*チョコレート*


 

 将臣は、基本雑食動物で、出したものは何でも食べてくれる。

 少なくとも望美にはそうだ。

 色々と厳しい注文をつけて来る手強い相手ではあるが、それでもいつもちゃんと残さず食べてくれる。

 それが望美には嬉しい事。

 だから手作りにチャレンジしてみようと思うが、なかなかそれはハードルが高い。

 将臣ならば必ず食べてくれると信じているが、それでもお腹を壊して欲しくないだとか、「美味しい」と言って欲しいだとか、そんなことばかりを考えてしまう。

 だからこそ、なかなか踏み切られないのだ。

 望美は、思い切って横浜まで出て、手作りキットを多数取り揃えているショッピングビルへと向かった。

「素人が市販のチョコレートを使って、チョコを作るのは、一番、無謀なんだよね…」

 望美は、大好きな市販チョコの裏にレシピがついているのを溜め息を吐いて眺めながら、もっと簡単に出来るまのはないかと探す。

 友人からは、手作りキットを使えば、かなり簡単に出来るというのを聞いた事はあるが、それもまたハードルが高い。

 結局は、買ったほうが良いのではないかと思ってしまう。

 その方が手間いらずではあるのだが。

 望美は唸りながら、手作りキットを見つめた。

 将臣はかなりモテるし、毎年、チョコレートも沢山貰っている。

 特に最近は、大人びた雰囲気が素敵だと人気も上がってきているのだ。

 望美にとってはかなり複雑な気分だ。

 将臣のことは信用しているし、勿論、もうどのような事があっても揺らがない絆が出来ている。

 それでもほんのりと嫉妬はしてしまう。

 大丈夫だと思ってはいても、どうしても消せない淡い炎。

 自分よりも料理の上手い子が手作りチョコレートをプレゼントしたら、将臣はどうするのかと、そのようなことを考えてしまう。

 料理に於いては、本当に素人以下であるから、切なくなるのかもしれない。

 最大のウィークポイントであることは、自分自身でも自覚しているのだから。

 望美は、手作りチョコレートキットの前から動けないでいる。

 市販のチョコレートが無難なことぐらいは解ってはいる。

 だが、それをなかなか割り切ることが出来ないでいる。

 将臣は、どちらでも良いと言ってくれるのは解っていたが、自分が割り切ることが出来ないのだ。

 結局は。

 割り切られない想いは、恋をしているから。

 大好きなひとには、やはり手作りチョコレートを作りたいと思った。

 結局は、工作の延長のような、子供用のチョコレートキットが見つかり、買う事にした。

 保険には市販のチョコレートを買うしかない。

 このふたつをちゃんと用意しておけば大丈夫だと、信じることにした。

 

