クリスマスなんて、ただの言い訳。お正月なんて、気持ちを切り替える理由に過ぎない。 誕生日。これだけは大切な意味を持つ。だって大好きなひとが生まれてきた日だから。大好きなひとに出会うために、自分自身が生まれてきた日だから…。 町中に煩いぐらいにイルミネーションがお喋りしていて、本当に眩しい。 こちらに還って来て初めてのクリスマスは、わくわくするのかしないのか、余り解らない。 以前は、クリスマスだけでワクワクしていたのに、今は一緒に過ごす誰かさんによって、ワクワクが変わっていく。 今度のイヴは、素敵な夜になるのかならないのか。 それにはたったひとりの動向にかかっていた。 「将臣くん、イヴには…何か予定はないの?」 遠回しに言っても無駄なのは解っているから、望美はストレートに言ってみた。 「イヴ? バイトだバイト。大学入学後の独立資金を貯めねぇとな。沖縄にも行きてぇし」 最近、本来の目的を思い出したかのように、将臣はアルバイトに励んでいる。それは以前に増してだ。 勉強もアルバイトも、全力で取り組んでいるのが、望美にも強く感じる。 あの時空で、命のはかなさを見たからだろうか。 「クリスマスイヴイヴも…朝からだよね?」 「ああ。クリスマスイヴイヴとクリスマスイヴは朝からケーキ屋で臨時バイト。夜は居酒屋って決まっているからな」 相変わらずの鉄人ぶりを発揮しているのか、それとも抱く虚しさを忘れたくて働いているのか。望美には何だか複雑な気分だ。 「芸能人みたいだよね。将臣くんのスケジュール」 「ダブルブッキング、ギリギリだからな」 将臣は苦笑すると、望美の手をさりげなく繋いだ。 「寂しいか?」 「ぜーんぜん」 わざと強がるように言うと、望美は顔を逸らしながらも手をギュッと握り返した。 「マジで?」 「マジマジ、大マジだもん」 望美が口を尖らせて言うと、将臣は困ったような溜め息をついた。 「しょうがないよ、クリスマスは一緒にいたいって言うただの口実だもん。だってね、普通に一緒にいられればいいんだもの。また別の日に一緒にいられればいいんだから」 望美は本音を言うと、将臣にそっと寄り添った。 「…そうだな。俺達は敬謙な信仰があるわけじゃねぇしな」 「そう、そう! クリスマスはね、さむいから、恋人たちがくっつくためにあるんじゃないかな」 「そうだな。こうやって」 誰かが見ているかもしれないのに、将臣は平気な顔をして抱き寄せてくる。望美にはそれが恥ずかしくてたまらなかった。 「誰か見ているかもしれないよ?」 「見たいやつには見せておけ。別に構わねぇさ。以前から俺達は、半分学校”公認の仲”らしいからな」 将臣はニヤリと良くない笑みを浮かべると、更に望美を抱き寄せてくる。 温かい。 こんな風に抱き寄せられたら、熱でとろとろになってしまうではないか。 「クリスマスイヴは挨拶ぐれぇは出来るように何とかする」 「うん、有り難う」 たとえ短い時間だろうと構わない。一緒にいられる理由をつけられるのが、楽しかった。 デートもそんなに出来ないし、甘い時間を長く持てる訳ではないけれども、小さな温かな時間の繰り返しが、何よりも甘い幸福をくれるのだということを、ふたりは身を持って知っている。 だからお互いに尊重しあい、我が儘を言うこともない今のスタイルが一番好ましく感じられた。 湘南の懐かしい潮風に抱かれて、こうしてふたりでいるのが今は幸福だ。 望美はふと時計を見た。 「将臣くん、そろそろ江ノ電乗らないと、やばいよ」 将臣は時計を斜めに見ると、更に望美を抱き寄せた。 「まだ、少しは大丈夫だ。もう少しだけ、こうさせていてくれ」 「うん」 将臣とは時間が許す限りずっと一緒にいたいから、望美はその温もりに甘えた。 将臣と鎌倉駅で別れ、望美は散歩がてらのんびりと家まで歩く。 バスに乗るには大袈裟過ぎて、歩くにはちょっと遠い。自転車がちょうど良い距離。 ひとりで歩いても寂しくなんかない。いつも将臣が傍にいるのは解っているから。 景色を見ながら歩くのもまた楽しかった。 美しい古都の景色が好きだ。落ち着いていて心が洗われる。 京都よりも新しくて東京よりも古い鎌倉。ここは望美が一番愛して止まない場所であり、将臣とふたりで愛を育むにはちょうど良かった。 望美は、幸福な気分で将臣を見つめながら、幸せな気分に深く浸っていた。 クリスマスイヴは、ファミリークリスマスだ。毎年恒例の有川家と春日家の合同パーティーだ。 今年は将臣がいなくても寂しくなんかない。