恋するものにとって、クリスマスは一大イベント。 一年のなかで、大好きなひととふたりだけで、ロマンティックに過ごせる最高の日のひとつ。 大好きなひとがそばにいる今年は、どんなロマンティックが花開くのだろうか。 古都にもクリスマスはやってくる。 和風が拭えない町ではあるが、それが趣を醸し出して素敵な彩りを添えてくれる。 今年はファミリークリスマス? それとも…。思い切りロマンティックが落ちている? 受験生だというのに、望美はロマンティックなクリスマスを夢見ずにはいられない。 目の前で勉強をする将臣をちらちらと見ながら、望美はにっこりと微笑まずにはいられなかった。 「何だよ。ニコニコばっかして。勉強しろよ、勉強。俺と一緒の大学に行くんだろ?」 将臣は近くにあったノートで、パシりと軽く望美の頭をはたく。 「痛いなあ」 「気合い入れただけだ。お前、さっきから顔が緩みっ放し」 将臣は呆れ果てたような表情を浮かべると、大きな溜め息を吐いた。あからさまな溜め息に、望美はムッとして唇を尖らせる。 「もうっ! 将臣くんは露骨だよ! だってウキウキしない? クリスマスはもうすぐなんだよ? 考えるだけで踊りたくなるよ」 「あのな、ちゃんとやることはやってから楽しいことは考えろよ。折角、図書館に来てんだから、真面目にやれ」 将臣はわざと瞳に苛立ちを滲ませて望美を見ている。 こんな瞳を見ると、反発したくなってしまう。 「将臣くんには珍しく勉強に取組んでるのは、どういう風の吹き回し?」 「お前に合わせてやっているんだろうが、バカ」 「バカは余分」 「バカで充分」 将臣は冷たくしらっとした視線で望美を睨み付けると、クールに勉強を続ける。 「やれよ。勉強。浮かれるのは、これからいくらでも出来るだろうからな」 「はあい」 将臣の厳しい一言は、充分に事実を言っているのだから、望美はこれ以上のことは言えなくなる。 大きな溜め息を吐くと、望美は渋々と勉強を始めた。 図書館から出る頃には、冬の気の早い夕陽が道路をそこはかとなく照らしている。 鎌倉の夕陽は、世界一ではないかと思うぐらいに、常々美しいと思っていた。 海と山が近い場所にある、天然の要塞が作られた町鎌倉。 その地形は、かつて福原と呼ばれた神戸にも通じるものがあった。 海と山。 どちらにも麗しく照らす夕陽は、雄大でありながら繊細な美しさを持っている。 あかね色から薄紫、そして闇色へと変化を遂げる町は、目が滲んでしまうぐらいに美しかった。 「綺麗だね、夕陽。やっぱり鎌倉の夕陽はスペシャルだよ」 「山と海と古びた町には、やっぱり夕陽が似合うな」 「うん。これぞとっておきの風景だよね」 「そうだな」 先ほどまでスパルタなほどに望美に厳しかった将臣が、優しさに滲む。 まるで時間にけじめでもつけるかのように、図書館を離れるなり、将臣に手を握り締められた。 優しさと厳しさ。 交互に絶妙なタイミングで見せられると、また、好きにならずにはいられなくなった。 望美は将臣の手を、まるで子供のように握り返すと、にんまりと照れたように笑った。 「…え…?」 一瞬、将臣の顔が近付いたかと思うと、唇同士がほんの一瞬だけ重ねられる。 余りにロマンティックで、余りに短いキスに、望美は呆気に取られたように将臣を見た。 うっすらと目の周りを赤らめて、将臣が照れているのが解る。 「お前がすげぇ…」 そこまで言いかけた後、将臣は言葉を飲み込むかのように黙り込んでしまった。 「私がなあに?」 将臣の瞳を眺めるように望美が小首を傾げると、眉を険しく潜められた。 「いいんだ」 「よくないよ。ねぇ、何?」 