 家で母親にチョコレートを作ると宣言して、不審がられた。

 きちんと作ることが出来るのか。

 きちんとキッチンを片付けることは出来るのか。

 母親の危惧に憤慨しながら、望美は、バレンタインの前日にチョコレート作りに入った。

 何度も、何度も取り扱い説明書を読み込んで、必要な道具を揃えた。

 確かに混ぜるだけだ。後は冷蔵庫に入れれば良い。

 簡単だ。

 望美は何度も言い聞かせながら、チョコレートを作る。

 チョコレートを作りながら、甘い香りは気持ちまでも幸せで甘い気持ちにさせてくれるのだと思った。

 明日はバレンタインデー。

 日曜日だからと、朝から将臣をデートに誘っている。

 明日は特別だから、一生懸命に頑張ることにした。

 今日が土曜日で本当に助かった。

 一生懸命作ることが出来る。

 チョコレートを何とか作りながら、望美は幸せになった。

 チョコレート作りが軌道に乗ったタイミングで、玄関先に気配を感じる。

「…望美、将臣くんが遊びに来たわよ! ヒマだからって!」

 母親の声に拍子抜けする。

 今日はスキンダイビングの日であるはずなのに。

 何てタイミングで来るのだろうかと、望美は思った。

「将臣くん、今、手が離せないんだよー!」

 望美が聞こえるように言うと、将臣がひょっこりとリビングから顔が出してきた。

「何やってるんだ?」

 一番見られたくないあいてに、惨状を見られてしまった。

 これは切ない。

「…あ…」

「…あ…」

 これは流石に拙いと思ったのか、将臣は望美を見た。

「頑張れよ」

 ただそれだけを言うと、将臣は何かを置いてキッチンのドアを閉めてしまった。

 将臣が置いていってくれたのは、ダイビングで拾ってくれた、綺麗な貝殻だった。

 キラキラと輝いているのに癒されて、望美は幸せな気分になる。

「…有り難う…」

 目くじらを立ててチョコレートを作っていたが、かなり優しい気分になれたのは、言うまでもなかった。

 それからかなりスムーズにチョコレートを作ることが出来て、望美は幸せな気分になれた。

 キッチンも手も、味見をした口の周りも、鼻の頭にまでチョコレートが着いていたが、これが戦いの証だと、男前なことも思ったりもした。

 自分で出来る限りのことはしたはずだから、後のジャッジは将臣に任せれば良い。

 望美はそう思う事にした。

 後は箱に入れてラッピングをするだけだ。

 白い箱には、将臣がいつもお土産にくれる貝殻でハートのコラージュを作った。
 箱に見合う中身でも量でもないのが寂しいところだ。

 想いを沢山詰め込んで、望美は決戦の日を待つ事にした。

 

 将臣とデートで待ち合わせをしたことはほぼ皆無だ。

 お隣だから、お互いに何気なく一緒に出掛けるのだ。

 だが、今日は特別な日だからと、望美はわざと待ち合わせをしようと提案した。

 いつもの雰囲気も嫌いではないが、今日はよりロマンティックにしたかった。

 折角のバレンタインデートだから。

 待ち合わせ場所は、鎌倉高校前駅のホーム。

 単線ののんびりとしたホームから見える、素晴らしい海の広がりが大好きなのだ。

 決戦のバレンタインは、寒気のせいでかなり寒くて、望美は震え上がりそうになった。

 本当に寒い。

 こんな時は、やっぱり寄り添ってお互いを温め合いたい。

 出来たら、お互いを温め合って手を繋ぎたい。

 手袋よりも温かいから。

 防寒をして、約束の時間の少し前から、ホームで将臣を待つ。

 寒いが、何だかわくわくする。

 待ち合わせ時間に一番近い極楽寺方面からの電車がホームに滑り込んでくる。

 望美は、将臣が乗っていないかと、ドキドキした。

 やはり降りて来てくれた。

 誰よりも素敵だと思ってしまう。

 将臣が電車から降りてきた途端に、望美は笑顔で近付いていく。

 ドキドキする。

 手作りキットで作った小さなチョコレートを渡すのに、緊張してしまった。

「寒いね」

「こんなさみーのに、ったく、もっと温かいとこがあるじゃねぇかよ」

「うん、だけど、ここが良かったんだ」

「しょうがねーな」

 将臣が苦笑いする顔がとても魅力的だと思いながら、望美はドキドキしながら近付いていく。

 幼馴染みだから、ストレートにチョコレートを渡すのは、とても恥ずかしい。

 だから…。

「寒いから、私の手を温めてよね」

 黒のダウンジャケットのポケットに手を突っ込んでいる将臣と同じ場所に、手を突っ込んだ。

 さり気なく小さな手作りチョコレートと一緒に。

「将臣くん、熱すぎるなあ」

 誤魔化すように言うと、望美は手をポケットから出した。

「…お?」

 将臣はポケットの中身に気付いたらしく、フッと微笑む。

「有り難うな。バレンタインか」

 将臣がポケットから出してしっかりと手に持ってくれるのがとても嬉しい。

「うん。家であげるのは、何となく恥ずかしくてね…」

 望美がはにかみながら呟くと、将臣は微笑んだ。

「まあ、そうだな。ギャラリーがいっぱいだもんな」

「うん」

「な、開けて良いか?」

 将臣が大切なもののようにチョコレートの箱を見つめてくれるのが嬉しい。

「どうぞ。手作り簡単キットだけれど、味は保障しないよ?」

「ああ」

 望美の料理には慣れているからか、将臣は苦笑いをしながら、箱を開ける。

 その様子を、望美はドキドキしながら見つめた。

 将臣は、口を大きく開けて、チョコレートを食べる。

「お? ちゃんとチョコレートの味がしてるぜ」

「え、ホント?」

 流石はキットだと笑顔になっていると、将臣にいきなり強く抱き寄せられる。

「…え…?」

 そのまま唇を近付けられて、香穂子は目を見開く。

 キスは甘いチョコレートの味がした。

 唇を離した後で、将臣がそっと微笑む。

「…な…?」

「もう…」

 恥ずかしさと嬉しさで、望美は顔を真っ赤にさせると、そのまま逞しい将臣の胸に頬を寄せる。

 今年も甘いバレンタインがやってきた。



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