと受け流した。
 また寒風が吹き、望美は思わず震えてしまう。
「…ったくしょうがねぇな」
 将臣は満更でもない苦笑いを浮かべると、荷物を置いて望美をダウンコートで包むように抱き締めた。
「…有り難う…温かいよ…」
 ふわふわとした温かさに全身を包まれて、望美は幸せな気分で笑みを浮かべる。
「こうしようと期待していたから厚着にしたんだけれどな」
「私もこうされるのを期待していたから薄着にしたんだよ」
 お互いにくすりと笑うと、ふたりは温もりを共有した。
 砂浜にレジャーシートを敷き、その上に膝掛けを敷いて座る。
 キャンドルの灯を目の前に灯すと、ふたりはひとつのコートをシェアするために寄り添った。
「おにぎり持ってきたよ。後、温かいお茶も」
 望美はおにぎりをバッグから出し、筍の皮を紐解いた。
「お前、相変わらず不器用だな。でっけー真丸おにぎりしか作れねぇのかよ」
「味は保証するから! どうぞウェットティッシュ」
「サンキュ」
 将臣はウェットティッシュで手を吹いた後、大きなおにぎりにかぶりつく。
「まあ、悪くねぇ。色んな味がして面白い」
「良かった!」
 将臣がちゃんと食べてくれるのが嬉しくて、望美も一緒に肩を並べて食べた。
「美味しい!」
「お前、俺を毒味役に使ったのかよ」
「バレた?」
「ったく」
 蝋燭の灯に照らされておにぎりを食べるのはなんてロマンティックなのだろうか。
 望美はロマンス溢れた楽しさに笑みを浮かべた。
 おにぎりを食べ終わると、ふたりでキャンドルが燃えるのをじっと見つめる。
 ロマンティックな瞬間だ。
「…将臣くん、今夜は有り難う。ロマンティックだったよ」
 望美の言葉に、将臣は甘く頷くと、唇を重ねてくる。
 素敵な素敵な夜のピクニックだと、望美は思った。





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