今年はいつもより早く桜が見られる。 そんなことをニュースで見ながら、望美は異世界で将臣と再開したときに見た、見事な桜を思い出していた。 毎年、“なんとなく”で行かなかったお花見。今年はちゃんとした形で、将臣と花見をしたいなどと思っている。 ふたりが新しい一歩を踏み出した記念の年だから。 望美は、ダラダラしているだろう将臣を呼びに、有川家に向かった。 「こんにちは、将臣くんはいる?」 出て来た譲に、望美はにっこりと笑いながら呟いた。 「部屋でゴロついているかと…」 「有り難う」 望美は真っ直ぐに将臣の部屋に向かい、ドアをノックする。 「将臣くん、起きている?」 「ああ。勝手に入れよ」 「お邪魔しまーす」 望美が部屋に入ると、将臣はベッドに凭れて雑誌を読んでいる。 緊張する。 以前なら、幼馴染みの部屋として、友人の部屋として、何も考えずに入ることが出来たというのに、今はほんの少し緊張する。 将臣を男として意識をし過ぎているからだ。 部屋の香りも随分と変わった。以前は本当に血気盛んな男の子といったかんじだったのに、今は完全に男のひとの匂いがして、ドキドキする。 「…ほい」 雑誌を渡されて、望美はきょとんと目を丸くした。 「何よ?」 「ジャプンの最新号」 「あ、有り難う」 将臣から雑誌を受け取りながらも、ドキドキしてギュッと抱き締める。 「読まねぇのかよ」 「ねぇ、あ、あのさ、お花見に行かない?」 「花見? 急にどうしたんだよ」 「桜が凄く綺麗だから、将臣くんと一緒にお花見に行きたいって思って」 将臣は、伸びてしまった前髪をかきあげながら、耳を貸してくれている。 「花見ねぇ…。どうせお前のことだ。花よりダンゴだろ?」 「花より男子かな?」 「何だよそれ?」 将臣は嫉妬しているのか、ほんの少しムッとしている。 「将臣くんとだけ、桜を見たいって思ってるんだよ」 「だったら、適当に弁当でも作って、チャリで花見に行くか」 「うん! 行こうよ!」 「じゃあ、早速、握り飯でも作るか」 「うん!」 ふたりして有川家のキッチンへと向かい、ごはんやおにぎりの具を準備する。 「兄さん、キッチンを使ったら綺麗に片付けてくれ。俺はクラブに行ってくるから」 「へいへい」 譲の言葉に、望美も慎重に頷く。何だか母親から注意を受けている子供のような気分になっていた。 「譲くんにとっては、キッチンはお城のようなものだもんね。私たちは荒武者みたいなもんか」 「だろうな」 ふたりして顔を見合わせて笑い合う。 「さて、おかか、うめぼし、シャケを具にして握り飯を作って、出し巻き卵と、ベーコンアスパラとかにするか。あ、ハンバーグもあるな」 「入れよう! 入れよう!」 「じゃあ俺がおかずを作るから、お前は握り飯を作れ」 将臣の仕切り方は正に的確なのだが、望美はほんの少し不満になる。 「ちゃんと塩を出してやるから、後、鮭も焼いてほぐしてやるから」 「信用ないなあ」 「料理に関してはな」 将臣にキッパリと言われて、望美は不満の余りに唇を尖らせた。 「ハッキリ言わなくても良いじゃん」 「ホントのことを言ったまでだぜ」 将臣は豪快に笑いながら、器用に料理をする。 本当に有川兄弟は出来過ぎている。将臣はかなり器用なのに面倒臭がりだが、本気になれば大したもの。譲は器用のうえに努力家。 ふたりにはいつだって敵わなかった。 そして今は、将臣の男気のある豪放磊落さに敵わない。メロメロといっても良い。 いつも見ているのに、更にドキドキしながら料理をする将臣を見つめてしまう。 「おいっ! お前、握り飯は普通は三角形だろ? なんで泥ダンゴみてぇなもんが出来るんだよっ!?」 