*一年で一番長い日*


 一年で一番昼が長い夏至の日。
 明るい時間が長いから、いつまでも外で遊んでいられると、子供の頃は大好きだった。
 今は。
 長い昼が終わる瞬間を、大好きなひととともに過ごしたいと思ってしまう。

 昼間が長いといっても、夏至の頃はかなり蒸暑くて、あまり明るい時間に活動したくはなくなる時期だ。
 といっても将臣も望美もその時間は、建前上は勉学に勤しんでいる時間ではあるのだが。
 ようやく一日のスケジュールが終わり、望美はホッとしたとばかりに溜め息を吐きながら、将臣に近付いてきた。
「嫌になっちゃうぐらいに暑いよね」
「そうだよな。今日は一番昼が長いから、余計に疲れそうだぜ」
 将臣は下敷きで軽く扇ぎながら、暑さのことを考えるだけで閉口しそうだった。
「帰りに自動販売機のアイスを奢ってよ」
「しょうがねぇな。ただし、ギブアンドテイクだぜ」
「な、何をご所望で」
 望美は何か無体なことを言われるのではないかと、ビクビクしている。その姿が可愛いと思いながら、将臣はその瞳を見つめた。
「今日、日が沈むまで、俺と一緒にいること」
「そんなので良いの? だったら喜んでっ!」
 望美はにこやかに笑うと何度も頷いてくれる。その姿は、どこか嬉しそうに見えた。
「じゃあ早速行くか」
「うんっ! 行こうよ」
 望美は勢いよくカバンを持つと、一足早く教室を出た。
 将臣はその姿を見守るように笑うと、鞄を持ってその後に続く。
 ふたりで戯れ合うようにして日坂を下りる。
「七里ヶ浜でアイスを食おうぜ」
「賛成!海開きまだだから、ギリギリひとが少ないんだよねー」
 江ノ電駅の構内にある自動販売機でアイスクリームを買う。
 無人改札なのはこういう時に凄く便利だ。
「お前は何にしたんだよ」
「いちごみるく。将臣くんは?」
「アズキ」
 渋い将臣のアイスを見るなり、望美は吹き出す。
「オヤジ臭いよ」
「んな、甘ったるいもんなんか食ってられるかよ。言っておくが、アズキは王道なんだからな。いちごみるくなんかよりな」
「いちごみるくも乙女の王道だよー」
 ふたりは互いのアイスクリームをけなし合いながら、改札を出て七里ヶ浜へと下りて行く。
 七里ヶ浜を独占出来るのは、鎌高生の特権といったところだ。
 七里ヶ浜に下りると、ふたりはいつものようにコンクリートブロックに腰をかけた。
 容赦なくふたりに降り注ぐ光は、もうすぐ夏なのだということを教えてくれる。
「お前日焼けとかは平気なのかよ?」
「大丈夫だよ。さっき塗り直したばっかりだから。その辺りは、望美様にぬかりはないよ」
 望美は鞄から日焼け止めを出して将臣に見せて笑う。
「将臣くんは使わない?」
「使わない」
 将臣はキッパリと断ると、アズキアイスに齧り付いた。
「美味しそうに食べるよね。ね、ちょっとちょうだいね」
「オヤジ臭いってバカにしたくせに。ほら、食えよ」
 将臣が苦笑いをしながらアイスクリームを望美に差し出してやった。
「美味しそう。いただきます」
 将臣が噛み付いたところを、望美は何の戸惑いもなく齧り付く。その無意識な大胆さに、将臣はドキリとした。
「ホント、美味しい」
「私のもあげるよ」
 甘くてとろけてしまうような、いちごみるくアイスクリームを差し出されて、将臣は思わず生唾を呑んだ。まるでそれが甘い望美自身を食べるように思えたから。
 将臣は意識をして、望美がかぶりついた部分をかぶりつく。
 口にふんわりと広がる甘い味は、まるで望美のキスの味を思い起こさせた。
「美味しい?」
「すげぇ甘い。お前は?」
「なかなか渋い味かな」
 唇の端にアズキの皮をつけたままで望美は楽しそうに笑った。
 可愛い笑顔が何よりものデザートだと感じながら、将臣は望美の唇に指先を伸ばす。
「アズキの皮がついてるぜ」
 将臣が指でついと摘んで口に入れると、望美は恥ずかしそうに視線を僅かきふせた。
 ふたりは近い距離で寄り添うように座りながら、海を眺める。
「何だかゆったり出来るねー! こうして将臣くんと海を眺められるのが凄く幸せだよ」
 望美は躰を思い切り伸びをすると、将臣を眩しそうに見上げた。
「いつもより三割増しに幸せな気分だよ」
「そいつは良かった」
 こうして望美と一緒にいるだけで、将臣も幸せな気分になる。本当に一緒にいるだけで、幸せは数倍に跳ね上がった。
「あーおいしかったっ! ね、将臣くん、遊ぼうよ」
 望美は小さな頃のように手を差し出して、将臣の手を握り締めてくる。
 腕を引っ張られて、そのまま鈍色の海岸を走っていく。
「小さい頃ね、こうやって日が暮れるまで、ずっとずっと将臣くんと遊んでいたいって思っていたんだよ」
 望美は髪を汐風に靡かせ爽やかに笑いながら、将臣を真っ直ぐと見つめて来る。
 純粋で明るい瞳に、こころが華やいで揺れた。
 独り占めをしたい。
 このままこの腕に抱き締めて、そのまま離したくなかった。
「望美!」
「え?」
 望美が振り返った瞬間、将臣はその華奢な躰を自らの腕のなかに閉じ込めてしまった。
「…将臣くん…っ!?」
「同じ長い時間を過ごすのなら、俺はこうしてお前を抱き締めて過ごしたい」
 将臣は望美の耳に触れるか触れないかの微妙な距離で唇を寄せた。
「将臣くん…」
 望美の肌が震えて、肌が薔薇の花のように染まる。身動ぎをしないところをみると、嫌がってはいないのだろう。
 望美の息が熱く乱れた。
 胸の鼓動が聞こえ、緊張と華やぎが同時にやってきているのを感じる。
「…夕焼けをこうやって一緒に見ようよ…」
「ああ。一緒に見よう」
 今日は夏至だから。
 夕陽が沈むまではまだまだ時間がある。
 だからその間は、こうしてふたりでじっとしておきたかった。
 夏が始まろうとしているのに。
 汗が滲んでしまうだろうほどに太陽が光を放っているというのに、離れたくない。
 望美の躰の前で指を組み、望美はごく自然に手を重ねてきた。
「じっとこうしていても良いね」
「そうだな」
 望美は照れを隠すようにくすくすと笑うと、将臣に甘えるようにして凭れてきた。
 やがて、湘南の空は紫色に染まり始め、ふたりの横顔を幻影的に照らしてくれる。
 直ぐ近くにある望美の顔がとても綺麗に見える。
 独り占めをしたかった。
「綺麗だな…」
「そうだね、夕陽、綺麗だね」
 本当は夕陽なんかよりも、ずっと望美のほうが綺麗だと思ったが、今は黙っておくことにした。
 大いなる空は紫茜色から色へと変化し、ゆっくりと闇が下りて来る。
 将臣は腕のなかで望美を回転させると、ゆっくりと顔を近付けていった。
「一番長い日に大好きなひととキスをしたかったんだよ」
「俺もな」
 将臣は唇を丁寧に重ねると、太陽の味がするキスを楽しんだ。





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