素敵な自分たちだけのクリスマスが待っているからだ。 そのへんのファーストフード店よりも余程美味しい、ローストチキンや、サラダ、スープ、ケーキ…。望美や母親たちも頑張ったが、やはりメインは譲が務めた。 どれも美味しい。感謝したいぐらいに美味しいと思っている。 だが、ひと味足りないことを、望美は良く解っていた。 将臣だ。 将臣がいないから、味が物足りないのだ。 「お兄ちゃんもこんな日ぐらいは、アルバイトを休んだっていいじゃないのねぇ」 有川家の母は、困ったように眉根を寄せた。 「今日は稼ぎ時だって、また身勝手なことを言って。ついていけない」 譲はもう憤慨を通り越して、呆れ返る雰囲気すらあった。 望美はそれをただ黙って聴いている。 自分には勝手な行動ではなく、ひとりで何でもこなす逞しさがあるだけだと、望美は解釈していた。 これも、将臣にとびきり惚れてしまっているからだろうか。 夕食の片付けが終わる頃には、流石にそわそわし始めた。 もうすぐ将臣に会えると思うだけで胸が教会の鐘が鳴り響くみたいに高まる。 春日家に帰り、お風呂に入る。それでもまだ将臣は帰って来なくて、望美をやきもきさせた。 日付が変わる直前に、望美はお向かいの部屋に明かりがついた。 将臣だ。 望美が慌てて窓を開けると、ほぼ同時に将臣の部屋の窓が開いた。 「おい、こっちに来いよ」 「うん」 手を伸ばして貰うと、僅かな隙間も勇気を持って乗り越えることが出来る。 望美が将臣の腕に目掛けて飛ぶと、その逞しい腕で受け止めてくれた。 「ナイスキャッチだね」 「当然」 将臣は息が出来ないくらいにしっかりと抱きしめてくると、鼻をつけて望美の香りをかぐ。 「赤ちゃんみてえな優しい匂いがするな」 「ベビーローションを塗ったんだもん」 「いい匂いだな」 将臣は望美をフローリングに下ろすと、出してあった小さな火燵の上に、沢山の荷物を並べた。 「売れ残りのケーキとチキン。クリスマスしようぜ。付き合ってくれるだろ?」 将臣の子供みたいな表情を見ると、断ることなんて出来なくなってしまう。 「おなかいっぱいだし、こんなに食べたら太っちゃうよ」 悪態をつきながら火燵に入ると、将臣は意味深な視線を投げかけてきた。 「んなのは、俺と一緒に運動したら済むことだろ?」 あからさまにいやらしいことを言うものだから、望美は真っ赤になってしまう。 「もう、知らない!」 「メリークリスマス、望美!」 将臣が笑いながら差し出してくれたのは、綺麗な包装紙に包まれた小さな箱。 「有り難う…。あ! 私もね、ちゃあんと準備してたんだよ! 取りに行って…あっ!」 「戻るなよ。んなもん、明日で充分だ」 強く将臣に抱きしめられ、望美はその腕の中で小さく呼吸をする。 「うん。明日渡すよ…」 「それより、プレゼント、開けてみろよ?」 「うん」 将臣の許しが出ると、躍り出しそうな心を抑えきることは出来ない。 望美は、サンタクロースから貰ったプレゼントを紐解く子供のように、興奮を抑えきられないままで、プレゼントを開けた。 「あ!」 入っていたのは、指輪。 しかも想い出の指輪によく似た、今度は本物の石を使ったものだ。望美は見た途端に息が出来ないぐらいに驚き、嬉しくて、将臣を見上げた。 「将臣くん…」 「はめてやるから、よこせよ」 「有り難う…」 将臣に左手を差し出すと、薬指に指輪をはめてくれる。 それはまるで聖夜の奇蹟に似た、厳かな儀式だった。 甘いキスを唇に貰い、望美はそのまま天へと昇ってしまいたくなるぐらいに幸せな気分になる。 「さあ、食おうぜ。クリスマスのメシ」 雰囲気を壊すような将臣の言葉に、望美はわざと眉根を上げた。 「もう、ムードないなあ」 「ムードなんて関係ないだろ?」 「あるもん! もう」 将臣が笑いながら準備をするのを手伝って、ふたりだけのクリスマスが始まる。 「いただきます」 ふたりで声を合わせて良い、クリスマスのささやかな晩餐を食べる。 「美味しい、これ!」 「だろ?」 確かに譲が作ってくれた者も美味しかった。 だがこの晩餐は特別。 望美は想う。 完璧に美味しい食事というのは、料理の美味しさもさることながら、やはり一緒に食べる相手にもよるのだと言うことを。 将臣と一緒にいるからこそ、食事は美味しく感じられるのだ。 総てが煌めいて、自然と笑みになる。 「メリークリスマス、望美」 「メリークリスマス、将臣くん」 外は静かな雪の模様。 ふたりのシルエットが幸せそうに重なって、何よりもの暖かさをお互いに感じていた----- |