聖夜の贈り物


 本格的な初めてのデートだからと、望美は将臣と、横浜のデパートで待ち合わせをした。
 まだ待ち合わせ時間まであるというのに、逸る心を抑え切ることが出来なくて、望美は随分と前に着いてしまった。
 何度も時計を見たり、息を弾ませたりしても、時間は思ったように過ぎてはくれない。
 温かな雰囲気に包まれる大きなクリスマスツリーを眺めながら、この下で愛するひとと待ち合わせが出来る幸運を、望美は噛み締めていた。
 大きなクリスマスプレゼントを抱えて家路に急ぐひとや、今夜食べるケーキを持ち帰ろうとしているひとを見ていると、幸せな気分に浸れた。
 今日はどこもかしこも幸せが溢れている。
 そして、望美の手にも幸せの象徴が握られていた。
 大好きなひとの為に用意したプレゼント。寒がりな将臣のために、望美は温かなマフラーと手袋を用意した。
 去年はまだお互いに恋心は自覚していなくて、ふたりでお使いにいき、同じマフラーでふざけあいながら包まれていた。
 今夜、それと同じことをすれば、きっと息が止まるぐらいにドキドキしてしまうのに違いない。
 望美は思い出すだけで、走り出したくなってしまった。
 時間が経つのはドキドキもので、亀ののろいにかかったぐらいに遅いけれども、またその時間がたまらなく楽しかったりする。
 恋とは真に不思議なものだと、望美はつくづく思った。
 仲の良さそうなカップルを見ても、今は幸せでほほえましいとしか思わない。
 自分たちはもっともっと幸福だと、望美は知っているから、羨望なんて感情は起こらない。
 ふと携帯電話が、メールの着信を知らせてくれた。メールをくれたのは、将臣。
 どきどきして、指も胸も震えてしまうのを感じながら、メールを確認してみた。
『悪い! ほんの少しだけ遅れる。風邪を引かねぇように、俺が来る直前まではデパートの中に入っていろよ! 5分遅れるぐらいだと思うから! 将臣』
 メールを見るなり、少し脱力をする。
 愉しみまでのカウントダウンがまた多くなる。楽しいことを後回しに出来るのが良いことだと、望美は自分に言い聞かせた。
 ひとつ溜め息をはくと、どこからか歓声が聞こえた。
 顔を上げると、まるで天使の溜め息が凍ってしまったような白い雪が、くるくるとダンスをしながら降りてきた。
 出来過ぎのホワイトクリスマス。
 望美はふふっと甘く笑うと、まるで子供みたいに舌を出してみた。
 味のない雪が、舌のうえでじんわりと溶けていく。それはまるで幸福の象徴のように思える。
 周りを見ると、誰もが子供の頃に帰ったように、望美と同じように舌を出したりして、雪を楽しんでいた。
 余りにほほえましくて、望美はにんまりと笑った。
 傍に大好きなひとは、今いないけれども、もうすぐ会える慶びと、辺りの幸せな雰囲気に、望美も跳ねたくなってしまう。
 ちょうど、6時半を知らせる高らかな鐘の音が鳴り響き、多くのカップルが幸せの待ち合わせを果たす。
 それよりもほんの少しだけ遅れて、望美にも幸せがやってくる。
「遅くなっちまってごめん」
 背中から大好きな声が聞こえると同時に、温もりに包みこまれる。
「将臣くん!」
 振り返られないぐらいに、将臣はぎゅっと抱きしめてくる。
 今まではこんなに甘やかしてはくれなかったのに、お互いの恋心を認め合ってからは、甘味処のあんみつよりも甘い瞬間をくれた。
 例えば今の瞬間のような…。
「うわっ! 冷てぇよな! お前! 何をしていたんだよ。ったく」
 将臣は望美の頬に触れるなり、その冷たさにすっかり驚いてしまっている。
 確かに冷たかったが、将臣の指先が触れた瞬間、とろとろとしたホットチョコレートぐらいに頬は温まった。
「ったく、どうせ外で口でも開けて、雪でも見ていたんだろ?」
 呆れ口調の幼なじみは、総てお見通しのようだ。
「だってねすごく雪は綺麗だったから」
「だからって頬っぺたをアイスクリームみてぇにすることはねぇだろ?」
 将臣は望美の頬を温めるように包みこむと、餅を伸ばすようにふににと抓った。
「いひゃいっ!」
「大福のアイスクリームみてぇだな」
 将臣は視線をクリスマスツリーに向けると、深呼吸をする。ブレスの音だけでも、望美はときめいた。
「綺麗なもんだな…。久しぶりに見ると」
「うん。綺麗だね。だけど、将臣くんと一緒にいると、もっと綺麗に思えるよ」
 将臣と一緒にいるからこそ、何もかもが素晴らしいもののように見える。このツリーがもっと小さく、豪華でなくても思うだろう。
「バーカ。でっかいすり鉢で胡麻をすってるんじゃねぇよ」
 将臣が照れているのは、望美には明白だ。だから軽いデコピンでも、笑っていることが出来る。
「そろそろ行くか? 店、予約してるし」
「うん、有り難う。だけどこのまま温かいから、離れたくないなあなんて、言い過ぎ?」
「確かに暖かいよな」
 将臣の視線が、望美の真白のマフラーにいく。
「どうしたの?」
「半分貸せよ。マフラー、前みたいに」
「そっちのが温かいものね」
 将臣のクリスマスケーキよりも甘い提案に、望美はにんまりと笑う。
 幸福が溢れて来るのが解る。
 将臣は望美の首から、まるでマジックでもするみたいにマフラーを取ると、ふたりでシェアするように巻き直す。
 一本のマフラーをふたりで分け合う。それがふたりらしいかもしれない。
 望美は将臣に甘えながら、クリスマスの素敵なデートを愉しみにいった。


