「今年こそは鎌倉の花火を一緒に見に行きたいんだけれど…」 「すげぇゴミゴミしているのにダメだ。却下」 将臣がつれなく言うものだから、望美は溜め息を吐いた。 「…花火大会の日に鳩サブレー買ってあげるから…」 「ダメ。だいたいその日は、鳩サブレーが割引きされる日だろうがっ」 将臣は何を言っても、花火大会は行かないの一点張りだ。 望美はしょんぼりとしながら、将臣をねだるように見た。 「…ダメなんだ…」 「ダメだ」 「将臣くんの二十歳記念に」 「俺が二十歳になるのは、その翌々日だろうが」 「…やっぱりだめか…」 望美はがっかりして溜め息を吐くと、部屋の隅で小さくなる。 将臣とふたりで暮らし始めて1年と少し。 まだまだ甘い同棲生活が続いている。 毎日はとても幸せだが、たまにこうしてお願いを突っ撥ねられてしまうことがあるのが、少しだけ切ない。 「…ったく、そんな顔をすんなよ…。食っちまうぞ」 「嫌だもん」 望美が小さな子供の頃と同じように拗ねていると、将臣が溜め息を吐きながら近付いてきた。 「しょうがねぇ女」 「だって、鎌倉の花火大会はとっておきのものなんだよっ! 将臣くんに初めて指環を貰ったのもこの花火大会だし…」 望美は溜め息を吐きながら、いじいじと将臣に背中を向ける。 「ったく…! ガキじゃあるまいし」 「ガキだもんっ!」 望美は将臣の顔を見ないまま、どんどん拗ねモードに突入していく。 「…ったく…。お前は阿呆かよ…」 将臣の呆れるような一言に、望美は余計にカチンときてしまった。 「アホで悪かったわよ!」 将臣とはもう一生口なんてきかない。望美は一度も将臣の顔を見ないままで、まるで亀のように寝室へと逃げていく。 「ったく、お前の躰のことを心配してやってんのに、何だよ」 「見たいものは見たいんだもんっ!」 「もん、もん、ってお前はさるかよ?」 「ウッキー! そのサルを孕ませた人間はどこのどいつよっ! いいもん! こんな薄情なお父さんなんか知らないんだからっ!」 望美は余計に拗ねた気分になり、寝室に入ると、将臣の鼻先で思い切りドアを閉めた。 「ったく…! いつまで経ってもガキなんだからよ…」 ドアの向こうで呟く将臣に、望美は泣きながらあかんべーをしてやった。 「ったく…! 勝手にしやがれっ…!」 将臣は捨て台詞を吐くと、さっさと家から出て行ってしまった。 望美は大きく溜め息を吐く。 鎌倉の花火大会は、いつもとっておきのものだった。 将臣に指環を貰った想い出の花火大会。 それに今年は、ふたりきりで見られる取りあえずは最後の花火だというのに。 子供が大きくなるまでは当分連立ってふたりでいくとはいかなくなるのに。 確かにまだ安定期にはなっていないから、危ないのは確かかもしれない。 それでも望美は見に行きたかった。 将臣とふたりで手を繋いで見られたらどれ程楽しいだろうに。 「やっぱりムリなのかな…。将臣くんとふたりで見なくちゃ意味ないし…」 望美は溜め息を吐くと、部屋の隅で膝を抱える。 将臣の心配する気持ちも解るが故に、どこか切なかった。 将臣のバースデー前に、ふたりで鎌倉の実家に遊びに来ていた。 鳩の日だから大好きな鳩サブレーを格安で買い、幸せな気分のはずだというのに、望美のこころは全く晴れ上がることなどなかった。 夕方近くになると花火大会に向かうひとたちで、鎌倉の町も賑わいを迎える。 見事な水中花火を誰もが楽しみにしているのだ。 「打ち上げは見えるけれど、流石に水中花火はうちからは見えないものね…」 今日は家族みんなと花火をベランダで楽しもうと思っている。だが肝心の水中花火がみられないのが、少し残念だ。 「望美、ちょっと!」 「はあい」 不意に母親に呼ばれ、望美は和室へと向かった。 「望美、浴衣を用意したからね。