将臣は余計に照れるとそっぽを向いた。その仕草が可愛くて、望美はニコニコと笑った。 「ったく…、行くぜ」 「あっ! ちょっと待ってよ! 将臣くん!」 将臣はしっかりと望美の手を引っ張ると、ズンズンと真直ぐ歩いていく。 照れ隠しの仕草がとても可愛らしくて、望美は更に将臣にときめいてしまった。 ふたりで手を繋いで歩いていると、教会の前に通りかかった。 古びた白い教会は、らんちき騒ぎの世間とは違い、どこか厳かな雰囲気でクリスマスを待っている。 建物の前では、ボランティアがクリスマス恒例の銀色のコインを配っていた。 「クリスマスコインか…」 しみじみと呟く将臣の顔を、望美は背伸びをして覗き込む。 「知ってるの?」 「うろ覚えだけれどな。昔さ、みんなで菓子目当てに、教会にクリスマス礼拝に行ったとき、教えて貰ったじゃねぇか」 「そうだっけ?」 どんな話を聞かせて貰ったのか、望美は一向に思い出すことが出来なくて、小首を傾げた。 「ったくお前らしいぜ。授業も聴いてそうで聴いてねぇもんな」 「酷いよ」 将臣がまた溜め息を吐くのが気に入らなくて、望美は唇を尖らせた。 「礼拝の時、将臣くんは大半寝てたじゃない」 「大事な部分はちゃんと起きてるんだよ」 将臣はいけしゃあしゃあと言ってのけると、空を見上げた。 「どんないわれがあるの?」 「…昔、こころが清らかで貧しいものがいた。その町のでは、クリスマスに教会の鐘にプレゼントをする慣わしがあり、本当に素晴らしいプレゼントには、神様が鐘を鳴らす奇跡があるとの言い伝えがあった。かなり昔から鐘は鳴っていなかったが、我こそはと、町の誰もが躍起になって素晴らしく豪華なプレゼントを贈っていた。今年は誰某が豪華なプレゼントを贈るから、きっと鐘を鳴らすのに違いない。などと噂が立っていた。だが、どんな高価なプレゼントを贈っても鐘はならなかった。こころが清らかで貧しい男は、高価なものなど贈れるはずなどない。しかも、男は明日食うにも困るほどで、たった一枚のコインしか持ち合わせてはいなかった。男は神にただ感謝をしたいと、自分の全財産であるコインを、鐘の下に置いた。すると奇跡が起きて、鐘が見事に鳴り響いた。神に祝福をされた男は、それからというもの、幸せに豊かに暮らせた。って話からきていたはずだ」 「そうなんだ。だったら私たちもコインを貰ってあやかろうよ」 将臣とこの先ずっと一緒にいて幸せになれれば、これ以上に良いことなんてない。 「そうだな」 ニコニコ笑う望美に押されるような形で、将臣は呟いた。 ふたり揃ってコインを貰いにボランティアの前に並び、銀色に輝くものを一枚ずつ頂いた。 「これを握り締めて、クリスマスイヴに神様の前で祈られたら、きっと叶いますよ」 「有り難うございます」 望美は嬉しくて頬を赤らめると、ギュッとコインを握り締めた。 「将臣くん、クリスマスイヴ、一緒に祈りに来ようよ」 「そうだな」 将臣も柔らかな表情でそっと頷いてくれる。その横顔が甘くて、望美は思わずうっとりと見つめずにはいられなかった。 「約束だよ」 「ああ」 「ゆびきりしよ」 「んなガキ臭い約束はするかよ」 将臣は望美を連れて教会のなかに入っていくと、美しいステンドグラスの前で立ち止まる。 「何?」 「約束と言えば、これだろう?」 将臣はクールに笑うと、望美にそっと口付ける。触れるだけで蕩けてしまうようなキスに、望美は胸の奥が幸せの蜂蜜でたっぷりと漬かってしまっているような気がする。 クリスマスの願い。 それたただひとつだけ。 将臣のそばからもう離れないこと。 ロマンティックなイヴの祈りに想いを寄せながら、将臣のことを思った。 |