 ふたりらしい可愛いレストランで食事をした後、定番の海を眺めにいく。
 そこでクリスマスプレゼントの交換をする。
「俺は定番だ」
 将臣はポケットから、ピンク色のベルベットのケースを取り出す。ケースの形を見れば、すぐにプレゼントの中身は解る。
「定番過ぎるだろ?」
 将臣は照れたように言うと、ケースをゆっくりと開けてくれる。
 可愛い珊瑚の指輪。
 望美は胸がいっぱいで、呼吸が出来なくなるぐらいに幸せだった。
「…これからのどうぞよろしくも込めてな。左手を出せよ」
「うん…」
 遠慮がちに手を差し出すと、将臣は手に取って、指輪を左手薬指にはめてくれた。
 聖夜に神聖な儀式をしてくれて、これ以上のプレゼントはないと思う。
「…有り難う…」
 感謝の言葉と、思わず涙が零れ落ちてきた。
「バカ、泣くなよ」
 照れた将臣の姿に、望美は幸福を感じずにはいられなくなる。
「…好きだぜ」
「私も大好き」
 ぎゅっと強く抱きしめて、将臣はキスをくれる。
 いつもみたいにハードではないけれど、聖夜には相応しいロマンティックなものだった。
「じゃあ、私も上げるね」
 望美は将臣に、大切な気持ちで選んだプレゼントを渡す。
「サンキュな。開けていいか?」
「勿論だよ」
 いつもと同じように応えているだけなのに、胸のドキドキが止まらない。
 将臣は綺麗な指先で、丁寧に包装紙をはがしていく。
 どうか大好きなひとが気に入ってくれますように。
 望美は祈るような気持ちで、将臣の反応を待った。
 箱から現れた、シックでシンプルなマフラーと手袋のセットに、将臣は一瞬驚く。
 だが、直ぐにサンタクロースからプレゼントを貰った子供みたいにはしゃいだ表情をした。
「……サンキュな。すげぇ嬉しい」
 将臣の反応が良いものであったので、望美は胸を撫で下ろす。
「良かった」
「早速、使わせて貰う」
 将臣は箱から取り出すと、器用に自分と望美の首にマフラーを巻く。
「これが俺達のやり方だろ?」
 憎らしいぐらいに魅力的な笑みを浮かべ、将臣はウィンクをしてくる。
「そうだね。私達らしい…。すごく温かいよ。有り難う…」
「こっちこそサンキュな」
 ふたりで二枚のマフラーをシェアして、身も心も温まりながら、海を見つめる。
 いつもと同じ海かもしれない。
 しかしふたりにとっては、宝物よりも貴い海の風景となった。




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