お腹を締め付けないように上手く着付けるから安心してね」 「お母さん、有り難う。ベランダ花火だから、そこまで凝らなくても大丈夫だよ」 「いいから、いいから」 母親はあくまで嬉しそうに微笑むと、望美に浴衣を着付けてくれる。 「望美、近いうちに、孫に浴衣の着付けをすることになりそうね」 「そうだね」 望美がニッコリと微笑むと、母親は感慨深げに微笑む。 「こんなに早くにおばあちゃんになるとは思わなかったけれど、凄く嬉しいわよ。早く早く孫の顔が見たいって思っているからね」 「お母さん…」 母親は綺麗に着付けてくれた後で、髪をアップに結い上げてくれた。 「去年はびっくりしたのよね、夏祭りに髪をしたら、あなたの項に将臣くんがキスマークをつけていて!」 「ちょ、ちょっとお母さん恥ずかしいよ…」 今更ながらに聞かされてしまい、望美は耳朶の後ろが火事だと思ってしまうぐらいに真っ赤になっていた。 「…恥ずかしいし…」 「いいじゃないの、ね?」 「もう」 久し振りに母親に綺麗にして貰い、化粧までも施してくれた。 望美は嬉しくて、いつも以上にうんと綺麗にしてもらったような気分になる。 「はい、出来上がり! 綺麗になったところで、大事なひとに引き渡さないとね。もったいないけれど」 母親はそう言うと、望美をリビングへと連れて行ってくれた。 「将臣くん、望美の準備が出来たわよ」 「有り難うございます」 リビングのソファから立ち上がる将臣は、艶やかな瞳で望美を絶賛するように見つめてくれる。 「今日は綺麗だな。まっ、馬子にも衣装って言葉もあるしな」 「将臣くん、ひどいよー」 望美が笑いながら拗ねると、将臣も笑って手を握り締めてくれる。 「さてと、行くか。足元は気をつけてこけないようにしろよ」 「うん、分かっているよ」 将臣は頷くと、手を繋いだままで外へと誘ってくれた。 「え? 外に行くの? ベランダ花火じゃないの?」 「ベランダじゃねぇよ。着いて来いよ。良いところに連れていってやるから」 「うん、有り難う、将臣くん」 将臣の温かくて大きな優しさを感じて、望美は泣きそうになる。 いつも無茶な我が儘を言った時は叱るのに、結局はこうして受け入れる優しさを持っているひと。 大きな優しさを持っているひとだから、愛したし、大好きになった。 将臣以外の男の人なんて好きになったことすらない。 「とっておきの場所だからな」 「本当に有り難う」 望美は嬉しくて泣きたくなるのを堪えながら礼を言うと、将臣は静かに微笑み返してくれた。 花火大会の会場に着くと、将臣は特別観覧席へと望美を連れていってくれる。 「どうしたのこんな席!?」 「花火大会の協賛費を出したら、観覧席のチケットをくれるんだよ。二人分協賛しただけだ」 「…将臣くん…」 望美は感激する余りに声が出ない。 いつもどうして望美が欲しいものが分かって手に入れてくれるのだろうか。 「有り難う…いつも」 「ここだったら、お前もお腹の子供も無事だろうからな」 将臣は観覧席に腰をかけると、望美の手を直ぐに握り締めてきた。 「俺こそ、いつも有り難うな」 「何にもしてないよ」 「俺を選んでくれて、有り難うな。あっちにいる時、お前と再会して、抱けたら死んでも良いと思ってた。だからこうやって一緒にいてくれるだけで感謝してる。その上、お前は俺にかけがえのないものをくれたんだからな」 将臣は幸せに満ち溢れた静かな笑みを浮かべ、望美の腹部を撫でた。 「有り難うな」 「将臣くん」 名前を呼ぶことしか出来ないぐらいに感動して嬉しくて、望美は顔をくしゃくしゃにする。 「んな可愛い顔してたら、ここで食っちまうぜ」 「可愛い顔なんかしてないもんっ」 泣き笑いを浮かべながら、望美は将臣に寄り添う。 もう水中花火も婚約記念の花火もどうでも良い。 将臣が側にいるだけで、毎日がスペシャルであることを改めて感じた。 |