将臣が呆れ果てるように溜め息を吐き、望美の手のひらにあるおにぎりを見つめる。 「ホント、ぶきっちょだよな。逆にこんなに見事にまんまるくできたら天才かもしれねぇ」 将臣は豪快に笑いながら、からかってくる。 「いいじゃないっ! 食べたら同じじゃないっ! 将臣くんはおにぎり食べなくて良いっ!」 望美はすっかり拗ねてしまい、将臣に背中を向けて料理をする。 すると背後からまた愉快そうな笑い声が響いてきた。 一応、お弁当も出来上がり、ふたりは紙で出来た箱のなかに詰める。 おにぎりはおにぎりだけ。おかずはおかずだけという形で。 「さてと、チャリを飛して、その辺まで花見に行くか!」 「うん、うん」 将臣は自転車を出して、お弁当をハンドルのところにくくり付ける。 望美はと言えば、いつものように将臣の後ろに跨がった。 いつも通りの春の風景。 だが今年は明らかに違う。 毎年、譲と三人でわいわいとすることが多かったが、迷宮を解決してから、将臣とふたりでいることが自然になってしまった。 周りの人間たちは、ようやくあるべき形に収まったと言っているが、本当のところは、幼馴染みで友人という 関係からはなかなか抜け出せてはいない。 将臣の腰に腕を回して、のんびりと極楽寺の切り通しを下りていく。 「やっぱり春は良いね。凄く気持ちが良いね」 「そうかよ」 「うん」 春風に乗って薫る将臣の男の香りにドキドキする。 いつになったらお互いの壁を壊すことが出来るのだろうか。 いつまでこうして将臣のそばにいることが出来るのだろうか。 ふたりが子供の頃から親しんでいる桜の樹の近くまで来ると、将臣は自転車を止めた。ここからは少しば かり傾斜を上がらなければならない。 将臣がお弁当を持つと、ごく自然に手を引いてくれた。 しっかりと握り締められた手はとても強くて、泣きたくなるぐらいに温かい。 こうしていつまでも手を握りあっていられたら良いのにと、思わずにはいられない。 ふたりで老木の下にレジャーシートを敷いてお弁当を広げる。 「お前の握り飯、見事にまんまるだよなー」 「そんなこと言うなら食べなくてよろしいっ!」 「食うに決まってんだろ? お前の作った握り飯は、俺の好物なんだから」 こちらがドキリとするような甘い言葉を、将臣はさらりと言ってのける。全くこちらがどれほどときめいているかなんて、きっと知らないだろう。 「じゃあ頂きます!」 望美はおにぎりと好きなおかずをつまみながら、桜の香りがする空気や光も一緒に吸い込んでいく。 本当に美味しいと思える瞬間だ。 将臣の味つけたおかずは、適当だと言いつつもかなり美味しかった。 料理は苦手だが、いつか将臣レベルにはなりたいと、望美はこころ密かに思っていた。 ふと隣りで、おにぎりを豪快にムシャムシャ食べる将臣を見る。 美味しいと思ってくれているだろうかなんて、ドキドキしながら考えてみた。 望美の視線に気付いたのか、将臣はふと見つめてくる。 「握り飯、なかなかじゃねぇの」 「ホントに!?」 「ああ。なかなか美味いぜ。これから毎年こうやって作ってくれよな」 さり気ない将臣の言葉。 だが望美の心臓はドキドキが止まらなくて、呼吸すらおぼつかないほどに、甘く興奮している。 それはずっと一緒にいても良いということ? ずっとずっと一緒にいても構わないという、約束? ドキドキしながら将臣を見ると、目の周りがうっすらと赤く染まっていた。 桜色の約束。忘れないよ。 望美はニッコリと微笑むと、いつもより強く頷いた。 「毎年、毎年、ずっとおにぎりを作るね」 おぼろげな未来の約束。 だがそれが必ず叶えられることを、望美は確信していた。 |